38話 真紅の花 前編
この地を訪れてから何百年という月日が経過したが、たまに顔を見せに来るローブ男からは、彼が転生を果たしたという報告を未だに受けてはいなかった。
そんな年月の中で、ある程度の知識を蓄えることに成功した私はローブ男の象徴と言えるであろう魔法に再度挑戦してみようと思ったのだが……。
「はぁー、何度読んでも再現出来る気がしないよ……」
書斎の椅子に腰を下ろしながら一冊の本を読んでいるのだけれど、この本の中身を理解するにはまだ及ばなかったようだ。
「せっかく古代語が読めるようになったのに……。それにしても、この魔法の名前『月擬き』って言うのね」
適当に付けられたであろう名前に思わず笑いそうになってしまう。そんな適当な名称なのに効果は素晴らしいもので、どうやら自身の魔力や魔法の効果を増幅するものとのこと。
ただし、そんな魔法にも制限があるようで、夜の間しか使用できないようだ。何とか理解できるところだけ掻い摘んでいくと、本物の月が何かしらで関係しているみたいだった。
「私にも理解出来そうな物はないかな」
以前開いた時には、古代語を完全には習得していなかったので改めて本を読み進めていく。そこで、ある魔法が目に止まる。
「変化……の魔法? これってもしかして……」
私は机の上に置いていた一つの杖に目を向けた。それは、以前ローブ男に持っていてもいいのかと尋ねてみた短い杖だった。
(返そうと思って尋ねてみたけれど結局、そのまま私が持っていることになったんだよね)
懐かしく思いながらも、再度本へと目線を戻す。
「変化の魔法。生き物を物質にする魔法として開発。ただし、不確定要素がある為に要考察……。不確定要素?」
どういうことだろうと思いながらも、読み進める。
『初回時、武器に変化。二回目は、何とも形容しにくい生き物に変化。その後も、幾度か使用するが生き物に変化することの方が多く、物質に変化することの方が稀であった』
「変な生き物に変化する可能性もあるの!?」
私は衝撃の事実に驚きながらも、考察を追っていく。
『今までの結果から、対象の状態によって結果が決まることが分かった。対象が受け入れている場合、本来想定している物質に変化。この場合に限り、生き物に変化することはなかった。
次に対象が受け入れていない場合。こちらは、やはり生き物や物質に変化したが、数々の観察により物質に変化する条件を特定することに成功した。物質に変化するモノは何かしらの才に優れたモノであり、変化する際もその才能が特徴として現れるようだ。
生き物については、対象によって多種多様なので特定は不可とする』
どうやら考察はここまでらしい。その後には、魔法を行使するための内容が書かれているのみだった。
「この感じだと攻撃としては余り使えなさそうね。彼なら使えこなせるんだろうけど」
それは、つまり私が主として使う場合には、受け入れているモノを対象にするわけで……。
脳裏に山腹で出会った竜神様のことが過る。
「私に使えるかな……」
悩みながらも後述の内容に目を通すと、幸か不幸か、この魔法は私でも理解出来る内容だった。
しばしの間、葛藤するが誰かがそれだけの覚悟を決めたことによって、救われる命があるかもしれないと思い直し、私も覚悟を決める。
「よし、決めた。選択肢がないよりあったほうがいいよね」
腹を決めてからは、『変化の魔法』の会得に勤しんだ。初めの数日間は対象を無しにしての模擬練習のみに止めた。それは、失敗してしまった時に何か起きてしまうかもしれないと考慮してのことだった。
「何となくコツを掴んだと思うし、今日からは対象を使っての実践にしてみようかな」
家の外へ出て、手ごろな対象はないものかと辺りを見回してみる。いるのはいつも通り畑を整備している土人形のみで他に生物の気配は何もなかった。なので、土人形の一体に尋ねてみる。
「この辺りで何か生き物は見かけてないかな? 既に亡くなっているモノでもいいんだけど……」
私の問いかけに対して、土人形は頷いたあとに何処かへと向かって歩いて行った。どうやら心当たりがあるらしい。しばらくの間、待っていると土人形は食いちぎられてしまった一匹の魚を持ってきてくれた。
「ありがとう。これは、湖の魚かな?」
土人形は魚を置くと元いた畑へと戻って行った。私は一人で、鳥に襲われてしまったであろう亡骸を見つめる。
「魚かぁ……。シズク、今頃は魚介を取ってきてくれているのかな。それとも運んでいる最中だったりして……」
今は、ここにはいないシズクと魚介に思いを馳せる。
「っといけない。今は魚介よりこっちの魚だったね」
思考が魚介に傾きかけたのを立て直しつつ、目の前の哀れな魚を再度見つめる。
「あれだけ練習したんだから大丈夫……。失敗はしない……はず……」
自分に言い聞かせながら、数日間の練習の成果を発動させる。
「あとは対象に触れるだけね」
変化の魔法を発動しつつ、恐る恐る亡骸に触れる。すると、亡骸は光そのものになっていき、徐々にある形へと変化していく。
「これはもしかして……ヘビなのかな? でも頭は魚のままだし、これが本に書いてあった何とも形容しにくい生き物ってやつなのかな?」
とぐろを巻いた何だかよく分からない生物を観察してみる。頭が魚で、体や尻尾も魚。だけど、口から長い舌を出していて、体も異様に長くてヘビのようでもあった。そんなよく分からない生物に対して一つだけ言えることがある。
「……美味しそう」
私の漏れ出た心の声を聞いてか、美味しそうな生物は地面を這いずりながら逃げ出してしまう。
「あっ! 何処へ行くの? ちょっと待ってよ」
奇妙な生物が逃げ出しては、生態系がおかしくなってしまうのではと思い慌てて後を追いかける。しかし、奇妙な見た目とは裏腹に移動は早く、なかなか捕まえられずにいたが、その追いかけっこも第三者の介入により終わることとなった。
「捕まえてくれてありがとう」
ヘビ魚を捕まえてくれた少年に礼を言うと、彼は礼を聞き流して捕まえた生物を見つめていた。
それにしても、この少年はどこから迷い込んできたのだろうと思いながらも容姿を観察する。
髪は白く、瞳の色は少し濁ったような黄色をしていた。また、顔立ちは整っているのだけれど、一見すると少女にも見えてしまうような中世的な面持ちをしている。年齢的には十代前後といったところだろうか。
そんな少年が口を開く。
「変化の魔法を会得したようだな……」
声は変声期前の少年のものだけど、その口調はよく知ったものだった。
「えっ!? もしかして、ローブ男なの? でも、どうしてそんな姿に?」
「気にするな……」
「気にするなって言われても気になるんだけど……」
「そんなことよりも出かけるぞ……」
「出かけるって何処へ?」
「彼が待っている……」
そう告げた元ローブ男の口元は緩んでいた。
「彼って……まさか!?」
「さあ、行くぞ」
彼がそう言うと、何処かで見たことのある竜が彼の後ろへと降り立った。
「竜神……さま? いえ、もしかしてあの時生まれた子なの?」
そこには、竜神様と同く白く美しい竜がいた。
「こんなに大きく育ったんだね」
竜神様の子の顔にそっと手を触れる。立派に育った子も私のことを覚えているのか嬉しそうに鳴いた。
「もう一人の再会の相手も待ちかねているぞ……」
いつの間にか、竜の背に乗っていた元ローブ男が急かしてきた。その手にはあの奇妙な生物の姿はどこにもなかった。どうやら彼が処理してくれたようだ。
「分かったよ。ごめんね、乗せてもらうね」
急かす彼に返事をしたあとに、竜の背に乗ることを告げて背中へと飛び乗る。竜は私が乗ったことを確認すると青く澄んだ空へと飛び立った。
「凄い! 空から見るとこんな景色になっているんだね」
下には緑豊かな台地が広がっており、その先には緑多き山々が連なっていた。きっとその先には青い海が広がっているのだろう。と、そこであることに気づく。
「シズクはどうしよう。帰ってきても私がいないよ」
「あとで呼び出せばいい……」
「あっ、そっか。呼び出せるんだったね」
元ローブ男に指摘されたことで、一度も使ったことのない機能を思い出した。
呼び出した時、もしも魚介を持っていたら一緒に来るのかな。それとも、その場に残るのかな。などと、魚介の心配をしていると元ローブ男が、何かを差し出してきた。
「これは……手紙?」
「大分前に預かっていた物だ……」
大分前とは一体誰からだろうと思いながらも封を開ける。中には月と何かの植物をかたどったようなブローチと一通の手紙が入っていた。手紙を開いて中を確認する。
『リアナさん、お久しぶりです。ローレルです。っと言ってもこの手紙を読むころには私はもう生きてはいないんですけどね』
「そっか、私の知っている人は殆どいなくなってしまったんだね……」
分かっていたことだけど、改めて時の流れを痛感する。
『リアナさんの境遇をローブの彼から聞きましたよ。あの時は、事情も知らずに尋ねてしまってごめんなさい。お詫びではないですけど、彼に届けてもらった魔道具の使い勝手はどうだったでしょうか? 役に立ってくれたのなら幸いです』
「あれはローブ男が作った物ではなく、ローレルが作った物だったんだね。十分なほどに役立たせてもらったよ。焼き菓子だっていっぱい作ったんだから……」
『それでですね。私の作った魔道具かなり売れているんですよ。料理が楽になったと皆喜んでくれているし、リアナさんも喜んでくれているといいななんてね』
「あれだけの物なんだからそれは売れるよ……。うん、凄く……嬉しいよ……」
『またリアナさんと……』
一文は途中で途切れてる上に、線で消されていたが言わんとしていたことが伝わってくる。
「うん、私もローレルと一緒にもう一度会話をしながら買い物を楽しみたかったな……」
『そうでした。何か困ったことがあったら、一緒に送ったブローチを子孫に見せて下さい。あなたの力になってくれるはずですから。多分、子孫も何かしらの魔道具関連をやっているはずですので、そこを訪れてみてください。あ、でも彼に聞けば場所は分かるのかな。
あなたの幸福を祈っています。ローレルより』
「うん……その時には頼らせてもらうね。っていっても今の私は大分強くなったんだよ。ローレルが見たら驚くんじゃないかな……。ありがとうね……ローレル……」
流れ出る涙は、飛んでいるはずなのに風の影響を受けずに竜の背へと零れ落ちていった。
『38話 真紅の花 後編』の投稿は、11/11(土)の17時頃を予定しております。




