37話 九分咲き
あの温かな村を発ってから何日が過ぎたのだろうか。私はあれから人が住む場所を一度も訪れてはいなかった。そのせいか、旅慣れたといえど疲労はかなり蓄積し始めていた。
「次の場所まではいつ着くの? そろそろ人とかが見えてくれるとありがたいんだけど……」
「そろそろ着く……。だが、人はいない……」
ローブ男からうれしい答えが帰ってきたけど、人がいないとはどういうことなんだろう。以前、休ませてもらった木こり小屋のようなものがあるとか? それとも、王都で噂になっていた廃村みたいな所があるのかな。
辺りを見回してみるが、生い茂った木々と断崖絶壁があるのみだった。
「建物らしきものは見えないんだけど、まさかこの崖の上ということはないよね?」
「そのまさかだ……」
今度はうれしくない答えが返ってきた。
「えっ!? うそでしょ? こんな所登れないよ……」
崖の上を見てみる。天まで届くのではと思えてしまうほどに先が見えなかった。例え坂道があったとしても流石に一日では上るのは無理だと思うほどだった。
疲労感に苛まれながら歩いていると、ローブ男がふいに立ち止まる。
「ここだ……」
彼が止まった場所には、坂道などはなく崖があるのみだった。
「ここを登るなんて言わないよね? あっ、もしかしてシズクみたいに飛んでいくとか?」
ローブ男は返答せずに崖へと歩いていく。そして、何故か壁にはぶつからずにすり抜けてしまった。私の肩の上にいたシズクも面白がりながら壁へと吸い込まれていった。
どうなっているのだろうと思い、地面に落ちていた小石を試しに投げてみる。すると、壁にぶつかって地面に転がり落ちてしまった。
今度は手で触れてみる。私の手は壁には触れずに、そのまますり抜けてしまった。これも結界と同様のものなのだろうかと考察していると、ローブ男の呼ぶ声が聞こえたので一旦考えるのをやめて中へと入ることにする。
中は洞穴という感じではなく、まるで石の中をくり抜いたような何処か不思議な作りになっていた。
「なんだか不思議なところだね」
シズクと共に壁などを見回しながら真っ直ぐな道を歩いていく。だが、そこで嫌なことに気づいてしまった。この道は坂ではなかったのだ。つまり、この先には階段か坂が待ち受けている訳で……。
「はぁー、このあと上らないといけないんだよね。私もシズクみたいに飛べたらいいのにな」
優雅に泳ぐシズクを羨望の眼差しで見ていたら、いつの間にか洞穴の出口付近だと思われる場所まで来てしまっていた。
「もう出口なの? でも坂も階段もなかったような……」
私の疑問は次の瞬間には吹き飛んでしまった。
「わぁ~、すごく綺麗な景色だね」
そこから見る景色はまるで物語の世界に迷い込んでしまったのではないかと思ってしまうほどに美しかった。見たこともない草木が生い茂り、色鮮やかな鳥が空を舞っていた。また、遠くには大きな湖まで見えた。
「あれ? 結界のような物を通った上に、この景色……。まさか……」
「こっちだ……」
導き出した答えを口にしようとすると、ローブ男が何処かへと案内し始めた。私は期待を胸にして後に付いていく。
「ここだ……」
到着した場所は、二階建ての家だった。その家の周りには畑があり、土で出来たような見た目の人形が手入れを行っていた。そんな人形が気になったのか、シズクは畑のほうへと行ってしまった。
畑も気になるけど、まずは中だよね。
ローブ男が中へと入ってしまったので、私も緊張しながら中へと入っていく。
中へ入るとそこは、ごく普通の家と同じだった。予想していたものと異なっていたので念のために確認してみる。
「ここって薬がある場所だったりするのかな?」
「そうだ……。持ってくるまで好きにしていて構わない……」
そう告げると、ローブ男はいずこかへと消えてしまった。
「好きにしていて構わないか。それならローブ男の家がどんな感じなのか、見て回ろうかな。流石に何処も普通って訳はないでしょ」
私は次々に部屋を見て回ったけど、どれも目ぼしいものはなかった。しいて言えば、置いてあった本が気になるくらいだったので中を確認してみることにする。
「えーと、なになに……記憶が薄れる可能性も考慮して書き示しておく。俺は確かにあの時、間違いなく死んでしまったはずだ。それが何の因果か、記憶を保持して生まれ変わっていた。話に聞いたことがあったが、まさか自分が体験するとはな。これは僥倖だ。これで――あれ?この先は汚れていて読めそうにないね」
あまりに古い本なのかところどころ汚れが付いていて、読めなかったので読めそうなところはないかと本を捲ることにする。
「あっ、ここなら読めそう。えーと、自身で体験したことを基にしてついに転生魔法が完成した。これで万が一の保険は出来た。次は……」
「魔法に関する本はこっちだ……」
突如帰ってきたローブ男に読んでいた本を取り上げられてしまい、代わりに本棚にあった別の本を押し付けられた。どうやら先ほどの本はローブ男の自伝の様なものだったのだろう。
「えっと、勝手に読んでしまってごめんなさい」
「気にするな……。それより薬だ……」
小瓶に入った液状の薬が手渡された。
「これが……不老長寿の薬……なんだね?」
「そうだ……」
「そっか……」
「本当にいいんだな……?」
「うん、飲むよ」
私は薬を一気に飲みこむ。
「これで不老になったの? 特に変わった感じがしないんだけど」
「ああ……。それで歳は取らなくなってるはずだ……。ただ……」
「不死ではないから怪我とかで死ぬこともあるだよね? ちゃんと覚えてるよ」
「そうか……」
これで私の長い旅路はようやく終わりを迎えたんだな。と思ったら少しだけ寂しくなってしまった。いつの間にか、ローブ男がいるのが当たり前になっていたんだなと改めて感じてしまう。
「えっと、改めてお礼を言わせてね。今まで助けてくれてありがとう」
「何を終わったんだ、見たいな顔をしている……? これからが始まりのはずだ……」
「そう……だよね。これからが長いんだもんね……」
「ああ……。長いな……」
彼はどれだけの月日を生きているのだろう。たったの一言なのにそこにはとてつもない重みが感じられた。
「そっか。でも頑張って待つよ。だって彼と約束したからね」
「そうだな……」
「待ってる間は……強くなるよ。本で勉強をさせてもらうね」
「ああ……。自由に使ってくれて構わない……」
「うん。それで強くなったら……今度こそ、あなたに恩を返すね」
「ああ……。楽しみにしている……」
彼はそう言った次の瞬間には姿を消していた。また、誰かを助けるために旅だったのか。それとも……。
私は彼が先ほどまでいた空間を見つめながら、あふれ出る感謝の言葉を紡ぐ。
「あなたのお陰で本当に変われたんだよ! あのまま、あなたと出会わなかったら絶望したまま、絶望的な場所にいることになってた。あなたのお陰で救われた! いえ、それだけじゃなく、彼との再開まで繋いでくれた。感謝しても……全然したりないよ……」
目から熱いものが零れ落ちていく。
「それに、教えるのは好きじゃないとか言いながらも、見守ってくれるだけじゃなく助言までくれたり、こうして本まで貸してくれて……面倒見が良すぎだよ! だから……だから……ね」
捲し立てる様に思いの丈を吐き出したので、一度呼吸を整えた後に満面の笑みで告げる。
「今までありがとう」
無月の朝はのんびりと『エピローグ 伝承』は、本日の午後18時頃に投稿する予定です。
また、双月の晩に気をつけて『37話』につきましては11/10(金)の午後17時頃を予定しております。




