36話 八分咲き
私たちは山を越えた先にある森の中を歩いていた。
その森は、とても資源が豊富で時折小鳥のさえずりや小川のせせらぎなどが聞こえてくることもあった。
「シズク、ほらこれ見て! これも食べれる山菜なんだよ」
私が採取した物を見せると、シズクはつぶらな瞳でまじまじと見つめてくる。そんな姿を見ているとついある物を思い出してしまう。
「魚介があればいいんだけどなぁ」
私の言葉に反応してシズクがブルブルと怯えたように身を震わした。
「シズクを食べたいわけじゃないから安心して」
私は笑いながら誤魔化した。シズクを見て食べたくなったのは本当のことだったから。
それにしても、何故シズクはこんなに美味しそうな見た目になったんだろう。やはり、私の心残りが反映された結果なのだろうか。まさか……ね……。
私が落ち着いたシズクを見つめながら物思いにふけっていると、シズクは何かを察したようにローブ男の元まで逃げていった。どうやら美味しそうな見た目と思ったことが伝わってしまったらしい。
「絶対食べたりしないから安心して。ただ美味しそうな見た目って思っただけだから」
大きさはそのままに、姿だけが小魚のようになってしまったシズクがローブ男の陰から怯えながら見つめてくる。
「何をしているんだ……? 置いていくぞ……」
ローブ男は振り返り、そう告げると早々に歩き出した。私は慌てて後をついていく。
やがて、日も暮れ始めた頃。ローブ男は唐突に立ち止まった後、振り返る。
「飴はまだ残っているか……?」
「あめ? まだ残っているけど……」
甘いものが欲しくなったのだろうか。と思いながらも腰の鞄から、飴の入っている袋を取り出してみせる。
「まだ一つしか食べていないから大分あるよ。食べるの?」
「ならいい……」
どういうことだろうと思っているとローブ男が更に続けて言う。
「用が出来た……。二人で村へ向かってくれ……」
「村? 村に行けばいいの? でも村はどこにあるの?」
私は山道を見回しながら答えた。
「コンパスを使え……」
「あ、そっか! すっかり忘れてたよ」
私は腰の鞄から預かったままになっていたコンパスを取り出す。そこへローブ男がコンパスに手を触れてきた。
「針が回ってる?」
ローブ男が触れたことにより針がクルクルと回り、やがて一点を指し示した。
「これでいい……」
ローブ男はそう言うや否や姿を消してしまった。
「前にもこんなことあったっけ」
杖をもらった時のことを思い出し、腰の杖にそっと手を触れる。そこへ前回はいなかったシズクが頭の上へと乗ってきた。隠れる対象がなくなったので戻ってきたのだろうか。
「さっきはごめんね」
頭の上のシズクに謝るが、どうやらシズクの興味はコンパスにいってしまっている様で反応が返ってくることはなかった。
(今回は二人なのに……これじゃ前回と変わらないよ……。でも、頭の上はヒンヤリして気持ちいいなぁ)
ローブ男と別れてから半刻ほど経った頃、辺りはすっかり闇夜に覆われていた。そんな中、コンパスが指し示している村へとようやく到着することが出来た――のだが、何やら重々しい空気と不穏な臭いが漂っていた。
「なんだろう。とても嫌な予感がするよ」
村の中へと入るとやはり嫌な予感は的中してしまった。男の人が血だらけになって倒れているのだ。
「……酷い。一体何があったっていうの?」
急いで女性に介抱されている男性へと駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「ううう……」
どうやら痛みのあまり声を出すのも辛いようだ。
「あなたは……あいつ等の仲間ではなさそうだね。旅の者なら早く逃げたほうがいいわよ」
「あいつ等? それよりこの飴をこの人に舐めさせてあげてください」
私は言いながら彼女に飴を一つ差し出した。きっとローブ男が飴を確認したのは、この為だったのだろう。
「飴? 何でそんな物を?」
「傷が治る飴なんです!」
「えっ? 飴で傷が治る? そんなことある訳……」
「信じて、さあ早く!」
彼女は半信半疑で男性の口の中へと飴玉を押し込んだ。すると、傷はみるみるうちに癒えていき、まるで怪我などしていなかったかというように男性は立ち上がる。
「助かった。礼を言うよ。それにしても、傷が癒える飴とは凄いな」
男性は飴を舐めながら礼を言ってきた。
「……驚いた。本当に治るんだね。ありがとう、お陰でこの人が死なずにすんだよ」
「いえいえ、それより他にも怪我をしている方はいませんか?」
「俺は、あいつらが来て早々にやられちまったから分らんな」
「私はあいつらが階段の方へ行くまで隠れて見てたんだけど……何人かは広場のほうで……それに竜神様まで……」
女性はそう言うととても悲しそうな顔をしていた。
「竜神様までやられたっていうのか!? なあ、あんた、竜神様たちを助けてやってくれないか?」
「竜神様……? なんだか分からないけどやってみます!」
私は、彼らと共に道中で傷ついた人たちを癒しながら竜神様がいる広場へと向かった。
「こちらが竜神様だ」
案内されたそこには、とても大きな生き物が横たわっていた。
「これが竜神様なの!?」
私は恐る恐る近寄った。横たわる竜神様は、元は白色であろう体の節々を赤く染め上げられていた。そして、見開いている瞳からは生気を一切感じられなかった。
「これは……。既に亡くなってしまっているのでは……」
「さあ、早く、竜神様を助けてあげてくれ」
私が戸惑っていると、男性が急かしてきた。
亡くなってても効果があるのかと疑問に思いながらも、口に飴を入れるために更に近寄るとふいに声をかけられる。
「もう手遅れだ……。それよりこちらを頼む……」
聞き覚えのある声の方を振り向くとそこにはローブ男がいた。そして、その足元には血濡れの男性と腹部を怪我している女性がいた。あともう一人少女がいたのだけれど、竜神様の亡骸に駆け寄って泣いていた。
私は急いで二人に駆け寄り、飴を含ませて治癒した。
「ありがとうございます」
「すまない、助かった。だけど、俺のせいで竜神様が……」
女性と男性がお礼を言ってきたが、その顔はとても暗かった。竜神様が亡くなってしまったせいだろう。なので、ローブ男に尋ねてみる。
「彼の時みたいにどうにかならない?」
「分かった……」
ローブ男が返事をすると、竜神様の亡骸が光を帯びていき、生前の姿になっていく。
「えっ!? 竜神様が生き返られたの?」
「き、奇跡がおきたのか!?」
「良かった。良かったです」
少女と先ほど回復したばかりの二人が誤解して喜んでしまった。そして、手当が完了していた他の村人たちも私たちを囲うようにして集まってきてしまった。私から真実を告げることは憚られた。
皆が喜ぶ中、突如穏やかな声が辺りに響き渡った。
《生き返ったわけではありません。一時的なものですよね?》
「ああ……」
村人たちが次々に落胆の声をあげながらも行く末を見守った。そんな中で先ほどまで怪我をしていた女性が少女へと歩み寄った後、竜神様を見つめる。
「亡骸の状態から近い未来に生まれ変わることが出来るがどうする……?」
ローブ男が竜神様に向かって尋ねた。
《いえ、私はそれを望みません。未来は、この子に託します》
竜神様が私たちとは違う未来を選択した。と、その時、少女の抱えていた卵にヒビが入っていき、中から小さな生き物が生まれた。
「生まれたの!? 夢と同じ……。それに私が想像していた通りの見た目だね。かわいいなぁ」
少女は生まれたばかりの生き物をギュッと抱きしめた。抱きしめられた竜も嬉しそうに鳴いている。
「か、かわいい!!」
あまりの可愛さについつい大きな声が出てしまった。その声に反応して肩の上に乗っていたシズクも対抗意識を燃やしたのか、私の前でくねくねと動いて見せた。
「シズクもかわいいよ」
(美味しそうでもあるけど……)
私の声に反応してローブ男の方へと逃げて行った。どうにも心の声が聞こえているようだ。
そんなやりとりをしている中で周りの村人たちは歓喜の声を漏らしていた。
《次代の巫女、わが子のこと頼みましたよ》
竜神様は慈愛に満ちた瞳で少女を見つめていた。
「はい! 任せてください!!」
少女は力強く答えた。
《さて、先ほどの話に戻りますが私は転生を望みません。ですが、この子たちを守る力は望みます》
「そうか……」
《あなたなら出来るのでしょう?》
「可能だ……」
《では、さっそくお願いします》
「分かった……」
守る力とは何だろうと思っているとローブ男が卵の殻に触れた。すると、殻は光り輝いていき元の卵くらいの大きさの宝玉へと変化した。
《これは……宝玉ですか?》
「おまけだ……」
「おまけって……それじゃ分からないよ」
ローブ男に思わず、突っ込みを入れてしまった。
「結界の核となる物だ……」
どうやら結界の核に使うものらしい。以前立ち寄った所にもこのような核があって結界の更新をしていたのだろうか。
「あっ! 結界ってそんな感じに……」
「さて、次だ……」
今度こそ守る力という物が見られるようだ。私たちとは違う未来を選択したモノの行く末を脳裏に焼き付けるように見守る。
ローブ男が竜神様へと手を触れると、竜神様は光そのものになっていき、その姿は杖へと変化していった。やがて光が収まると、そこには形状は違えど何処か既視感を覚える杖が浮遊していた。
どうやら、守る力とは誰かの為に武器になることのようだった。それは、つまり自身の未来を閉ざしてまで守りたいものがあったということなのだろう。私は竜神様の慈愛に満ちた瞳を思い出す。
「優しすぎるよ……」
あの時、私たちがその選択を知っても選ぶことはなかったと思う。でも、もしも彼との間に子供がいて犠牲になっていたのが私だけだったとしたら……。
「竜神様にとっては卵だけではなく村人も子供だったのかな……」
私が呟いていると、少女が光輝く杖を皆に見えるように掲げている最中だった。
その杖を見て既視感の正体が分かった。私がローブ男から譲り受けた杖と似ていたのだ。もしかしたら、私の持っている杖も誰かの思いが形を変えたものなのかもしれない。
杖を変形させる時に、流れる光からはとても暖かいモノを感じられたので、もしかしたらローブ男を思って変化したのかもしれない。だとしたら、その様なものを受け取ってしまって良かったのだろうか。
腰に携えている杖にそっと手を触れながら感謝を述べる。
「助けてくれて、ありがとう」
双月の晩に気をつけて『36話 九分咲き』につきましては11/3(金)の17時頃に投稿する予定です。




