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34話 黄昏る里 中編

 卵が産まれたあとも私の巫女見習いとしての日々はほぼ変わることはなかった。しいて言うなら、毎日のように卵の様子を見に行くことが増えたということくらいだった。ただ、それは巫女見習の行事としてではなく自主的にであるけど。


「早く生まれてこないかな。生まれたらどんな子になるんだろうな。竜神様みたいに綺麗な見た目をしてるのかな」


 卵を見つめながら、竜神様を私の膝くらいの大きさにした小さな竜を想像してみる。白色の鱗が水晶の様に七色に光り輝いていて、背中には小さな翼が生えている。そして、つぶらな瞳が私を見つめてきて……。


「か、かわいい。かわいすぎるよ。あれ? でも竜神様って元々トカゲだったよね。そうなると生まれたてはトカゲの姿になるのかな」


 今度はトカゲの姿を想像してみる。大きさは先ほどと同じくらいで、色はトカゲの時と同じ白にうっすらと空のような青さが混ざったような色合い。そして、やっぱりつぶらな瞳が私のことを見つめてくる。


「こっちもやっぱり可愛いよ」


 私が興奮していると、神殿の入り口の方から声が聞こえてくる。


「今日もこちらにいらしていたのですね」


 我に返り入口の方を見ると、そこにはいつみても美しい巫女様が立っていた。


「巫女様もいらっしゃったんですね」


「ええ、お恥ずかしながら竜神様の卵が孵っているかもと思ったら、居ても立っても居られなかったので来てしまいました」


 巫女様は少しだけ照れながら告げられた。


「無理もないですよ。初めてのことですし。それに村のみんなも気にしているんですよ。顔を合わせるたびに皆が尋ねてくるんですから。一番気にしてるのは多分私かもしれませんけどね」


「ふふふ、そうですね。朝の挨拶後すぐに卵の様子を気にしていますものね」


「はい! ですから巫女様が恥ずかしがることなんてないんですよ」


 巫女様は、私の言葉を聞いた後に微笑まれた。


「それにしても、なぜ竜神様は自身で卵をお産みになったにもかかわらず、ここまで落ち着いていらっしゃるのでしょうか」


 私は竜神様を見上げる。竜神様は、私たちを優しい眼差しで見守られていた。


「もしかしたら、実はこれが初めてではないのかも知れませんね」


「えっ!? そうなのですか?」


「ふふふ、冗談ですよ」


 巫女様が珍しく冗談をおっしゃいました。もしかしたら、卵が(かえ)ることが楽しみで気分が高揚なされているのかもしれない。そんな巫女様が続けて語ってくださる。


「竜神様はいつ孵るかすらも知っているのかもしれませんね」


「それも冗談ですか?」


「いえ、これは私の推測ですよ」


 巫女様は、そうおっしゃった後に竜神様を見つめた。


「そうでしたか」


 私も巫女様に続いて竜神様を見つめる。



 しばらくの間、二人で神殿にいたのだけれど巫女様が帰る時間であることを示唆して下さる。


「さて、そろそろ戻りましょうか。あまり遅くなるとご両親も心配なさるでしょうし」


「はい、分かりました。それでは竜神様、失礼しますね」


 巫女様と二人で丁寧に礼を示したあと、家路へと向かった。




 その日の夜は、とても不思議な夢を見た。


 空一面が血のように赤く染まる頃、狼の群れが村を襲う。


 狼の群れから村を守るために一匹の竜が身を挺す。


 そんな中、二つの光が村へと落ちてくる。


 一つは、落ちてきた瞬間に眩しいほどの光を放ち狼たちを飲み込んでいく。


 もう一つは、村を優しい光で包み込んでいく。


 狼たちがいなくなると竜は光に包まれて輝き始める。


 そんな中、私が抱いていた卵がひび割れていき――。




「――てるの? これ以上寝てたら遅れてしまうわよ」


 母の声が聞こえてきたことで、私は目を覚ました。上半身を起こしながら、眠気眼を擦ろうとする。そこで初めて私が泣いていたことに気づく。


「……なみだ? なんで?」


 何故か涙が出ていた。さっきまで見ていた夢はそんなに悲しいモノだったのかと思ったが、不思議な夢ではあったけど泣くものではなかった気がする。そういえば、最後には卵にひびが入っていたような……。


「……もしかして、今日孵るんじゃない!?」


 私は大慌てで支度をして、巫女様のもとへと向かう。




「はぁはぁ、み、巫女様、おはようございます」


「おはようございます。あら、今日は元気が良すぎて走ってきたのですか?」


「は、はい。少しだけですけど」


「ちょっと待っててくださいね。今、お水を持ってきて差し上げます」


 巫女様はそうおっしゃって、すぐに水を取りに行って下さった。


「どうぞ、お飲みになってください」


 巫女様が私に水を差し出して下さる。


「ありがとうございます」


 受け取った水を一気に飲み干す。


「それで、今日はどうしてそんなにも急いでいらっしゃったのですか?」


「はっ! そうでした。実は今日……」


 巫女様に今朝まで見ていた夢の話をした。


「そのような夢を見られていたのですか……」


 巫女様の表情に陰りが見える。


「巫女様どうしたんですか? 何か不安なことでもあるんですか?」


「いえ、私も似たような夢を見たものですから……」


「巫女様もですか!?」


「ええ。ですが、私の場合はあなたの夢ほど長いものではありませんでした」


「どんな夢だったのですか?」


「殆どあなたの見た夢と変わらないものでした。空が赤く染まり、狼がやってくるまで同じですね。ただ異なることといえば、私は狼に襲われる所で目を覚ましました」


「狼に襲われるのですか? もしかして、危険なことが起きるのでは……?」


「そこまでは分かりませんが……。あなたの夢と照らし合わせると問題はないのかもしれませんね」


「そうですか」


「それでは、今日はお勉強から始めましょうか。今日は卵が孵るかもしれませんからね」


「はい! よろしくお願いします」


 その後、夕方まで巫女見習いとしての業務をこなしたが、巫女様は度々何かを考えているご様子が見受けられた。


「そろそろ夕暮れ時ですね」


 陰りが見える表情で巫女様はおっしゃられた。


「そうですね。そろそろ卵にひびが入っている頃かもしれませんよ」


「今から様子を見に行ってみましょうか?」


 巫女様が微笑みながらそう告げられた。


「はい!」


 外へ出ると空は、あの夢のように赤く染まっていた。


「赤いですね……」


「……」


 私の呟きに巫女様は反応なされなかった。どうしたのかと疑問に思い、巫女様の顔を窺う。どうやら、巫女様は村の方を見ているご様子だった。


 私も村の方を見ようとした時にある異変に気付く。村のある下の方向から微かに叫び声などが聞こえてきたのだ。


「一体何が起きて……」


「いけない! こちらへ!」


 巫女様が何かに気づいたご様子のあとに私を家の中へと戻した。だけど、何故か巫女様は外に出たままだった。それに、外から鍵をかけられてしまった。


 私が中から鍵を開けようとすると声が聞こえてくる。


「ほーう、これが巫女様ってやつなのか。いい女じゃないか」


「ここになんの御用ですか。ここから先は竜神様の領域ですよ。即刻立ち去ってください」


「よし、こいつを貰っていくとするか」


「やめなさい! 放しなさい! こんなことをして竜神様が黙ってはおりませんよ!!」


「竜神様……ねえ……」


 男たちの笑い声が聞こえてくる。


(まずい……。このままだと巫女様が連れ去られちゃうよ……)


 思うや否や私は扉を勢いよく開けて男たちに宣告する。


「巫女様を放しなさい! 出ないと天罰を食らうことになるんだからね!!」


「ほう、他にも巫女がいたのか」


「私は巫女見習いです! とにかく巫女様を放しなさい!!」


「放せ……か。いいだろう放してやるよ」


 男は、他の者たちに目配せをしたあとに隠れていて見えなかった一人の男性を解放させた。その解放された男性はとてもよく見知った顔だった。


「――っ! お……とう……さん?」


 一瞬、顔中血だらけで誰か変わらなかったがそこには父が投げ捨てられていた。そんな父は、手首からも血を流している上に意識がないのかぐったりしたままだった。


「何で……何でこんなことに!? お父さんに何をしたの?」


「なんだ? お前の親父だったのか。こいつはよくやってくれたよ。俺たちの為にだけどな!」


 男たちは一斉に下品な笑いをした。


「え? どういうことなの?」


 私が困惑していると巫女様が考察して下さる。


「おそらく人質にしたのでしょう。手首の傷から察するに腱を切った上で……」


「そんな……」


 私が父に寄り添おうとすると、男に乱暴に捕まれる。


「いや! 離して!! そうだ、竜神様は……」


 私の言葉に反応して男たちは一斉に笑い声をあげた。その一方で巫女様は男に捕らえられながら、悲しそうな顔で俯いておられた。


 そして、私たちは男たちに捕まったまま神殿へと向かわされることになった。

『34話 黄昏る里 後編』は10/22(日)の午前8時頃に投稿する予定です。

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