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32話 七分咲き

 私は霧深い樹海の中をローブ男の先導の元、歩いていた。

 辺り一面には、天に届くのではないかと思うほどの木々が立ち並んでおり、その周りを覆い隠すように霧が立ち込めていた。しかし、私たちの周りには霧は一切なく視界は良好そのもので、日差しが入らぬ樹海の中でも光源があることで快適に進むことが出来ていた。


 それにしても、私たちの周りだけ霧が晴れていくこの現象は何が原因で起きているのだろう。ローブ男が作り出す光源の違いは、観察する中である程度は理解することが出来た。それは、特定の対象以外には光を認知できない様になっているらしいことだった。


 なので、光源は一先ず関係なさそうなので除外する。あとは他にあるとするならばローブ男自体な訳で……。

 謎が歩いているような彼を観察したところでその答えは分かることはないはず。なので直接本人に尋ねてみる。


「この霧が晴れていく現象なんだけど……」


「そのうち分かる……」


 後ろを振り返り立ち止まった後、そう答えた口は笑ってはいないのに意地悪な笑みを浮かべてる様にさえ感じられた。


「そのうちって……」


 私の言葉を聞き終える間もなく彼は再び歩き出した。どうやら答えは自分で見つけろということのようだ。確か一番最初に読んだ魔法に関する本にも『求めるばかりではなく、己で答えを見つけることも重要だ』などと書かれていた。


「自分で答えを見つけろ……か」


 私は呟いた後に、今度は霧が晴れる境界を観察することにする。やはり霧はある一定の境界に入ると消失していた。


 それにしても、ここまで謎を解き明かしたいと思ったことはあったかな。多分、旅に出たての頃だったなら、不思議だと感じるだけだったと思う。私の中で何か変わったことがあるとするならば、魔法を取得したことだろう。そのことが起因となって探求心が芽生えたのだろうか。などと考えながら観察するも答えは見つけ出せなかった。


 仕方ないので別の不思議な現象に心当たりはないかと頭をひねる。と、一つだけ心当たりがあった。それは、ここへ来ることになった経緯だ。


 本来歩いていく予定だった場所からは反れてしまい寄り道という形になってしまうらしいこの場所に急遽来ることになった時のことを振り返る。



 ◇



 港町を出発してから数日のこと。

 海が見えない内陸部を目指して私たちは歩いていた。


 そんな時突然、前を歩いていたローブ男が何かと話し始めたのだ。


「そうか……」


「了承した……。これから向かうと伝えてくれ……」


 見えない何かと話すローブ男に尋ねてみる。


「えーと、何かあったの?」


「昔ながらの知り合いから用事を頼まれた……」


「知り合いから……用事?」


「ああ、そうだ……。少し予定の道から反れることになる……」


「分かった」


 そして、私たちは霧深い樹海へと向かったのだった。



 ◇



 あの時見えない何かがローブ男に伝言を伝えていた。ローブ男が霧を晴らしているのではないとするならば、その何かが霧を晴らしているのではないだろうか。


 あれ? でもローブ男からも伝言を預かって伝えに行ったような……。ってことは、この現象はまったくの別物の仕業なの? だめだ、分からないよ。などと頭を抱え込んでいるとふいに声をかけられる。


「着いたぞ……」


 その声を聞き辺りを見渡す。いつの間にか樹海を抜けていたようで日差しが頬を照らしていた。


「ここは……集落……なの?」


 今、私たちがいる場所には畑や牧場などがあり、いくつかの木々が立ち並んでいた。そして、その木には家の扉らしきものや窓などが見受けられた。


 そんな集落の中央部には先が見えない大きな木がそびえ立っていた。また、それには及ばないけど大きな木が所々に点在していた。


「何だかすごい場所だね。自然と一体になってるような不思議な感じがするよ」


 私は驚嘆しながら集落を眺めていると、ローブ男が声をかけてくる。


「こっちだ……」


 ローブ男の案内の元、一軒の家の前へと辿り着いた。どうやら、彼に用事がある人は中にいるらしい。ローブ男が扉を開けて中へと入っていく。あとを追うように私も中へ入ろうとするとある違和感に気付く。


 それは、扉が他の家とは違うことだった。ほかの家の扉は高さが低いのだが、この家の扉だけは私たちが普段目にする高さと同じだったのだ。


 そんな扉を潜り抜けると中では小さな老人が、ローブ男を歓迎していた。


「おお、よく来てくれたのぉ。それにしても相変わらず見た目が変わらんのう。羨ましいわい」


「そっちは随分老けたな……。ところで結界の件だが、以前提案した方式で構わないな?」


「う……う……むむむ」


「どうした?」


「ううむ、止む無しじゃ。それで頼む。あやつ等もどうにかするだろうしきっと問題はないはずじゃ」


「了解した……」


 話が一段落したらしいのでローブ男に疑問を投げかける。


「結界って?」


「おや、こちらのお嬢さんは?」


「あ、勝手にお邪魔してすみません。私、リアナっていいます」


 私は小さな老人に会釈をしながら挨拶をした。


「これはご丁寧にどうも。わしは、ここで長老と呼ばれておる守り人ですじゃ」


 長老は私の顔を見つめながら自己紹介をしてくれた。その中で気になる言葉があったので尋ねてみる。


「守り人って何ですか?」


「守り人について説明してあげたいところじゃが……先ほどの尋ねたことを聞いたほうが良いかのう」


 長老は、そう言いながらローブ男の方に視線を移した。


「あっ! そうでした」


 私たちの様子を見守っていたローブ男が説明を始めてくれる。


「結界とはこの集落を守っている物のことだ……。それを以前提案していたものに切り替える」


「提案していたもの?」


「精霊以外の者は通り抜けできないようにする……」


「それって私たちも出れないんじゃないの?」


「大丈夫だ……」


「そうなんだ」


「結界を作り変えてくる……」


 そう言うと、ローブ男は瞬く間に姿を消した。


「相変わらず凄い御仁だわい。さて、守り人についてでしたな」


 そう言うと長老は守り人のことやローブ男の出会いについて語ってくれた。


「――そんなことがあったんですね。それにしても精霊か。私も見てみたいな」


 長老の話を聞いたところローブ男が話していたものの正体が精霊であることが分かり、一目でいいから見てみたいと思ったのだ。


「それは人間にはなかなか出来ることでは……おや、これは?」


 長老は何故か私の後ろの空間を凝視していた。


「ほほう、どうやら見えるようになるかもしれませんぞ」


「え? 本当ですか?」


「本来は波長が合わないと見えないのじゃが、どうやらリアナさんは精霊に好かれているご様子ですでな。これなら契約を結ぶことが出来そうですじゃ」


「契約? 精霊と契約するんですか? それって大丈夫なんですか?」


「そうですじゃ。契約と言っても縛られることはなく、友好の証みたいなものなで何も危険なことはありませんぞ。そうですな。しいて言うなら精霊による目印みたいなものですじゃ」


「目印ですか。それなら、ぜひお願いします」


「では、行きますぞ」


 そう言うと長老は何やら唱え始めた。すると、私の後方からまばゆい光が広がっていくと共に、私の左胸の辺りも光始めた。


「え? これって大丈夫なんですか?」


 私の問いに答えず、長老は詠唱を続けた。やがて光は収まっていき、部屋の中は本来の明るさを取り戻した。


「ふぅ、終わりですじゃ。後ろを見てみるといいですじゃ」


 長老の言われた通り後ろを振り返る。すると、そこには水玉のような可愛らしい生き物が浮遊していた。


「この子が精霊ですか?」


「そうですじゃ」


「精霊って可愛いんですね。これからよろしくね」


 そう言って精霊を撫でてあげると、嬉しそうに私の手に体をこすりつけてきた。


「そういえばこの子って名前があるんですか?」


「名前は特にはありませんのぉ。あるのは属性を表す名のみで、目の前におるのは水の精霊ですじゃ」


「水の精霊なんだね。んー、そうだ! 『シズク』って名前はどうかな?」


 水の精霊は気に入ってくれたようで、今度は私の顔に体をこすりつけてきた。何だかひんやりとして気持ちいい感触だった。


「そういえば先ほど胸の辺りが光ってたのですが、あれって大丈夫だったんですか?」


「それは精霊の目印が浮かび上がっただけなので大丈夫ですじゃ。その場所を見てみると印が出来ているはずですじゃ」


「目印って本当に出来るものだったんですね」


 そう言った後に私はクルリと後ろを向いて胸の辺りを確認する。そこには、小さく何かを表しているであろう紋様が浮かび上がっていた。


「あ、ありました。何かよく分からない紋様ですけど」


「それは、水の精霊との契約の証ですじゃ。気になるならば見えなくすることも出来ますじゃ」


「そうなんですね。ところでこれって精霊が見えるようになること以外に何かあったりするんですか?」


「契約も終わったことですしのぉ。今度は詳しく説明しますじゃ」


 長老から詳しく聞いたところどうやら、印があることによってその精霊と離れていてもすぐに呼び出せること。また、こちらから精霊の力を借りることが出来るらしい。ただ一目見たかっただけなのに、凄いことになってしまったような気がする。


「ああ、そうじゃ。ずいぶん昔のことで忘れておりましたが、魔力を持つものが契約すると精霊の姿が変化する何て話もありましたのぅ」


「魔力を持つものが契約すると姿が変わる……ですか。えーと、契約前の姿が見えなかったんで分からないんですけど、もしかして姿が変わってたりしますか?」


「いや、変わってはおりませんですじゃ」


「そうでしたか」


「契約して間もないからかもしれませんのぅ」


「そうですね」


 二人でシズクを見つめていると、シズクは照れくさそうに私のマントの下へと身を隠した。


 その日は、長老の家に泊まらせてもらったがローブ男は帰ってくることはなかった。どうやら結界を作り直すのは時間がかかるみたいだった。




 翌朝になり、頂いた朝食を食べ終えたところにローブ男が声をかけてくる。


「どうやら答えは分かったようだな……」


「ええ、この子シズクっていうんだよ」


 私の横にいたシズクはローブ男の前でフヨフヨと浮遊し始めた。


「そうか……良かったな……」


 ローブ男はシズクに触れながらそう言った後に更に続ける。


「結界は作り直した……。これで外界とは完全に切り離されたはずだ……」


「前回に続いて今回もすまんのぅ」


「気にするな……」


「今度こそは何か礼をせねば……」


「礼ならいい……既に貰っている……」


 ローブ男は私を見ながら言った。


「それなら手土産でも持って行ってくだされ」


 長老はそう言うと棚をあさり始めた。


「代わりに受け取ってくれ……」


 今度はローブ男が外へと出ていく。一方で長老は棚から一つの袋を取り出し戻ってくる。


「これを持って行ってくだされ。中身は飴ですじゃ」


 ローブ男がいないので長老は私に袋を手渡してきた。


「飴ですか。有難く頂きますね」


 ローブ男の代わりに受け取ると長老は飴の説明を始める。


「この飴は、守り人の一人が作ったものでのぅ。何と傷を癒す力があるんじゃ」


 ローブ男が食べないなら後で頂こうと考えていた矢先にとんでもない効能を知らされた。


「凄い効能ですね。もったいなくて食べれそうにないですよ」


「ふぉふぉふぉ、普通に食べて大丈夫ですじゃ。彼もいますしのう」


「確かにそうですね」


 私は長老の言葉を聞いて、あとで一つだけ食べてみることを決意した。


「さて、そろそろ私も行きますね」


 そう言って長老に別れを告げて、シズクと共に外へと出る。外には中央の巨木を見つめるローブ男の姿があった。


「お待たせ。傷を癒してくれる飴を頂いたよ。食べてみる?」


「いや、いい……飴は持っていて構わない……」


「そう、分かったよ」


 新たな旅の仲間であるシズクを加えた私たちは、この不思議な地を後にする。

次話は10/20(金)の17時頃に投稿する予定です。

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