29話 退屈な守り人 前編
霧深い樹海を抜けた先、そこには神樹と呼ばれる巨木がある。また、その木を囲うようにして太古の昔から精霊と共に暮らす種族がいる。
そう、つまりがおいらたちのことだ。
おいらたちの正式な種族名は特にない――特にはないのだが最近じゃ外の連中は森人なんて呼んでいるらしい。だがそれは間違いだ。
おいらたちは、生まれた時から精霊を守ることを義務付けられてる。故に守り人と呼ぶのだから。
そんでこの守るってのが本当に暇で仕方ないのさ。結界のお陰で外敵が来るわけでもないし。なにより卵が出来てから成体になるまでの期間特になにかするわけでもなくただ見ているだけ。
これだけ聞けば、楽だと誤解するだろうけど精霊は鳥なんかとは違うんだ。
何たって卵が出来てから羽化するまでに数十年はかかる。更に成体になるまでにも数十年かかる訳だ。しかも、これが個体ごとに変わるってもんだから……。
「ふああぁ~、ひまだなぁ。何か起きないもんかね」
おいらは、あくびをしたあとに文句を言った。すると、同僚がその言葉に反応する。
「おいおい、物騒なこと言うなよ。何か起きたら一大事なんだからよ」
「えー、だって何か起きないと退屈すぎて、おいら寝ちゃうよー」
「いや、だから何か起きたら大変だろう。何か起きるってことは、結界が破られて外の連中が入ってくるってことなんだからさ」
「いいなぁ。外とか憧れちゃうな。おいらも外ってやつに一度は出てみたいなぁ」
「お前な……」
同僚が呆れた顔で見つめてきたが、おいらはそんなことはお構いなしに外の世界へと思いをはせる。
外の世界か。聞いた話では色々と美味しいものがあるらしい。服とかもおしゃれなのがあるらしいけどそっちはどうでもいいかな。
「あぁー、食べてみたいなぁ」
「また外の世界の食べ物を想像してるだろう?」
「え? いつからおいらの心を読めるようになったの? もしかして魔法が使えるようにでもなったの?」
「そんな訳ないだろう。俺たち守り人は、そもそもが魔法が使えないんだからな」
「え? そうだったっけ?」
「はぁ~、食べ物のことで頭がいっぱいで記憶から消えでもしたのか? 俺たちにはそもそも魔力がないんだから使えないだろう」
「あぁー、そういえばそうだった。忘れてた、ごめんごめん」
「…………」
同僚がものすごい顔でおいらのことを睨んできた。
まったく短気なんだから。こんな時はおいらが大人の対応ってやつを見せよう。
おいらはズボンに入れておいた袋を取り出すと、そこに入っていた飴玉を同僚に差し出す。
「仕方ないなぁ。これあげるから落ち着きなって」
同僚は手平の上にのっている飴玉を見た後に、おいらを更にすごい形相で睨んできた。仕方ないので、無理やり口の中へと飴玉を押し込む。
「おま、なんつう怪力、ぐっ……ん!? あっま!」
「そうでしょ、何たっておいらお手製の飴だからね」
そう、この飴玉は娯楽に乏しい集落に嫌気がさして作ったものなのだ。その原材料の花の蜜も、品種改良をひたすら重ね続けた花から取れたものでおいらの自慢の一つなのだ。そんな飴玉が不味いわけがない。その証拠に、同僚の顔がふにゃけている。
「何か疲れが取れてきたぞ。って、あれ? 昨日擦りむいた傷が治ってる!?」
「んなわけないでしょ。飴で怪我が治るわけないって、気のせい気のせい」
「い、いやだから、本当に治ってるんだって。ほら、見てみろって」
同僚が無理やり膝を見せようとしてくるのを無視して、おいらは頭に浮かんだ言葉を口にする。
「そういえば、精霊ってなんなんだろうね」
「なんだよ、唐突に。……精霊か。改めて聞かれるとよく分からないな。気づけば卵が出来てるし」
そう言いながら、同僚は辺りを見回した。そこにはいくつもの、綿毛の様な丸い玉が転がっている。風に吹かれれば飛んでいきそうな見た目をしているが、何故か飛んでいかない。見た目通り軽いのにである。
そんなよく分からない卵は、神樹と呼ばれる大きな木の根元のうね――通称、精霊の寝床でいつの間にやら生まれている。卵が生まれる場所なのになんで寝床なのかは分からない。なので聞いてみる。
「その卵が出来る場所、何で寝床って言われてるんだろうね? 生まれるなら産場とかじゃないとおかしくない?」
「また話が微妙に変わった気もするが……。まぁ、それなら俺も前に気になって長老に聞いたから答えられるぞ」
「え? 本当? おいらにも教えて!」
「落ち着けって。長老が言うには傷ついた精霊が体を癒すために来る場所でもあるんだとさ。それが名前の由来らしい」
「へー、そうだったのか。あれ? なんでそんな場所からここへと卵を移してあるんだっけ?」
おいらは、今いる場所の地面――つまり精霊のゆりかごの地面を見つめながら言った。この精霊のゆりかごも神樹と同じような木のうねにあるが、そもそもの大きさが違かった。こちらの木のほうが圧倒的に小さいのだ。
「またかよ。はぁ、それは俺も分からないな。今度長老にでも聞いてみるか」
「それはリスクを減らすためだ。一か所に置いておくより各所に置いておいたほうが、万が一の事態に陥った時に被害を抑えることが出来るからな」
おいらたちは今声がしてきた方向である、うねの入り口を見た。そこには交代要員の二人がいた。
「そうだったんですか。俺知らなかったです」
「そうか。あれはお前らが生まれる前の話だったな」
「なんのことですか?」
「ああ、昔にな。卵が強奪されそうになったことがあるんだよ。その当時はまだ精霊の寝床にのみ卵が置いてあってな。あやうく全て盗られるところだったんだ」
「あれ? 結界があるんじゃないの?」
おいらは、同僚と先輩たちの会話に割って入った。
「確かに結界はあったさ。ただし今ほどの物ではないんだよ。当時は長老が作ったもので人を惑わす程度のものだったのさ」
「あれ? それなら今のはだれが作ったんだろう」
「それはな、強奪されそうになっていたところを助けてくれた男がいてな。その男に長老が頼んで作ってもらったものなんだ」
「そんなすごい人がいたんですね」
「へぇー、おいらも会ってみたいな」
「っと、話はここまでだ。ご苦労さん、お前らは帰っていいぞ」
「了解です」
「はぁー、やっと終わった」
おいらたちは、先輩たちの言葉を聞いて外へと出る。そこは、木々の合間から晴れ晴れとした空が広がっている……のだが、自由とはほど遠いい結界の中。
そんな結界は出ようと思えば普通に出れるし、入ろうと思えばおいらたちは自由に入れるらしい。ただし、掟がそれを許さない。
自由に出入りできるのは、掟にとらわれない精霊のみ。そんな精霊たちからおいらは外の話を聞いている。食べ物の話とかね。
「あぁー、食べてみたいなぁ」
「またそれかよ。俺は永遠と、この会話を繰り返さないといけないのか?」
「え? 飴食べたいの? キミって食いしん坊だね」
「いや、そんなこと言ってないし。まぁ、いいや。俺は長老の所へ報告に行くから、じゃあな」
そう言って同僚は長老の元へ駆け出して行った。
おいらはどうしようかな。と思った矢先に見たことがない蝶が目の前を横切って行った。早速、捕まえることにする。
「そこの蝶まってー」
『28話 退屈な守り人 中編』は10/7(土)の午前8時頃に投稿する予定です。




