28話 六分咲き
森を抜けてから何日歩き続けただろうか。
数か月間歩き続けているのではないかと思ってしまうほどに、私は疲弊していた。
そんな私の前をローブ男は速度を落とさずに歩いている。彼は疲れと言うものを知らないのではないかと思うほどに、疲れたところを見た試しがない。それどころか寝ているところさえ見たことがなかった。
野宿の時も毎回私のほうが先に寝てしまっているので、実際は寝ているのかもしれないけど。
「次の宿までは、どの位かかりそうなの?」
近いことを祈りながら彼に尋ねた。すると、うれしい答えが返ってくる。
「もうすぐのはずだ……」
「そうなんだ。次はどんな所なのかな?」
「そろそろ分かるはずだ……」
「分かるはずだ……ってそんなことじゃ……」
そう言いかけた時に、ある匂いが私の鼻をくすぐった。
この匂いを私は知っている。そして、それが育んだ味を知っている!
そう、これは海の香りだ!!
今まで海というものを見たことはなかったが、それがもたらした物で匂いを知っているのだ。私は興奮しながら導き出した答えを告げる。
「海! 海があるんだね! ってことは次の場所は港町かな?」
「正解だ……」
嬉しい不意打ちに私の心は踊りだす。それと共に疲労は何処かへと飛んで行く。
「海……海か。魚もいいよね。海藻とかもあるのかな。どんな味なんだろう。あっ! また干し貝とか売ってないかな。アレ凄く美味しいんだよね」
興奮する私を余所に、ローブ男は黙々と歩いていく。そんな彼に足早に付いていく。
しばらく歩いていくと、前方に青い液体が広がっているのが見えてきた。ついに海とのご対面である。
「これが本物の海か。本当に波打ってるんだね。ところで港町はどこかな?」
「海の左側を見てみろ……」
私は言われた方角を見る。そこには、船と呼ばれる物などが停泊している町が見えた。
「あそこかぁ」
私は目視しながらも、歩みを止めずにいた。ローブ男が止まらないのもあるが、早く着きたかったからだ。あの町に着いたとしても、まだお昼過ぎ。散策するにも十分お釣りが来る時間だ。
しかし、悲しいことにそうはならなかった。問題が起きたからではない。いや、ある意味で問題なのかもしれないのだけど。
「どうした? 宿に行くぞ……」
その元凶である声の主が急かしてくる。そう、ローブ男の声である。いつもなら到着と共に消えてしまっているのに今回に限っていまだにいるのだ。しかも、宿に行くのを急かしてくる始末。
私はしぶしぶ宿へと向かう。何故かローブ男が私の部屋を借りていたのだが、借りた部屋へと入るとその答えが分かってしまった。その部屋には窓が一切なかったのだ。
その部屋を見た瞬間に嫌な予感がしていたのだが、彼の口からその予感が的中していたということが分かってしまった。
「今日は絶対に外へ出るな!」
珍しく彼の言葉には感情が乗っているように思えた。なので、私は心配になり彼に尋ねる。
「何かあるの? いつもと様子が違うように感じるんだけど……何かあるなら私も手伝うよ。やっと戦えるようにもなったんだから」
「……」
言葉は返ってこなかった。だけど、私は彼を見つめ続ける。
しばらくすると、彼は口を開いて一言だけ告げた。
「今はその時ではない……」
どうやら、今の私では足手まといにしかならないらしい。少しだけ悲しいけれど、彼との実力差は明白なので納得せざるを得なかった。
「分かった。気を付けてね」
「ああ……」
彼が珍しく返事をしている。いつもなら私の言葉を待たずにいなくなっているのに。
「リアナ……短杖は持っているな?」
「ええ、ここにあるわ」
腰に携えている杖を手に触れながら言った。
「絶対に手放すな……」
「分かった」
「――それともう一つだけ言っておくことがある……今はまだ無理だが、いつか……助けが必要になったらその時は頼む……」
「――その時は絶対に助けるよ」
私の言葉を聞き終えてから、彼は消えてしまった。
何だか今夜は心配で眠れそうにないなと思っていたのだが、そんなことはなく寝具に横になるや否、深い眠りへとついてしまった。
翌朝になると、ローブ男の声で目を覚ます。
「いつまで寝ている? もう朝だぞ……」
「うーん。あ、おはよう」
私は寝ぼけ眼を擦りながら部屋の中を見渡す。朝日が差し込んですらいない。やはり窓がないと朝なのか分からない。ただローブ男が使用している魔法によって部屋は明るくなっていた。
「準備するから部屋の外で待っててくれる?」
その言葉を聞いた彼は、すぐさま部屋の外へと出て行った。
私は急いで身支度を整えながら、彼の身に何事もなかったことに安堵した。その後、身支度を終えた私は部屋の外で待っている彼へと声をかける。
「お待たせ。昨日は大丈夫だった?」
「問題ない……」
そう言うと彼は宿の外へと向かってしまった。私は鍵を返却したあとに外へと向かう。
「それで今日は時間はあるのかな? 昨日は散策出来なかったから時間があると嬉しいんだけど……」
「すぐに出発する……」
「少しだけでいいんだけど……」
「……」
「分かったよ……」
(さよなら海、さよなら魚達、さよならまだ味わっていない魚介たち……)
重い足を動かしながら、彼の後に付いていくと前方から元気そうな女性が歩いてきてローブ男に声をかけてきた。
「お客さん、先日は色々と買ってくれて助かったよ。お陰でこちらは大助かりさ。お袋も礼を言っていたよ。本当にありがとうな」
どうやら彼女は店の店員らしい。それよりも気になることを言っていた。先日という点だ。この町に着いてからはすぐに宿に行っていたので店などには立ち寄ってはいないのだ。それはつまり、宿での会話をした後に行ったということに他ならなかった。
店に寄るなら、私も一緒に連れて行って欲しかったのに。という思いを込めて言葉に出す。
「え? 昨日そんなに買い物してたの? 私には外に出るななんて言っていたのに」
ついでに私が一番欲しいものを買っていないか尋ねてみる。
「そうだ! 干した貝を買ってたりしない?」
「さあな……」
何か適当にあしらわれた気がする。そんな私を見かねたのか店員の女性が気遣ってくれる。
「あのう、干し貝ならうちの商会にあるのでお安くしましょうか?」
「えっ!? ぜひ、おね……」
「すぐにここをたつから大丈夫だ……」
「そ……そんな……久しぶりの魚介が……」
「な、なんかごめんさい。今度来た時にはお安くします」
「今度……」
(今度っていつになるのかな。私には見当も付かないよ)
「行くぞ……」
ローブ男は、そう言った後に歩き出そうとする。何という無慈悲っぷりなのだろう。
「お客さん、いつでも来てくださいね。あなたを助けるために、あたしも色々と頑張るからさ」
「そうか……楽しみにしている……」
ローブ男がわずかに口元を緩めながら答えていた。
「えっ? あっ! もしかして……」
どうやら、店で買い物をしていたというのは噓のようだ。何故彼女が嘘をついたのかは分からないけど、彼女がローブ男に助けられたことは間違いないようだ。それから察するに、先ほどの買い物の件は、お礼を言っていたのだろう。
「何をしている? いくぞ……」
「あ、うん。なんかごめんなさい。でも、魚介……」
私は買い物を楽しんでいたと勘違いしたことを謝った。でも魚介は食べたかったな。
歩き始めたローブ男を追うようにして、私もしぶしぶ歩き出す。だが、魚介の未練はそう簡単には捨てられない。
時折後ろを振り返ると、その様子を見たせいか苦笑している女性が目に映った。
(この機会を逃すと何年、何十年? 何百年先になるか分からないんだから仕方ないじゃないですか! うう、さよなら味わえなかった魚介たち……)
『27話 退屈な守り人 前編』は10/6(金)の17時頃に投稿する予定です。




