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26話 つかれた商会長 中編

 叔母から自称領主どもが出かけたと聞いてから数日後には、親のほうだけが帰ってきていた。息子はどこを放浪しているのか知らないが、どうせろくでもないことをしているに違いない。


 ただ、面白いことにあの偽領主、帰ってきたときには相当ご立腹だったらしい。館勤めの者に聞いた話だと何でも出先で息子共々、剣を突きつけられて追い返されたとのこと。


 その話を聞いた夜は商会の者たちで、大いに笑いながら飲み明かしてやった。この港町に住むものなら誰だってそうするだろう。それほどまでにあいつ等には鬱憤が溜まっているのだから。


 しかし、この話はそこで終わりではなかった。何故なら息子のほうが未だに帰ってこないからだ。これには、自称領主の夫人もご立腹らしく、毎日喧嘩が絶えないらしい。


 皆で笑ってやりたいところだが、これは流石に笑えない。いや、あいつの息子が行方不明になっていることには誰もが喜んでいるのだ。ただし、問題は喧嘩が絶えていない状況だ。その影響で、あの偽領主が八つ当たりしてくるのではないかと怯えているのだ。


 そんな状況下ではあるが隠れて過ごす訳にもいかないので、あたし達は今日も商会にて商いをしている。


「なぁ、親父。あいつ等に払う金はもう大丈夫なんだよな?」


「ああ、問題ない」


 そう答える親父の顔色は健康そのものだった。叔母が持ってきてくれたお茶が効いたのだろう。あれから親父に異変は起きてはいなかった。もしかしたら、偽領主やその息子の状況で少しは気が晴れたのも関係しているのかもしれない。


 あとは、お袋さえ目覚めてくれればいいのだが……。


「なんだ? そんな不安そうな顔をして。さっきも言ったが金なら問題ないから心配するな。それに要求されているよりも多めに用意出来ている。無理を言われてもどうにかなるはずだ」


 どうやら不安が顔に出ていたらしい。


「ああ、悪い。何か今日あたりあいつ等が来そうな気がしたからさ」


「そうか。お前は昔から感がいいからな……そういうことなら今のうちに袋へ詰めておくか」


 親父は納得した顔をして商会の奥の部屋へと入っていった。その間にあたしは、棚の品物を補充していると、誰かが入口の扉を開けて入ってくる。


「相変わらずごちゃごちゃしているところだな」


 入ってくるなり、あの忌々しい声が聞こえてきた。どうやら嫌な予感が当たってしまったらしい。


 自称領主の男の周りには三人のガラの悪そうな男がついていた。前回来た時にはいなかった者たちだ。警備の者たちが辞めたという話は聞かないので、新たに雇い入れたのだろう。


 そこから推測するに、誰もこの男の護衛をしたがらなかったのだろう。前回の遠征で剣を突きつけられた時に護衛をしてた者たちは、責任追及で酷い目にあったと愚痴を漏らしていたのだから当然と言えば当然である。


 それにしても、このガラの悪い男たちは、息子の私兵と同類な気がしてならない。だが、その息子の私兵も雇い主同様に行方不明になっているらしいので、その残りという訳ではないだろう。などと考えた後に、面倒だけど声をかける。


「今日はどういったご用件で? まさか私兵を連れて買い物に来たってんですかね?」


「はぁ? こんな薄汚いところで買い物などする訳がないだろうが!」


 以前から領主邸にも納品しているはずなのだが、この男は知らないんだろうか。きっと執事か誰かに全てやらせているに違いない。領主代理とは聞いて呆れてしまう。


「ではどの様なご用件で?」


「そんなものは決まっている。金を取りに来ただけだ」


 予想していた通りの言葉が返ってきた。


「そんなことでしたら、わざわざこちらにいらっしゃらなくても私共から出向きましたのに」


「フン、そう言っていつまでも来ないつもりだろう」


 多分、この男が言ういつまでも来ないというのは既に町を出てしまった者だろう。それを滞納だと勘違いしているとは、どこまで無能なのだろうか。

 呆れ顔を出さないようにと笑みを作りながら声を出す。


「お金でしたら今しがた、父がご要望の金額を袋に詰めているので……」


「倍だ」


 話し終える前に、目の前の男から意味不明な単語が聞こえてきた。


「今、何ておっしゃいました?」


「倍の金額を用意しろと言ったんだ」


 ありえない言葉があたしの耳に届いてきた。こいつは金がどこからともなく湧いてくると思っているのだろうか。怒りで震えながらも声を出す。


「流石にそれはないんじゃないですかね。父が詰めているはずの金だってやっとの思いで用意した物だっていうのに……」


「そんなことはしらん。お前たちは私の要求に黙って従っていればいいんだ」


 その言葉を聞いた途端に、男のことを掴んでしまっていた。母のように縋るのではなく、やつの胸倉をだ! しかも、無意識のうちに右手で拳を作っていたのだが、その拳は標的の顔に当たることはなかった。何故なら、ガラの悪い男の手で阻まれてしまったからだ。


「やっちまっていいんだな?」


「もちろんだ」


 あたしに胸倉を掴まれている自称領主が、そう答えた瞬間に止められてしまった右腕が在らぬ方向に曲げられて嫌な音を立てた。激痛で胸倉を掴んでいた手を放すと、掴まれていた右腕が放された。


 痛みで声にならぬ声を上げていると今度は腹の辺りに鈍い衝撃が走った。どうやら、男の蹴りが炸裂したらしい。あたしの体が後方へと飛んでいき棚に激突した。


 あまりの激痛に意識が朦朧としていると、誰かが音を聞きつけたらしく声が聞こえてくる。


「きゃあああ」


「大丈夫ですか? しっかりして下さい」


「これは……一体どういうことですか? 言われた金額なら用意してあります。娘に暴力を振るうのはやめてください」


「フン、暴力を振るおうとしたのはこいつのほうだ。倍の金を払えと言ったらいきなり殴りかかってきたのだ」


「そ……そんな……それに倍?」


 そこで、あたしの意識は完全に途切れてしまった。





 気づくと月明かりが差し込む自宅の寝室にいた。誰かが運んでくれたのだろうか。それに腕には添木と包帯が巻かれており、頭や腹にも包帯が巻かれていた。どうやら、治療までされたようだ。


 状況把握を終えたあと、何やら声が聞こえてくるので痛む体を起こして、部屋から廊下へと出る。すると、それが親父の声であることが分かったのだが、誰かと話しているようだった。


「くそ、どうしてこんなことに……」


「それは出来ない」


「今から領主代理に金額を戻してくれる様に頼んでみる」


「それなら、せめて期日だけでも……」


 居間のほうから聞こえてくる声は親父のものだけで、話し相手の声は一切聞こえてこなかった。この状況に、あの時見た親父の顔が脳裏に浮かぶ。


 そっと居間へと向かうとちょうど親父が外へと出るところだった。やはり、あの時と同じく親父が独り言を言っていたようだ。


 顔が見えないのでよく分からないが、嫌な予感だけはしている。なので痛む体に鞭を打ってあとをつけていくことに決めた。

『25話 つかれた商会長 後編』は9/27(水)の午後17時頃に投稿する予定です。

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