23話 折れた剣 後編
◆ ◇ ◆
集落から離れた所に一台の馬車が止まっており、その中へと一人の男が入っていく。
「手筈通りに獣たちは集落へと向かっているようです」
「そうか。そうなのか。ハハハハハハ、俺や親父を馬鹿にするからこういうことになるんだ」
憎たらしい顔の少年は、部下の報告を聞いて声高らかに笑った。そして、手に持っている水晶玉を見つめる。
「その水晶玉みたいなのは一体何なのですか? 獣をけしかける時にも掲げているようでしたが」
「ああ、これか。これは親父から拝借したものだ。なんでも獣を強化した上で操ることが出来るんだとよ。ただ、しさくひん? とかいうのの為に単純な命令しか出来ないらしい。今回の場合だと集落の人を襲えって命令を出したな」
「そんなすごい物だったのですか」
「ああ。だがこのことは親父には言うなよ。黙って拝借したのがばれると怒られるだろうからな」
「は、ははは、分かりました。黙っておきます。それでは引き続き監視に戻ります」
「ああ、頼んだぞ」
「ハッ! 了解しました」
部下の男は、馬車の扉を閉めて監視へと戻っていったのだが、少しするとどこからか悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんだどうしたんだ?」
しかし、馬車の周りにいるであろう部下の声すら返ってこなかった。少年は水晶玉を手に持ちながら、おそるおそる馬車の外へと出るが、足を踏み外して転んでしまう。
「イテテテテ。クソ、これも全てアイツのせいだ」
尻から滑り落ちるように転がってしまった少年は、あの時のほほの痛みを思い出しながら悪態をついた。
少年は上半身を起こしながら立ち上がろうとすると、腹の上に衝撃が走る。
「グオッ! お、お前どこに足を乗せてやがる!」
少年の腹の上にはローブを目深くかぶった男の片足が乗っていたのだ。その男が水晶玉を握りながら少年に問う。
「コレをどこで手に入れた?」
「ア!? 言うわけないだろ! そんなことよりその足をどけろ!!」
男の足に更に力が加わっていく。
「わ、分かった言う。言うから……それは親父の書斎の机の上に手紙と共に乗っていたものだ。その手紙には水晶のことが書かれていたが読み終えると何故か燃えてしまったんだ。それでやばいと思って、水晶玉は俺が隠し持っていたんだ」
「手紙の送り主は誰だ?」
「知らない。名前は書かれていなかった」
「そうか……」
男は言葉を発するとともに水晶玉を握りつぶしてしまった。水晶の欠片が光の粒子となって消えていく。
「そんなことをしても無駄だぞ。効果が切れるまではあいつらは止まらない。どっちにしろあの集落はもう助からないんだ。だから、さっさとその足をどけろ!」
男は少年から足をどけようとはせず、尚も力を込めていく。やがて、少年の体は光となって消えてしまった。その直後、何かの金属が落ちる音だけが闇夜に鳴り響いた。
◇
二つの月明かりが木々の合間から差し込む中、僕は獣たちと死闘を繰り広げていた。
「はぁはぁ、そろそろ父さんたちに報せている頃かな」
両手に握られている剣はもはや砕けてしまって刀身がなかった。魔力も残りの獣たちを相手にするには足りない。分が悪いどころか敗北確定である。
「はは、約束守れないかも……せめて剣があればな……何処かに落ちてないかな……」
絶体絶命の状況に冗談を言って少しでも、気持ちを落ち着かせようとしていると、目の前の狼が飛び掛かってくる。
すかさず氷の刃を飛ばして応戦するもその隙をついて熊が剛腕を振り上げる。
「――しまった!」
だが、その熊の腕は僕に振り下げられることはなかった。熊の頭には、微かに光り輝く剣が突き刺さっていたからだ。僕は迷うことなくその剣を引き抜いて、残りの獣たちに切りかかっていく。
今までの剣と違って、何の抵抗もなく切り伏せることが出来ていく。
「この剣すごい! 一体なんなんだろう。それにしても剣が空から降ってくるなんて……誰かが助けてくれたのかな」
今さっきまでの状況とは違い、心の余裕が感じられた。そして気づけば襲ってくる全ての獣を殲滅していた。
「ははは、なんか約束守れたよ」
緊張が途切れて地面に座り込み、剣を見つめた。やはり刀身が仄かに光を発していた。
「――そうだった。急いで集落に帰らないと」
スッと立ち上がると、急いで集落へと戻るために駆け出す。
疲労困憊だったはずなのに何故だか力が溢れている。それに心なしか体が軽くなったようにさえ感じられる。これは多分この剣を手にしていることが関係あるんだと思う。
やがて集落が見えてくると、大人たちが武装して外へと集まっていた。
「おーい、みんな、もう大丈夫だよ。全部殲滅してきたからー」
その集団の一人から少女が飛び出してきた。
「良かった。ちゃんと無事みたいね」
「ははは、実際は危ないところだったけどね。これに救われたんだ」
そう言って僕は手に持っていた剣を見せた。
「なんだか変わってる剣ね。微かに光ってるし」
幼馴染がまじまじと剣を見つめていると、突然声が聞こえてくる。
「僕も見せてもらっていいですか?」
僕と変わらないくらいの年齢の子が尋ねてきた。
「え? もちろんいいよ。僕のっていうわけでもないし」
「ありがとうございます。へぇー、本物の剣はかっこいいなぁ。それに何だか光っていて……光属性……うん、聖剣みたいだ!」
「聖剣か、いいねそれ」
「ついでと言っては何ですが触ってみてもいいですか?」
「もちろんいいよ」
少年に剣を差し出すと、彼の手が伸びてきて柄の部分に触れた――その時、何かが消えるような感覚と共に剣の光が一瞬収まる。そして光は一気に膨れ上がり辺り一面を白一色に染め上げた。
「ま、眩しい」
少年の声が聞こえた。
「きゃあ、何が起きたの?」
「僕にも分からないよ」
しばらくすると、光が収まっていき元の淡い光へと戻っていた。
「今のは何だったんだろう」
僕は手に持っている剣を見つめながら言った。
「大丈夫なんともない?」
「うん、僕は大丈夫だよ」
「おーい、今のは一体何だったんだ?」
「すごい光だったけど大丈夫?」
大人たちが僕たちの周りを囲うようにして集まってきた。そして、その人だかりの中には先ほどの少年の姿は見当たらなかった。
「うん、何ともないよ。聖剣? が、ただ光っただけ見たい」
「ほう、聖剣か。国王に似つかわしい剣じゃないか」
「と、父さんいつの間に!? っていうか今とんでもないこと言わなかった?」
「あ? ああ、昨日母さんと話してただろう。まだ、兄さんに手紙を送っていないんだが、この集落を国にするぞ。そんでお前が初代国王な!」
「え? 意味が分からないんだけど」
「昨日のようなやつらが来ると面倒だから国にしてしまおうってことだ。そんで面倒だけど俺が国王になるつもりでいたんだが、お前一人で集落を守り切ったそうじゃないか。そんだけやれるなら国王も任せられるだろう」
「は、話についていけない」
「ははは、そこは俺に任せろと言っておけばいいんだ! なっ! みんなそうだろう?」
他の大人たちが一斉に賛成の声をあげる。何故みんなは父さんの話についていけるのだろう。僕はまったくついていけそうになかった。
「あ、そうだ。お前ら、二人とも婚約者な。すでに両親には話をつけてあるから」
「はあぁ?」
「ええええ?」
僕と幼馴染は二人で顔を見合わせてしまった。
「ん? 嫌なのか? 嫌なら無理にとは言わないが」
「え、いやではないけど……」
「わ、わたしは……もんだい……ないです……」
「なら、問題ないな。息子よ、任せたぞ」
「いや、もう、なんだかなぁ。分かったよ。父さんやるよ」
「よし、腹は決まったようだな。それじゃあ、家に帰って母さんにも報告するぞ」
(いや、腹が決まったというか、流されただけな気がするんだけど)
父さんは言うだけ言って家へと向かってしまった。
「ま、がんばれよ。俺らも助けるからさ」
「そうよ。こういうのは慣れてるのよ」
大人たちは次々に僕を励ましながら家へと帰っていく。
「はぁ、なんだかな。なんか色々あり過ぎて疲れちゃったよ」
「確かに怒涛の展開だったわね。まぁ、なるようになるんじゃないかな。それより早く帰りましょう。あ、な、た」
「――っ!」
僕たち婚約者は、手を繋ぎながら家へと向かって歩いていく。そして、これからも二人で人生を歩んでいくのだろう。そのことを噛みしめながら満面の笑みで告げる。
「これからも、よろしくね」




