19話 四分咲き (改)
険しい峠を越えて、ようやく辿り着いたこの都市は、王都と比較しても引けを劣らないほどの広大な土地を有していた。それもそのはず、学校の敷地だけでもかなりの敷地があるらしいからだ。
「ここが魔術学校のある都市なのね」
そんなことを呟いた私は例のごとく、都市部に一人ぼっちで居た。たまには、誰かとお喋りをしながら散策などを楽しみたいと思うけど、贅沢を言っても仕方ないので早速本屋を探すことにした。
だけど、広大な敷地のせいか、聞いた場所とは違う道に入り込んでしまっていたらしく、なかなか本屋に辿り着けずにいた。仕方ないので一度引き返そうかなと思った矢先に声が聞こえてくる。
「あっ! 本屋に行けばいいんだ」
声のした方を見ると、そこには月のような色合いの髪をツインテールにした小柄な少女が立っていた。念のため聞こえてきた情報を確認してみる。
「すみません。今、本屋って言いませんでした?」
「えーと、もしかしてお姉さんも本屋に行きたいんですか?」
「はい、そうなんです。王都の本屋の方に、こちらの都市になら魔導書があると伺ったものですから」
「あ、それならありますよ。お姉さんも一緒に行きますか?」
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
引き返そうと思った矢先にこの出会い。運命に導かれるような出会いに感謝していると、視線の先の少女に親近感を覚える。
(どこかで会ったことでもあるのかな)
「――この都市の学生さんだったんだね。私は最近基礎を終えたばかりだから、ある意味で後輩だね」
「やめてくださいよ。私だって去年基礎を終えたばかりで魔法を扱うようになったのは今学年からなんですよ。ところで基礎を終えたってまさか独学でですか?」
「え? 王都で買った本を読みながらだけど」
「王都で買った……って、もしかして、王都からここまでくる間に基礎を終えたんですか?」
「そういうことになるのかな」
「お姉さん、手を握っていいですか?」
「えっと、よくわからないけどいいですよ」
何をするのか分からないけど、私は彼女に手を差し出した。
「失礼します」
「なるほど、お姉さんやりますね」
「……?」
どういうことなのか全く分かっていないのを察したのか、彼女は事細かに説明してくれた。
「――成程。そうだったんだ」
本屋に着くまでの間、楽しいお喋りの時間は続いた。一度は諦めた誰かとの散策が、こんなにも早くに叶うとは感謝してもしきれないほどだった。
「あっ、ここですよ」
「うわぁ、王都とはまた違った趣があるね」
彼女の案内で、早速魔導書のあるコーナーへと向かった。
「んー、お姉さんなら、これらの本かな。あと、すぐに上達しそうな気がするから上級者用の物も見繕ってあげますね」
「わぁー、ありがとう。私じゃよく分かってなかったから助かったよ」
彼女は、上級者用の本もいくつか選んでくれた。私では、どれがいいのかさっぱりだったので、心の中で何度も頭を下げながら感謝した。
「こんな感じかな。さてそれじゃ、私は焼き菓子のコーナーへ行ってきますね」
「焼き菓子? 村ではよく彼に作ってあげてたから詳しいよ。それに旅の道中でも、色々と食べていたから知識はある方だと思うよ」
「じゃあ、一緒に見てもらってもいいですか?」
「うん、任せて。早速、魔導書の恩を返してみせるよ」
早速、先程のまでの恩を返す機会の到来に私は張り切った。
「ありがとうございます。ところで、彼って言ってましたけど付き合ってる人ですか?」
「えっ!? あ、うん。そう、かな……」
思わぬ不意打ちを食らい、動揺してしまった。
(いると言うか、いたと言うか……。私の目的を達成しても、会えるのは彼の来世になるんだよね……)
「ささ、焼き菓子のコーナーはこっちですよー」
「あっ、ごめんね」
気を使わせてしまったようで、申し訳ない気持ちになりながら謝罪した。
その後、焼き菓子のコーナーへ移動したものの、彼女はなかなか良さげなものを見つけられずにいた。一方で、私は一冊の本を手に取っていた。
「あっ、これ作るの簡単な割には、数も多くできるし日持ちもするしでおすすめなんだよね」
彼女が私の見ている本をのぞき込んでくる。
「これなら作れそう。お姉さん、ありがとう」
「どう致しまして。もしかしてだけど好きな人にあげるのかな?」
「ど、どうしてそれを?」
「ふふふ、何となく、ね」
「何となくですか」
本当は、彼女が本を見ていた時の顔が、恋をする乙女の顔をしていたからだったけど、あえて言わなかった。
本を購入し終えて店の外へ出た私たちには、別れの時がやってきていた。
「それじゃ、頑張ってね。思いを込めて作ればきっと伝わると思うから」
「はい、頑張ります!」
彼女の返事には、強い意志を感じ取れた。彼女の決意に感化されて、私も自身の決意を言葉にする。
「私も彼との再会まで頑張って強くなるから!」
「あ、そう言えばお姉さんの名前は何て言うんですか?」
「私は、リアナっていうの。あなたは?」
「私は、ローレルって言います。また縁が合う日までさよならですね」
「ええ、またね」
またね……か。もう会うことはないのは分かっているはずなのに。
自然とそんな言葉が口から出てしまっていた。
ローレルと別れた後。宿を取るために歩いていると、前からローブ男が現れた。
「今回も暫く滞在することになる……」
「わかった」
いつものようにローブ男は姿を消したので、私はそのまま宿へと向けて歩き出した。
宿を取ると、私はすぐに部屋の椅子に腰を下ろした。もちろん、可愛らしい彼女に見繕ってもらった本を読むためだ。
「基礎はもう大丈夫だけど、これはまた時間がかかるかな」
理解するだけでなく、宿の中で魔法を使うわけには行かないので、実際に使えるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだった。
「ちょっと休憩しようかな」
一度休憩するためにお茶を飲んでいると、窓から月明かりが差し込んでいた。
(今頃は、ローレルもお菓子作りを頑張っているのかな。よし、私ももうひと頑張りしよう!)
月明かりのような少女に負けていられないと思い、私は引き続き読書に励んだ。
翌朝になり、ローブを見ると大分傷んでいることに気づいてしまった。
「ここまで傷んでたんだ。山とか色々と歩いてたからなぁ。王都でも買い替えなかったし、今回はここでローブを新調するとしますか!」
ローブ男は、『暫く滞在する』と言っていたので、時間はまだあるはず。なので私は、王都ぶりのお店巡りを楽しむことにする。
「わぁ、素敵なお店。中に入ってみようかな」
いくつかのお店を回っていると、鮮やかな色合いのローブが目に映り込んできたので、そのお店の中に入ることにした。
「いらっしゃいませ。当店は初めてですか?」
「はい、始めてきました」
「そうですか。それでは軽く当店のご説明をさせて頂きますね。当店の品は全て、あの魔術学校の制服と同じ素材で出来ております」
店員の説明から察するに、ローレルが着ていた制服は他とは何かが違うらしい。なので、更に聞いてみることにする。
「何か普通の素材とは違うんですか?」
「はい、もちろん違いますよ。絹を取れる虫はご存じですか?」
「はい、知っています」
「その虫を特殊な製法により育てることで、魔法や熱、寒さに耐性のある糸を作るようになるんです。そして、その糸を用いて作られたのが当店の品々になります」
「え? そんなに凄いものなんですか」
「はい、それだけではなく、普通の糸より軽くて丈夫なんですよ。試しにこちらをお持ちになってみてください」
そう言って、店員はローブを手渡してきた。
「あ、本当だ。すごく軽い」
ほとんど重さを感じないくらいの軽さだった。買い替えるならここにしようと思い、ローブを返却した後に店内を見てまわる。
「あ、このローブいいかも」
色は紺色を主としていて、着た時に王都で買った服が見えても違和感のない位の装飾や刺繍が施されていた。また裏面には、夜空をあしらったような刺繍がされていた。もちろん、フードも付いている。
「すみません。これ下さい」
ローブを購入後、その場で着させてもらってお店の外へと出る。
「ありがとうございました」
外の日差しは眩しかったけど、日の暑さは全く感じなかった。むしろ心地いいくらいの涼しささえ感じられた。早速このローブの素晴らしさを体感することが出来たようだ。
おしゃれで実用的なローブを手に入れたことにより、私は浮かれながら都市を散策した。そして、日が暮れたあとは、宿にて昨夜に続き読書に励んだ。
(少しはしゃぎすぎたかも。そろそろ寝ようかな)
本をたたみ、ふと窓の外へと目を向ける。数多の星々が輝く夜空には、前日とは異なり二つの月が出ていた。
(そう、今日は二つなのね)
翌朝になり、部屋で準備をしていると、ノックの音が聞こえてくる。一瞬、ローブ男かと思ったけど、今までにノックなどした試しはなかったので、考えを改め直して返事をする。
「はーい、どちらさま?」
警戒しつつ尋ねてみると、可愛らしい女の子の声が聞こえてくる。
「リアナさん。おはようございます。私です。ローレルです」
「え?」
扉を開けるとそこには小柄な少女が立っていた。まさか、また会えるとは思ってもいなかったので狼狽えてしまった。そんな私を見て、ローレルは申し訳なさそうな顔をする。
「ご迷惑でしたか?」
「そんなことないよ。ただ、また会えるとは思ってなくて。とりあえず中へ入って」
「それなら良かったです。では、お邪魔します。あ、今日はこれを持ってきたんです」
彼女は手に持っていた袋を手渡してきた。
「これは?」
私は渡されたものを受け取りながら尋ねた。
「この間の本で作った焼き菓子です。彼の分と一緒にリアナさんの分も作っちゃいました」
「ありがとう、中開けてみるね」
袋を開けてみると、中には私のような顔をしたものなどが入っていた。
「これ、かわいいね。ってもしかして、私?」
「はい、リアナさんを作ってみました」
「そっか、ありがとうね。食べてしまうのはもったいないけど、早速いただくね」
「はい、どうぞ」
「――おいしい! 料理上手なんだね」
「そんなことないですよ。あ、そうだ。リアナさん、彼に渡してうまく行きました」
「わぁ、おめでとう。彼に気持ちが伝わって良かったね」
どうやら私の想像していた通り、告白をしたらしい。私も負けてられないという気持ちがより一層強くなっていく。
(私も一人前に魔法が使えるようになってみせるよ。そして今度こそは……)
奮起していると、ローレルが上目遣いで見つめてくる。
「はい、リアナさんのお陰です。背中を押してくださり、ありがとうございました」
「どういたしまして。そういえば学校は休みなの?」
「えーと、実は……今日じゃないとリアナさんに会えない気がして学校サボっちゃいました」
「え?」
『確かにいつ旅立つか分からないけど』と思っていたら、不意に声をかけられた。
「話しはもういいか? そろそろ行くぞ……」
(ほら、こうやって突然出発することになる)
「ごめんね。そろそろ出発するみたい」
そう言いながら、ローレルの様子を窺うと、彼女は一瞬驚きの表情を見せたあとにローブ男に向かって一礼をした。
(そっか。昨日助けられたのは、ローレルだったんだね)
彼女も何かを確信したのか声をかけてくる。
「――リアナさんも頑張ってくださいね」
「うん! 頑張るよ!」
その後、私たちはローブ男に促される形で、都市の入り口付近へと向かった。
「それじゃあ、もう行くね」
「……うん、いってらっしゃい」
「行ってきます」
今回は、『またね』とは言わなかった。彼女も、もう会えないことを何となく察している気がしたからだ。
「……忘れないよ」
ローレルに見送られる中、私は零れ落ちそうになる涙の代わりに、言の葉を零した。




