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18話 欠けしモノ 後編 (改)

 買い物を終えたあと、私は寮の調理室にて先ほど買ったばかりの本と睨み合いをしていた。


「えーと、何々、混ぜ合わせはこんな物でいいのね。次は棒で伸ばせばいいのかぁ」


 先ほど混ぜ合わせて丸めたばかりのものを、棒で引き延ばしていく。


「こんな感じかな」


 本と見比べてみると、どうやら同じくらいに引き延ばせたらしい。


「よしよし、あとは好きな形で切り分けていく訳ね」


 右手でナイフを持ちながら好きな形を考える。


(好きな形……好きな……かぁ)


 せんぱいの顔が思い浮かんでいく。


(せんぱい、喜んで食べてくれるかな)


「愛情を込めて作ったんだから、大丈夫。きっと喜んでくれるよ」とリアナさんが背中を押してくれている気がした。


(うん、私も頑張る。だから、これを渡した後に告白してみるよ)


 目の前の生地に意識を戻すと、せんぱいの顔のような形に切り取られた生地と、同じくリアナさんの顔のような生地が目の前に出来ていた。どうやら無意識のうちに切っていたらしい。どうせならと、目や口などを付けてみる。


「あっ、かわいいかも」


 想像した以上の出来に満足したあとは、他の生地を、四角や丸などの形に切り分く。


「次が最後の行程かぁ」


 本に書いてある通りに、オーブンに切り分けた生地を入れていく。次に燃やすための薪も入れていき、火は面倒なので、魔法で点けることにした。


「ふぅ、後は焼きあがるのを待つだけね」


 と、言っても薪の調整もしなければならないので、完成するまでは決して気を許すことは出来なかった。いくら愛情を込めたからと言っても、炭となってしまっては食べられた物ではないからだ


 薪をくべながらふと思う。


 この料理をする上での労働は、どうにかならないかな。今回はせんぱいを思ってのことだったから苦でもなかったけど、普段だったら絶対にやりたいとは思わないなぁ。現にさっきだって、火を起こすのが面倒だったから魔法を使ったくらいだし。


 魔法は皆が使えるわけじゃないから、使えない人はいつまでも火起こしが大変なままなんだよね。んー、魔法が使えないけど魔法を使える。そんな便利な物があればいいんだけど――。


 何かのいいアイデアが閃きかけては消えていくことを繰り返す内に、オープンからいい匂いが漂ってくる。


「もういいのかな」


 中から取り出してみると、生地が丁度いい具合に焼きあがっていた。早速、一つ手に取り、味見をしてみる。


「うん、おいしい」


 まだ熱かったけど、味は問題なさそうだった。これならせんぱいも喜んでくれるに違いない。


「あとは……生地が冷めた後に、袋に入れればいいと」


 本に書いてあった通りに冷ましたあと、二つの袋に詰めていく。一つはせんぱい用。そして、もう一つはリアナさん用だ。せっかくリアナさんの顔を作ったので本人に渡してあげたいと思ったからだ。


「リアナさん、喜んでくれるかな」


 滞在している宿を聞いておいたので、せんぱいに渡した後にリアナさんに届けてあげよう。そう思い、明日の楽しいひと時を心待ちにしながら私は自室へと戻った。




 翌日、教室へ赴くと奇妙な噂で持ちきりだった。その噂によると、上級生の何人かが行方不明になっているらしい。しかも、いなくなった生徒たちは休みの間も家に帰らずに寮で過ごしていた人たちばかり。ついで、昨日も姿をみかけなかったとのこと。


 一体何があったんだろうと不安に思っていると、今しがた教室に入ってきたばかりの子の話が聞こえてくる。


「ねえ、例の噂の新情報なんだけど、どうも行方不明になっている上級生全員、優秀な人らしいよ」


(優秀って……まさか、せんぱいも行方不明になるんじゃ……)


 言い知れぬ不安感に襲われたけど、授業が始まりそうだったので私はせんぱいの元へと行くことは出来なかった。


(早く、早く、終わって。お願いだから早く……)


 ようやく昼食の時間になったので、焦燥感に駆られながらもせんぱいのいる三年の教室へと向かう。


(お願いだから無事でいて)


 教室の前の廊下に着くと、教頭先生と何処かへと向かうせんぱいの後ろ姿が見えた。


(良かった。無事だった。けど、何で教頭先生といるんだろう。あっ、もしかしてせんぱいが優秀な生徒だから声がかかったのかな)


 優秀な生徒は早い段階で、国や町などの様々な所から声がかかってくると聞くので、せんぱいもそれなのだろうと思い納得した。


(お昼に誘いたいけど、いつまでかかるんだろう)


 不安感は払拭することが出来たので、当初の予定通りせんぱいをお昼に誘う機会を伺うためにこっそり後をつけることにする。


(ここは……研究棟? せんぱいは三年なのになんでなんだろう)


 二人が入っていった研究棟は、主に四年生が使用する物で中では様々な研究が行われている。だけど、今年度が初になるので、研究自体はまだまだ発展途上なものになっていた。


 そんな所に三年のせんぱいが入っていくことに疑問を感じながらも、後を追って中へと入っていく。中へ入ると二人以外の行き交う人の姿はなかった。


(奥? 奥の階段から上っていくつもりなの?)


 二人は一階にある手前の階段を通り抜け、何故か奥にある階段へと曲がっていった。バレないように窺うと、丁度、階段下の物置部屋の扉が閉まるところだった。


(何をするつもりなんだろう。教頭に言われて手伝いでもさせれられてるのかな。それなら私も手伝ってあげよっと)


 こっそり扉を開けて中を覗き見る。すると教頭先生が倒れたせんぱいを抱えようとしていたところだった。


「えっ!?」


 思わず声を出してしまった。その声に気づいた教頭先生がこちらに振り返り声をかけてくる。


「ああ、ちょうど良かった。この生徒が倒れてしまってね。すまないがキミも手伝ってくれんかね?」


「もちろんです。せんぱい大丈夫ですか?」


 声をかけながら部屋の中へと入り、せんぱいに歩み寄ろうとすると、教頭先生が観察するような眼差しを向けてくる。


「きみはこの生徒を知っているのかね?」


「知っているも何も仲のいい先輩です」


「ほほう。それは良かった」


 いいとは、何がいいのだろうかと疑問に思っていると、教頭はせんぱいの喉に刃物を押しつけて指示を出し始めた。


「この手錠を自分の手首にそれぞれ装着しなさい。おっと、変な気は起こさないように。手元が狂ってあなたの親しい先輩が傷ついてもいいと言うならかまわいがね」


 教頭は空いている手で懐から手錠を取り出し、こちらへと投げてくる。私の足元手前で手錠が音を立てた。


「せんぱいは無事なんですか?」


「今のところはただ寝ているだけだが、言うことを聞かなければ……」


「分かりましたからせんぱいを傷つけるのは止めてください」


 投げ渡された手錠を拾い、教頭のいう通りに両手首へと装着した。


「よしよし、聞き分けのいい生徒は好きですよ」


 教頭は、そう言いながら壁を弄り始めた。すると、壁に地下へと続く階段が現れた。


(これは……なに? なぜこんな仕掛けが学校にあるの?)


 私が困惑していると、教頭は急かすように言ってくる。


「さあ、ついてきなさい」


 せんぱいを人質に取りながら、引きずっている教頭の後についていき、地下へと降りて行く。


(何この光。壁自体が発光しているの?)


 地下は、どういう原理か分からないけど仄かに明るくなっていた。そしてその地下には牢屋と奥に扉があるのみだった。


「牢の中に入ってそこの足かせをつけなさい」


 私は言われるがままに足かせを付けた。すると、寝たままのせんぱいも教頭によって、手錠と足かせがつけられてしまった。


「ああ、そういえばキミは鞄を持っていたな。見つかると面倒になりかねないからここに持ってくるとするか」


 教頭は、物置部屋に置いたままの私の鞄を取って戻ってくると、牢の中へと放り込んだ。そして、牢の鍵を閉めると何も言わずに去っていった。


(私たちこれからどうなっちゃうんだろう)


 不安に思いながらも、教頭が戻ってこないことを確認する。戻ってくる気配はないので早速脱出を試みてみる。が、何故か魔法は発動することが出来なかった。


(手錠のせい? それともこの部屋自体に何か仕掛けがあるの? そうだ、せんぱいは……)


 這いずりながらせんぱいの元へと向かう。せんぱいは教頭の言っていた通り、ただ眠っているだけのようだった。

 手錠で自由が利かない両手を揺すりながら声をかけてみる。


「せんぱい、せんぱい、起きてください。このままじゃ私たちどうなるか分かりません」


 しかし、せんぱいは目を覚まさなかった。更に必死に呼びかける。


「お願いですから起きてください!」


 いつの間にか出ていた涙が、せんぱいの顔に零れ落ちる。


「ううう……月の……光?」


「よ、良かった。よく見てください。月光じゃなくてかわいい後輩ですよ」


「ああ、キミだったのか。その綺麗な髪が月明かりに見えましたよ」


「まだ寝ぼけてるんですか? しっかりして下さい!」


「――ここは何処ですか? 確か教頭先生と一緒に物置部屋まで入ったのは覚えているのですが……」


 ほっと胸を撫でおろした後、こうなってしまった経緯を説明する。


「えーっと、せんぱいが物置に入ったあとなんですけど――」



 ◆ ◇ ◆



 男は、夜になったのを見計らって誰にも怪しまれないように、研究棟の地下へと降りていた。この地下には実験室があり、男はそこで非道な実験を行おうとしていた。


「まずは、前回同様に血液の採取からとしますかね。四年生に続いて、三年とおまけの二年。一体どんな違いがあるのやら、楽しみですね」


 男は、はやる気持ちを漏れ出しながらも階段を降りていく。やがて、牢屋の前へと辿り着くと、今日の収穫物を確認した。


「おや、起きてしまいましたか。まぁ、面倒が増えるだけで、無力なことには変わりはしないから良しとしますかね」


「僕たちをどうするつもりですか?」


 枷をつけられてまともに動くことのできない男子学生が、鋭い眼差しを男に向けた。


「知りたいのかね? 君たちはこれから私の研究の礎になるのだよ」


 男は牢屋越しに、学生服の男女へと語った。


「研究?」


「もしかして、上級生が行方不明なのも教頭のせいなの!?」


「ご名答」


 女子生徒の問いに対して、教頭は愉悦の笑みを浮かべながら答えた。


「上級生は無事なんですか?」


 男子生徒が感情をかみ殺しながら尋ねた。


「今のところは……五体満足だったか。まぁ、血などの標本は採ったんだがね」


「えっ!? それってどういう……」


 女子生徒は不安そうな顔をした。


「さて、時間も惜しいので質疑はここまでして、移動するとしましょうかね」


 そう言いながら、教頭は牢屋の鍵を開けようとしたのだが――。


「待て、俺も質問がある……」


 教頭は、『何をふざけたことを』と思いながら前の二人を見た。だが、違うらしい。二人の見つめる先は、教頭の後ろを示していた。


 教頭が振り向くと、目の前にはローブを目深く被った男が立っていた。


「なっ!」


 教頭が怒鳴るよりも早く、ローブ男は相手の頭を鷲掴みにする。鷲掴みにされた教頭は抜け出そうと試みるが、どういう訳か体は動かず、棒立ちするしかなかった。


「貴様、私に何をしたんだ!」


 ローブ男は、その問いには答えずに逆に問い返す。


「協力者は誰だ?」


「協力者? 居たとしても教えるものか」


 教頭への頭の締め付けが強くなっていく。


「わ、わかった。言うから締め付けるのを止めてくれ。協力者はいない。本当だ、信じてくれ」


「では、この地下室はなんだ?」


「この地下室は、ある日私の机の上に置かれていた手紙から知ったものだ」


「手紙の送り主は誰だ?」


「し、知らない。お、送り主の名が書いていなかったせいだ」


「そうか……」


 放してもらえるのかと思い、教頭は安堵した。だが、鷲掴みにしていた手は離れることがなく、尚も頭の上にあり続けた。


「はなしてく……」


 教頭が言い終える前に、ローブ男に掴まれていた体は光に包まれていき、やがてその体は消え去った。



 ◇



 不思議な男に助け出された私とせんぱいは、二人っきりで夜の中庭に立っていた。私たちの他にも助けられた人たちはいたけど、彼らには意識がなかったので、不思議な男がそれぞれの寮の部屋へと運んだ為だ。


 そんな不思議な男だけど、私たちにいくつかの用件を伝えると去っていった。その言っていた内容は、まず初めに、寝ている人たちは直に目を覚ますということ。


 次いで、この件――特に地下室については口外しするなということ。最後に言っていたのは、地下室についてだ。彼は今、言っていた通りなら地下室を念入りに封印しているはず。


「まるで夢を見ているような不思議な出来事でしたね」


 せんぱいが、地下室のある研究棟の方を見つめながら言った。


「夢……」


 せんぱいと夜の中庭にいるというこの状況。夢なら覚めないで欲しい。と思い、自分の頬っぺたを軽く抓って見たけど、どうやら夢ではないらしい。


「ほら、夢じゃないみたいですよ。せんぱい」


 そう言いながら、私はせんぱいの頬に口づけをした。せんぱいの顔が真っ赤に染まっていく。真っ赤になったせんぱいを楽しみながらも、鞄から手作りの品を取り出す。


「お誕生日おめでとうございます」


「――あ、ありがとうございます」


 せんぱいは手渡された贈り物を受け取り微笑んだ。


(リアナさん。わたし、勇気を振り絞って頑張りますね)


 覚悟を決めて、せんぱいの澄んだ目を見つめる。


「せ、せんぱい、もう一ついいですか?」


「――え? はい、どうぞ」


「えっと、前からせんぱいの……」


 言い切る前に、私の口に彼の人差し指が押し当てられた。そして――。


「僕から言ってもいいですか?」


 胸の高鳴りを感じながら、コクリと頷く。


「前からキミのことが好きでした。付き合ってくれませんか?」


「――はい!」


 私たちは、お互いの唇を重ね合う。二つの月明りを背にして――。



 ◆ ◆ ◆



 男の視界は暗闇で覆われており、何処かも分からぬ場所に座らせられていた。


「さて、実験の為の準備をしましょうか」


 謎の声と共に男の視界は晴れていく。目の前には研究者らしき男が立っていた。そして、今いるのは長年閉じ込められていた場所ではなく、研究室のような所だった。


「ここは一体何なんだ?」


 研究者は、問いには答えずに手に持った器具を男の体に触れさせた。


「何をするつもりだ?」


「何って? 貴方も似たようなことをやっていたでしょう?」


「ま、まさか……」


 器具が無情にも男の体にめり込んでいく。


「――ッ! お願いだから止めてくれ」


「可笑しいですね。痛みなど感じないはずですが……ああ、きっと幻肢痛というやつですね」


「た、頼む。これ以上は止めてくれ」


「大丈夫ですよ。この程度なら時間とともにまた再生するはずですから」


「だからって……」


「そんなことより、あなたをこんな目に合わせた元凶のことは憎くないんですか?」


「憎いに決まっているだろう! アイツさえ居なければ今頃は……」


「いいですね。素晴らしい憎悪ですよ」


 研究者は、そう言いながら、動けぬ男の体を削ぎ落した。


「アアァァァ」


 研究者は、男の叫びなどなかったかのように、削ぎ落したばかりのものを手に取る。そして、手にした男の一部を見つめて不気味に微笑む。


「これならいいモノが出来そうです」

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