17話 欠けしモノ 前編 (改)
今日から魔術学校の新学期。久々に通うことになることもあって、私は早朝から念入りに準備をしていた。
「鞄に入れていくものは、これで大丈夫ね。次は……」
高鳴る胸の鼓動を抑えながら、念入りに鏡と見らめっこする。そこには黄色い髪をツインテールにし、学生服を着ている小柄な少女が映っていた。
「前はよしっと! あとは……」
その場でくるりと回ってみる。私の心のようにスカートがふわりと舞い上がる。
「うん、他も大丈夫そうね」
試しに可愛らしく笑ってみる。鏡には渾身の笑みを浮かべた私の姿があった。
「せんぱい、可愛いって言ってくれるといいなぁ」
一年前からの片思いの相手であるせんぱいが、甘い声で言ってくれる姿を想像してみる。心臓が張り裂けてしまいそうになるくらいに鼓動が早くなっていく。
「――あっ、そろそろ行かないと」
真っ赤に染まった私自身の姿を見て我に返り、慌てて鞄を持って部屋から飛び出す。寮から出ると、未だに都市の外なのではと勘違いしてしまいそうになる程の、広大な学校の敷地が広がっていた。
この敷地には、学び舎、実技用の施設、研究棟。そして、今出てきた女子寮とその隣にある男子寮がそれぞれ建てられている。そんな広々とした学校だけど、開校されたのは今から四年前でどれも真新しい物になっていた。
「あれ? どういくんだっけ?」
「みんな、向こうに行ってるからあっちじゃないかな」
今年度入ったばかりの生徒と思わしき人たちの声が聞こえてきた。
(懐かしいな。去年の私は寝坊したせいで迷っちゃったんだよね)
歩きながら、あの時の手のぬくもりを思い出す。
四年制であるこの魔術学校に入学して間もない頃。当時、十歳の私は寝坊した挙句に迷子になってしまった。歩いても歩いても学び舎につけなくて、気づけば課外授業で使うことになる森へと来ていた。
あの時は、森のことも知らなかったから、知らない間に都市の外に出てしまったのかと思って泣いちゃったんだよね。
私が泣いていると、丁度課外授業に来ていた先輩に出くわして、そのまま手を引かれる形で学び舎まで案内してもらった。それが、せんぱいとの初めての出会いでもあり、私の初恋でもあった。
(あの時のせんぱい、頼もしかったなぁ)
胸の奥が温かくなるのを感じていると、道行く人の中に出会いたい人の姿を捉える。一気に駆け寄り――。
「せ、ん、ぱ、い」
そう言いながら、茶褐色な髪の男性の腕に抱きつく。
「うわあ……ってキミですか。いつも言って……」
せんぱいは、腕に絡みついた私を見下ろしながら注意しようとする。だけど、私は間髪入れずに挨拶をする。
「おはようございます」
「ああ、おはよう……じゃなくて、いつも言ってますけど、異性にむやみに抱きつくのは良くないですよ」
「えー、いいじゃないですか。それに誰彼構わず抱き着いてるわけじゃないですよ。先輩だから抱き着いてるんですよ?」
「――と、とにかく離してください。それとこんな所で立ち止まっていると遅刻しますよ」
せんぱいは、耳を赤く染めながらも歩くことを促してきた。時間はまだまだ余裕があり、動揺しているのが丸わかりだったので、更に攻めてみることにする。
「それなら、手を繋いで下さいよー」
「ぐっ……分かりました」
(――えっ!?)
せんぱいは、そう言うと私の拘束をやんわりと振りほどいた。そして、私の左手を優しく握る。まるで、あの時のように。
彼の手の温もりが伝わってくると共に、私の鼓動は激しくなっていく。
「い、行きますよ――」
「は、はい――」
まさかの不意打ちに、頭から湯気が出ながら学び舎へと向かうことになってしまった。
先輩と別れた後は、自分の教室へと向かった。のだけど、朝の出来事を思い出すたびに悶絶してしまい、授業の内容はまったく頭に入らなかった。
(はぁ、だめだ。全然授業に集中できない。もう、今日の授業は諦めよう)
授業を聞くのは諦めて、今日の予定を立てることにする。明日は、せんぱいの誕生日。何をあげようかと模索してみる。
焼き菓子でも作ってあげようかな。それで、お昼に誘ったあとに手渡してあげて――。
二人きりかぁ。もしかして、『実は前から君の事が好きだったんだ』とか告白されちゃったりして。
妄想を膨らまし過ぎたせいで顔を伏せて悶絶していると、誰かが声をかけてくる。
「もうとっくに授業終わってるわよ」
「――え!?」
周りを見回すと、皆帰りの支度を始めていた。
「どうせ、あの先輩のことを考えてたんでしょ」
「なぜそれを!?」
ずばり言い当ててきた学友を見つめる。すると、ショートカットが似合う勝気な彼女は更に続けた。
「いつものことでしょ。それより、あたし達お昼を食べたあと、久々の自主練に行くんだけど一緒に行かない?」
「ごめん。明日先輩の誕生日だから行けないかな」
「はっはーん。さては手作りの品でも作ろうって魂胆ね。いっそ、渡すついでに告白しちゃえばいいのに」
「こ、こ、告白!? 私が?」
「普段攻める癖に、肝心なところでこれなんだから。押しが強いのか弱いのか分からないわね」
「ぐっ……いつか告白してみせるわよ」
「――いつかなのね。相手も満更でもないみたいだから、押せばいけると思うんだけどなぁ。まぁ、頑張ってね。応援してるから」
そう言うと彼女は、手を振り去っていく。後ろにいた二人もこちらに手を振り去っていった。いつの間にか誰も居なくなっていた教室で学友の言葉を思い返す。
「押せばいける……かぁ……」
学食でお昼を食べた後は、学校の敷地外にある都市部へと向かったけど、そこで改めて、予定を見直すことにした。
さて、都市部に着いたもののどうしよう。焼き菓子の材料を買うのは勿論だけど、どんな焼き菓子がいいんだろう。先輩の好きそうなのは……ダメだ、分からない。
よくよく考えたら魔法に関しては分かるんだけど、菓子作りはそこまでやったことがないんだよね。どうしよう……。
しばらく考え込んでいると妙案を思いつく。
「あっ! 本屋に行けばいいんだ」
思わず声に出してしまった。すると、私の独り言に反応して声が返ってくる。
「すみません。今、本屋って言いませんでした?」
声の方を見ると、青空のように澄んだ『淡い水色の髪』の女性が立っていた。
旅人なのだろうか。羽織っているマントは、多少の痛みが見えるものの、着ている服はおしゃれな装いになっていた。また、フードを被っていないことで窺える長い髪は、編み込んで後ろに束ねられており、どことなく気品さを感じられた。
その上、顔立ちまで整っていたので、先輩が見たら一目ぼれしてしまうかもしれない程だった。
「えーと、もしかしてお姉さんも本屋に行きたいんですか?」
「はい、そうなんです。王都の本屋の方に、こちらの都市になら魔導書があると伺ったモノですから」
「あ、それならありますよ。お姉さんも一緒に行きますか?」
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
女性の私でさえ見惚れてしまうほどの、屈託の無い笑顔を浮かべたお姉さんと一緒に本屋へと向かうことにした。
「――この都市の学生さんだったんだね。私は最近基礎を終えたばかりだから、ある意味で後輩だね」
「やめてくださいよ。私だって去年基礎を終えたばかりで魔法を扱うようになったのは今学年からなんですよ。ところで基礎を終えたってまさか独学でですか?」
「え? 王都で買った本を読みながらだけど」
「王都で買った……ってもしかして王都からここまでくる間に基礎を終えたんですか?」
「そういうことになるのかな」
(それって、とんでもない才能なんじゃ……)
「お姉さん、手を握っていいですか?」
「えっと、よくわからないけどいいですよ」
「失礼します」
私は、お姉さんの手を握り魔力を感知してみる。すると並々ならぬ圧を感じた。これは優秀と言われている先輩と同レベルかそれ以上かも知れない。
「なるほど、お姉さんやりますね」
「……?」
お姉さんはよく分かっていなかったらしい。独学でやっていたのだから比べる相手もいないので当然と言えば当然の反応かと思い説明してあげる。
「――成程。そうだったんだ」
その後も色々と話をしていたけど、気づけば目的地へと到着していた。
「あっ、ここですよ」
「うわぁ、王都とはまた違った趣があるね」
私たちは中へと入り、早速魔導書のあるコーナーへと向かった。
「んー、お姉さんなら、これらの本かな。あと、すぐに上達しそうな気がするから上級者用の物も見繕ってあげますね」
初級用の魔導書の中から、良さげなものをいくつか手渡してあげる。続いて、せんぱいが教えてくれた上級用のおすすめの物を見繕う。
「わぁー、ありがとう。私じゃよく分かってなかったから助かったよ」
「こんな感じかな。さてそれじゃ、私は焼き菓子のコーナーへ行ってきますね」
「焼き菓子? 村ではよく彼に作ってあげてたから詳しいよ。それに旅の道中でも、色々と食べていたから知識はある方だと思うよ」
「じゃあ、一緒に見てもらってもいいですか?」
「うん、任せて。早速、魔導書の恩を返してみせるよ」
「ありがとうございます。ところで、彼って言ってましたけど付き合ってる人ですか?」
「えっ!? あ、うん。そう、かな……」
しまった。何か聞いてはいけないことだったかも。と思い、私は慌てて話題を逸らすことにした。
「ささ、焼き菓子のコーナーはこっちですよー」
「あっ、ごめんね」
焼き菓子のコーナーへと移動するも、私にはどれも大変そうに思えてならなかった。だけど、心強い味方が光明をもたらしてくれる。
「あっ、これ作るの簡単な割には、数も多くできるし日持ちもするしでおすすめなんだよね」
お姉さんが見ていた本をのぞき込むと、小麦粉と砂糖、卵、バターを混ぜ合わせて焼くだけで出来るという物だった。
「これなら作れそう。お姉さん、ありがとう」
「どう致しまして。もしかしてだけど好きな人にあげるのかな?」
「ど、どうしてそれを?」
「ふふふ、何となく、ね」
「何となくですか」
(どうして、こうもみんなに当てられるんだろう。もしかして、私の顔に書いてあるとか? そうだったら恥ずかしいんだけど)
私の疑問は解消されないままに、それぞれの本を購入した後に店の外へと出た。
「それじゃ、頑張ってね。思いを込めて作ればきっと伝わると思うから」
「はい、頑張ります!」
「私も彼との再会まで頑張って強くなるから!」
そう言った彼女の瞳には強い意志が感じられた。私も負けてはいられないと、そう思えてくる程に。
「あ、そう言えばお姉さんの名前は何て言うんですか?」
「私はリアナだよ。あなたは?」
「私はローレルって言います。また縁が合う日までさよならですね」
「ええ、またね」
心の師匠とも言えるリアナさんと別れた後は、焼き菓子に必要な材料を買う為に食材店へと向かうことにした。