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16話 三分咲き (改)

 私は王都を離れてしばらくの間、草花の香りを堪能しながら歩いていた。だけど、今となってはどうでもよくなっていた。歩き通しのせいで、そんなことをしている余裕がなくなってしまったためだ。


「ねぇ、馬車とかに乗らないの?」


 だいぶ前に馬車が私たちのことを追い抜いていたので、乗合所の馬車があるかもと思い、ローブ男に問いかけてみた。


「この先への馬車は出ていない……」


「そうなんだ……」


 どうやら乗合所の馬車は出ていないらしい。立ち眩みを覚えている間にも、ローブ男は黙々と歩き続けていく。


 なんでローブ男はあんなにも元気なんだろう。旅慣れてるから? それとも、疲れを癒す魔法のようなものでもあるのかな。私も何か癒すものでもあればいいんだけどなぁ。そう、例えば魚介とか……。そうだった! 私にはアレがあるんだった!!


 私は王都で購入しておいた秘薬。もとい、干し貝を口にする。口の中いっぱいに塩気と貝の旨味が広がっていく。


「お、おいしい! これが秘薬の味なのね!」


 私の声を聞いてか、少し前を歩いていたローブ男は足を止めて振り返った。そして、黙ったまま私を見つめる。


「もしかして、干し貝が食べたいの?」


「……」


 私の問いには答えずに、ローブ男はまた歩き出した。心なしかため息を吐かれたようにさえ感じられた。


「いらないんだね。美味しいのに……」


 そう言いながらも、私は貴重な秘薬が減らなかったことに安堵した。その後は、癒しを得つつ黙々と歩き続けて、遠くに森が見えるところまで辿り着いた。


「あれ? あれってだいぶ前に走り抜けていった馬車かな?」


 ローブ男は反応を示さなかったけど、私は距離を詰めた後に声をかける。


「どうしたんですか?」


「それが、馬車が溝に嵌ってしまいましてね。息子と二人で押しても動かないもので、どうしたものかと困り果てていたところだったんです」


「それなら、私も手伝いましょうか? 二人で無理でも三人なら動くかもしれないですし」


「いいんですか?」


「はい、もちろんです」


 私がそう答えると、男性は少年の視界の前で手を振り始めた。


「こちらのお嬢さんが手伝ってくれるそうだ。三人で力を合わせて溝から出すぞ」


 男性が少年に声をかけている一方で、私はローブ男はどうしているのだろうと思い、辺りを見回す。幌馬車は既に溝から出ていて、その傍らにはローブ男が立っていた。どうやら、ローブ男が溝から出してくれたみたいだった。


「お二方、本当に助かりました」


 男性は、既にローブ男が溝から出してくれたことに気づいたらしく、礼と共に親子でお辞儀をしてきてくれた。


「いえいえ、私は何もしてないですし……」


「姉さんたち、ありがとうな。それにしても、こっちの兄さんは陰気臭い男だと思ったけど、見かけによらず力持ちなんだな」


(陰気臭いって……。確かにそうだけど……)


 少年の的確な一言に、私は笑いを堪える羽目になってしまった。私が笑いを堪えていると、男性は少年を窘めた。そして、何かを思いついたような表情をみせたあとに尋ねてくる。


「そうそう、お二人はどちらまで行かれるのですか?」


「え? えーと……」


 私は次の行き先を知らなかったので、助けを求めるようにローブ男の方を見た。


「魔術学校のある都市だ……」


(え? 次寄るところは魔術学校なの!? それなら魔導書が手に入るかも)


「それなら、私どもが向かう村までは一緒の方向ですね。良ければ道中まで乗っていきませんか?」


「え? いいんですか!?」


 嬉しい申し出に、少し声が大きくなってしまった。


「勿論ですとも。恩人を蔑ろにする訳にいきませんからね」


「ありがとうございます! 実は歩き通しで足が棒のようになってたんで助かります」


 私は満面の笑みでお礼を言った。これで疲労から解放される。そう思って出た笑みもあってか、少年にじっと見つめられる羽目になってしまった。


「さあさあ、乗ってください」


 私たちが荷台に乗りこむと、男性は馬車を出発させた。森に入って少しすると、前に座る少年がこちらに振り向きながら声をかけてくる。


「なあ、姉さんたちは王都から歩てきたのか?」


「うん、そうだよ」


「そ、そうなのか。それならさ、今姉さんが着ている綺麗な服って王都で買ったやつ? あ、もちろん姉さんも綺麗だけど……って何を言っているんだ俺は……」


「ふぇ? あ、えっと、この服は確かに王都で買った物だけど……」


 まさか少年に綺麗だと言われるとは思わず、変な声が出てしまった。赤髪の彼には、よく言われてたのになぁ。と、当時のやりとりを思い出していると、少年が男性の方へと向き直した。


「聞いたか、父さん? これが王都の服らしい。これならうちの姉さんでも通用するんじゃないか?」


「な、なんだ急に!?」


「前に言っただろ? 服屋を始めるのはどうだって」


「確かに話をしたが……」


「えーと、どういうことですか?」


 私には話が見えなかったので聞いてみた。すると、少年がこちらを向いて説明してくれる。


「俺には姉さんがいるんだけどさ。裁縫が得意で、俺や父さんが今着ている服も姉さんが作ってくれた物なんだよ」


「えっ!? これが手作り? 王都でも売っている位の出来に見えるんですが」


 言いながらもよくよく観察してみると、王都で売っている物よりも優れているように思えた。親子の着ている服は、機能性を重視した作りになってはいるけど、所々に繊細な刺繍などが施されていたからだ。しかも、傷みやすい箇所には、それとなく補強まで入れられていた。そこには、製作者の拘りと着る人への愛情までもが感じられるほどだった。


「ほら、この姉さんもこう言ってくれている! これなら店を出しても通用するはずさ」


「う、うーん。そうなのか。それなら考えてみるか」


「よし、これで夢の王都暮らしが……」


 少年は喜びながら自身の夢を漏らしていた。そんな少年を見て私は微笑ましく思えた。


(そんなに素敵な服なんだから、きっとその夢はすぐに叶うと思うよ)


 その後も少年との他愛無い会話は続いた。一方で、私のすぐ傍に座るローブ男はというと、まるで空気のごとく荷台の荷物に溶け込み続けていた。


 日が暮れ始め、森が赤く染まる頃。今までだんまりとしていたローブ男が口を開く。


「俺たちはここでいい……」


「え? でも、もう日も暮れますし、村で休んで行かれては?」


「…………」


 彼の沈黙の決意に説得は諦めたらしく、男性は馬車を止めてくれた。


「どうか、お気をつけて」


「姉ちゃんたち、じゃあなー」


「ありがとうございました」


 私は親子に手を振りながら、先を歩いていくローブ男を追いかけた。


 徐々に闇に侵食されていく木々を分け入るように歩いていると、ローブ男が何かの魔法を使ったらしく突如発光する建物が現れた。


「木こり小屋? 今日はここで休むの?」


「ああ……」


 元からあったらしい木こり小屋は、ローブ男が入るまでは薄汚れているのが見えた。だけど、閉まった扉を開けて私も中へ入ると、先ほどとは打って変わって塵一つさえなくなっていた。


 どうやら、またしてもローブ男が何かの魔法を使ったらしい。追及する気にもなれないくらい疲れが溜まっていたので、私は力尽きるように床へと座り込んだ。


「今日は、もうここから出るな……」


 彼に言われるまでもなく、今日は何処へも行く気力などなかった。そんな彼は、返事もまたずにいずこかへといなくなっていた。今夜は多分あの親子のところな気がする。なんとなくだけど、そんな確信が私にはあった。


 彼には彼の、私には私のやることがある。そう心の中で呟きながら本を開く。手にした本は、最初こそ難解で煮え湯を飲まされたが、今となっては大部分を理解出来るようになっていた。


 そう、このままのペースで行くと、魔術学校に着くまでには本を見ずとも内容を答えられてしまう程に――。




 翌朝になり、窓の日除けの隙間から差し込む光が、私の瞼を刺激する。


「――もう朝なの?」


 寝ぼけまなこを擦っていると、私のお腹をくすぐる様ないい香りが漂ってきた。


「食べたら行くぞ……」


 どうやら、ローブ男が朝食を用意してくれていたらしい。


「了解! あと朝食用意してくれてありがとう」


「……」


 特に照れているわけでもなく、いつもの通りの沈黙が返ってきた。彼に感謝しながらも、用意してくれていたパンやスープを平らげていく。


「ごちそうさまでした。ところで、この食材はどこから調達してきたの?」


 彼は私の問いには答えずに、小屋の外へと出ていく。


「行くぞ……」


 先に出てしまったローブ男を追いかけて、私は彼の横を歩く。そして――。


「それじゃ行きましょう! 魔術学校のある都市へ!!」


 そう言って私は大地を力強く踏みしめた。

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