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15話 貪婪な村 後編 (改)

ルビが振れなかったので此方に記載しておきます。

前回と今回のタイトルの貪婪の読みは『どんらん』または『たんらん』となります。

 私たちは、山の麓にある村へと行く途中で立ち止まっていた。困ったことに馬車の車輪部分が溝に(はま)ってしまったためだ。


「なあ、父さん。これどうしよう?」


 試しに馬車を押してみるがびくともしなかった。


「動きそうにもないな。今度は二人で同時に押してみるぞ」


「「せーの!」」


「だめだぁ」


「ビクともしないか」


 二人で押してみるが、馬車の積載が増えてしまったせいか、やはり動きそうにもなかった。


 私たちが困り果てながら、地面に座り込んでいると、後方から二人組が歩いてきた。一人はローブを目深く被った男。もう一人も、ローブを被っているが、『淡い水色の髪』をしている美しい顔立ちの女性だった。


 女性がこちらに近寄り、声をかけてくる。


「どうしたんですか?」


「それが、馬車が溝に嵌ってしまいましてね。息子と二人で押しても動かないもので、どうしたものかと困り果てていたところだったんです」


「それなら、私も手伝いましょうか? 二人で無理でも三人なら動くかもしれないですし」


「いいんですか?」


「はい、もちろんです」


 女性に感謝していると、隣にいるはずの息子が反応していないことに気づく。様子を伺ってみると、どうやら息子は彼女に見惚れていたらしい。息子の視界の前で手を振り、意識を呼び戻す。


「こちらのお嬢さんが手伝ってくれるそうだ。三人で力を合わせて溝から出すぞ」


 そう言いながら、幌馬車(ほろばしゃ)の方をみるといつの間にか、溝から出ていた。彼女の様子から察するに、どうやら男性が動かしてくれたようだった。


「お二方、本当に助かりました」


 息子の手に頭をのせて、二人で深々とお辞儀をした。


「いえいえ、私は何もしてないですし……」


「姉さんたち、ありがとうな。それにしても、こっちの兄さんは陰気臭い男だと思ったけど、見かけによらず力持ちなんだな」


 息子の一言に、男性の方は無反応だったが、女性は何かを言いたそうにしながら必死に笑いを堪えていた。息子を窘めたあと、彼らに行き先を尋ねる。


「そうそう、お二人はどちらまで行かれるのですか?」


「え? えーと……」


 女性は、助けを求めるように男性の方を見た。


「魔術学校のある都市だ……」


「それなら、私どもが向かう村までは一緒の方向ですね。良ければ道中まで乗っていきませんか?」


「え? いいんですか!?」


「勿論ですとも。恩人を蔑ろにする訳にいきませんからね」


「ありがとうございます! 実は歩き通しで足が棒のようになってたんで助かります」


 女性は、満面の笑みで喜んでいた。本当に疲れていたのだろう。


 さて、またしても息子の反応がない。大体の察しはつくが……。


 息子を見るとやはり惚けていた。どうやら女性の笑みに当てられたようだ。息子を正気に戻した後に馬車へと乗り込む。そして、恩人である二人が荷台へと乗るのを確認してから馬車を出発させる。


 しばらくすると、暇を持て余したからなのか、彼女らに興味があるからなのかは分からないが、隣に座る息子が後ろを向いた。


「なあ、姉さんたちは王都から歩てきたのか?」


「うん、そうだよ」


「そ、そうなのか。それならさ、今姉さんが着ている綺麗な服って王都で買ったやつ? あ、もちろん姉さんも綺麗だけど……って何を言っているんだ俺は……」


(さては、息子よ。その人に惚れたな。しかしな、既婚者の感が言っている。その女性は絶対にいい人がいるぞ。初恋と共に失恋か、青春だな)


「ふぇ? あ、えっと、この服は確かに王都で買った物だけど……」


「聞いたか、父さん? これが王都の服らしい。これならうちの姉さんでも通用するんじゃないか?」


「な、なんだ急に!?」


「前に言っただろ? 服屋を始めるのはどうだって」


「確かに話をしたが……」


「えーと、どういうことですか?」


 女性は話が見えずに困惑していた。


「俺には姉さんがいるんだけどさ。裁縫が得意で、俺や父さんが今着ている服も姉さんが作ってくれた物なんだよ」


「えっ!? これが手作り? 王都でも売っている位の出来に見えるんですが」


「ほら、この姉さんもこう言ってくれている! これなら店を出しても通用するはずさ」


「う、うーん。そうなのか。それなら考えてみるか」


 今まで行商で世話になっていた村も壊滅してしまったし、他の村もどうなっているのかもわからない現状。これを機に本格的に考えてみるのもありか。そうなると妻や娘にも相談してみなければいけないな。などと、考えていると息子の声が聞こえてくる。


「よし、これで夢の王都暮らしが……」


 息子の願望が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。私は何事もなかったように手綱を握り続ける。その傍らでは、後方に語り続ける息子の姿があった。



 日が暮れる頃。ようやく村の入り口が見えてきた。すると、今まで静観を貫いていた男性が口を開く。


「俺たちはここでいい……」


「え? でも、もう日も暮れますし村で休んで行かれては?」


「…………」


 どうやら意思は固いようで、無言の圧に負けた私は馬車を止めることにした。


「どうか、お気をつけて」


「姉ちゃんたち、じゃあなー」


 男性は立ち止まることなく歩いていき、女性はこちらに手を振りながら去っていった。


「では、行こうか」


「ああ」


 息子は先ほどまでと違い、恐ろしい程に落ち着いていた。いや、寂しさ故の静寂というべきなのだろうか。そんな息子を乗せた馬車は、村の中へと入っていく。


 村の中は夕暮れ時もあってか、不気味なほど寂れて見えた。


「こんな辺鄙(へんぴ)な場所にお客さんとは珍しい。本日は何用で来なすったので?」


 貫禄のある男が、数人の男たちを引き連れて出迎えてきた。


「こちらに村があると紹介されて、行商にやってきました」


「それはそれは、わざわざありがたいことで。おっと、申し忘れておりましたな。私はこの村で長をやっている者です」


 風貌がどうにも野盗のように見えるのだが、どうやら目の前にいる男は村長だったらしい。


「そうでしたか」


「もう日が暮れますし、今日は空き家で泊って頂きましょうかね。品物は、明日に見せていただきますので」


「は、はぁ、ありがとうございます」


 有無を言わせぬが如く、背中に手を押し当てられて、私たちは空き家へと案内された。


「ぼろ家ですが自由に使って構いませんよ。そういえば、お連れさんは戻ってこないんですかい?」


「え? ああ、もしかして、あの時見ていたんですか。彼らは途中まで一緒に来ただけですよ。峠を超えて都市を目指すと言っていたので何処かで野宿でもすると思いますよ」


「……そうでしたか。てっきり狩りにでも行ってるのかと思いましたんでね」


 そう言うと、村長は豪快に笑った。


「おっと、疲れもあることでしょう。我々はそろそろ退散しますよ」


 村長は男たちを引き連れて退散していった。


「さて中に入って休もうか」


「ああ……」


 息子は何かを考えこみながら中へと入っていき、私も後を追うようにして中へと入った。家の中は、最近まで人が住んでいたような雰囲気(ふんいき)があるが、所々に汚れや傷が見受けられた。


「空き家という割には、快適だな」


「なあ、父さん。この汚れって血の跡じゃないか?」


「血の跡?」


 王都で聞いた言葉が脳裏によぎる。念のために確認してみるが、ただのシミのようだった。


「これは、ただのシミだな」


「ただのシミ……。じゃあ、こっちは? ほら、これもシミなのかよ?」


「ん? それもシミだな。気にしてないで早く寝るぞ。商売後は、また王都に戻らないと行けないんだからな」


 疲れがあったので、適当に息子をあしらいつつ、睡眠を促した。だが、息子は警戒をしているのか、なかなか寝ようとはしなかった。仕方がないので私は先に眠ることにした。



 ふと物音が聞こえて目を覚ますと、息子が小声で話しかけてくる。


「なあ、父さん。今の物音を聞いたか? 念の為、警戒したほうがいいんじゃないか?」


 どうやら息子は、寝ずにいたらしい。


「ああ、聞こえた。熊でも侵入していたら大変だな。よし、念のために警戒しておくぞ」


 この村の柵は、割かし簡易的なもので熊などの害獣なら容易に突破できるものになっていた。いくら、屈強な男衆がいたとして先に私たちが襲われてはひとたまりもなかった。なので、何かいい案はないかと模索していると息子が話しかけてくる。


「父さんが寝ている間に、家の中を調べていたら地下室を見つけたんだ。そこに隠れるのはどうだろう?」


「地下室か。案内してくれ」


 息子の先導のもと、私たちは地下室へと辿り着いた。しばらくの間、身を潜めていると、扉の開く音とともに男たちの声が聞こえてくる。


「まったく、お頭には困ったもんだぜ。行商の連れが戻ってこようが返り討ちに出来るってのによお。何を警戒してるんだか。この村の連中のようにすぐ遣っちまえばいいものを」


「何か考えがあってのことだろう。それよりも静かにしろよ。 あいつらに感づかれて逃げられたら面倒だ」


「あいよ」


 何て事だ。既にここの村人は殺されていたのか。もしや、あの村もここの連中の仕業じゃ……。


「おい、いないぞ!?」


「まさか逃げたのか!」


「今、誰か逃げて行ったぞ!」


 バレてしまったのか? いや、私たちは動いていないはず。なのに逃げたと言っていたな。……まさか!? 彼女たちが、この村に来てしまったのではないか?


 そんなことを考えている間に、男たちの気配が家の外へと消えていった。


「誰かが逃げたって言ってたけど、まさか姉さんたちがきてしまったのでは? もし、そうだったなら助けてあげないと」


 息子が小声でそういうや否や、無策に飛び出そうとしたので制止する。


「待った。仮に彼女たちだとしても、今無策で飛び出すのは無謀すぎる。ここは暫く様子を見てから判断しよう」


 私たちは暫しの間、地下室に隠れながら状況を判断することにした。



 ◆ ◇ ◆



「遅い! あいつ等は何をやっているんだ! たかが行商の親子を始末するだけだというのにどれだけ時間をかけるつもりなんだ」


 貫録のある男が、村長の家の中で苛立ちを見せていた。


「まあまあ、親分落ち着いて。もしかしたらあいつ、また食ってるのかもしれませんぜ」


「あいつか。そういや前回の村でも、命令を無視して勝手に食ってやがったな」


「命令というと、獣に襲われたように擬装するために、死体は全て野犬に食わせるといってたやつですね。結局、あいつが骨に歯形までつけたせいで台無しになりましたけど」


「……あの下手物食(げてものぐ)らいめ!」


 野盗の親分は、過去の命令無視を思い出して手を震わせた。


「そういえば親子が来た時に、何故その場で遣らずに村長のフリなんてしたんです?」


「あぁ? お前気づいてなかったのか?」


「何をです?」


「村の手前で、連れを下ろしていただろう」


「ああ、二人いましたね」


「その内の一人から、やばい雰囲気が漂っていたのに気づかなかったのか?」


「気づきませんでした。ああ、それで一芝居打って、ヤツがこちらにこないか機を伺っていた訳ですね」


「そういうことだ。それにしても遅すぎる。おい、様子を見に行くぞ!」


 親分は部下と共に二人で家の外へと出た。外には、篝火(かがりび)と二つの月明かりが照らしているのみ。村の中は、異様なほどに静まり返っていた。


「あれ? おかいしいな。見張りの奴ら何処にいっちまったんだ? ちょっと探してきます」


「なっ!? 勝手な……」


 部下は親分の返事も待たずに、走って何処かへと行ってしまった。残された男は文句をいいながらも、一人で行商のいる空き家へと向かう。だが、そこに突然何者かが走り去っていく。


「おい、そこのお前待て!」


 男は大声を上げながら駆け寄り、人影の腕を掴んだ。その腕は、やけに細く、そして白かった。男が違和感を覚えていると、掴んだ腕の主が振り向く。

 顔の全貌が月明かりに照らされながらも顕わになっていく。そこにいたのはなんと、村人の格好をした骨だった。


「うおっ!」


 男は驚きの余り腰を抜かして、尻もちをついてしまった。逃げるために這いずるも、いつの間にやら増えてしまった村人の骨たちが男を取り囲む。


「お前たち、こっちへ来てくれ!」


 男は助けを求めたが、誰からの返事もくることはなかった。骨たちが次々と男の上に折り重なっていく。そして、遂には男の姿は見えなくなってしまった。



 ◇ ◇ ◇



 地下室では、二人の親子が寝ていた。

 家の中を介さずに外へと出れる扉の隙間から、朝日が差し込み男の顔を照らしていく。


「う、うーん。はっ! 私はいつの間に寝てしまったんだ?」


 男は困惑しながら辺りを見回すと、寝ていた少年に気づく。


「おい、起きるんだ」


「ん? あれ? 俺はいつの間に寝てたんだ!?」


 どうやら、少年もいつの間にやら寝てしまっていたようで困惑していた。


「お前もだったのか。今は朝のようだが、あれからどうなったのか分からない。警戒しつつ、外へ出てみようと思う」


「ああ、分かったよ。父さん」


 息子は短剣を構えながら、父親と共に外の様子を伺った。

 人の気配がまったくしなかったが、親子は警戒を(おこた)らずに幌馬車へ向かう。


「どうやら馬は無事なようだな」


「なあ、父さん。こっちへ来てくれ」


 息子の呼びかけに応えて、父親は荷台の中へと入っていく。


「品がいくつか無くなっていたけど、こんな袋と手紙があったんだ」


 父親は手紙と袋を受け取り、手紙に書き込まれている文字を読む。


『代金だ。取っておけ』


 手紙を読み終えた父親は、袋を開けてみた。中には金貨の山が入っていた。


「なあ、父さん。これだけ金があったら王都に店出せるんじゃないか?」


「ああ、そうだな。帰ったら母さんたちに言って店を出そうか」


「やったー!」


 父親は天を見つめながら、誰に聞こえるともしれない声で呟く。


「――ありがとうございます」



 ◆ ◆ ◆



 男は洞窟のような場所を彷徨っていた。長いこと彷徨っていたせいか、衣服は汚れ、悪臭を放っていた。


「いい加減風呂に入りてえな。体中が痒くて仕方ねえ。それにこの臭い、ひでえたらありゃしねえ」


 男は文句を言いながら、体を搔きむしった。古い皮膚がぽろぽろと剥がれ落ちていく。


「それにしても腹減ったなぁ。最後に食ったのが芋虫だもんな」


 男は飢えに耐えながら歩き続けた。やがて、男はある物を発見する。


「お、ご馳走が落ちてるじゃねえか。誰が忘れていったのか知らねえが、ありがてえ」


 男はご馳走を平らげると満足したらしく再度歩き始める。見つかることはない出口を目指して。

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