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14話 貪婪な村 前編 (改)

 草花の香りが舞う街道を、幌馬車(ほろばしゃ)で駆け抜けてゆく。


「なあ、父さん。王都まではまだかかるのか?」


 隣に座る息子が暇だと言わんばかりに話しかけてきた。御者を担いながら、横目で息子を確認する。十歳になったばかりの息子は、欠伸(あくび)をしながら空を見つめていた。


 私の家系は代々行商人を営んでおり、今回から長男である息子に手伝いをさせるようと思っていたのだが、これでは先が思いやられそうだった。


「日が落ちる頃までには着けるはずだよ」


「うへ、まだまだかかるのか。行商ってきついんだな」


「そりゃ、そうさ。父さんが家に帰るのだって、偶にだっただろ?」


「確かにそうだったけどさ。そうだ! 姉さんは、裁縫が得意だから服屋を始めるのなんてどう?」


「ハハハ、それもいいかもしれないなと、言いたいんだがな。それは出来ないんだ」


「なんでなんだ?」


「父さんたちが、村に行かないとそこに住んでいる人々が困ってしまうからだよ。それに代々付き合いのある村だからね」


「ちぇっ、いい案だと思ったのにな。店があれば毎回、母さんが心配せずに済んだのに」


「え? 母さんそんなに心配してるのか?」


「父さんが、行商に行っている間は毎日お祈りしてるくらいな」


「そうだったのか……」


 私は、それ以降押し黙って考え込んでいたが、妙案が浮かぶ訳でもなく時間はあっという間に流れていった。だが、息子にとってはそうではなかったらしく終始ブツブツと文句を言っていた。



 王都が見えてくると、横から聞こえてきていた雑音が途切れる。


「お、なんだあれ!? あれが王都なのか! でけぇ!」


 息子が大きな声を上げて(はしゃ)ぎ始めた。初めて見る景色に、先ほどまでの退屈さは吹き飛んでしまったようだ。


「そういえば、王都で戴冠式が行われるとか聞いていたな」


「なんだそれ!? 絶対に見てみたいぞ!」


「分かったから落ち着きなさい。もし戴冠式が行われていたら先に見に行ってやるから」


「絶対だぞ」


「はいはい」


 まったく、誰に似たのやら。などと呆れながら王都への入門を済ませると、息子が早く早くと急かし始めた。


「父さん、早く、早くしないと終わっちゃうよ」


「行ってやりたいが、馬車と宿が先だ」


 馬車を指定の場所に停めて、宿の受付を済ませてから戴冠式の開催場所へと目指した。しかし、門は閉まっており、どうやら一足違いで終わってしまったようだった。


「そ、そんなぁー」


 息子は、力尽きるように地面に項垂(うなだ)れてしまった。一生に一度見れるかどうかだが、そこまで楽しみにしていたとは思わなかった。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになり、息子にある提案をすることにした。


「なぁ、まだ時間もあることだし、代わりになるか分からないが、行きたいところがあるなら付き合うぞ」


「本当か? じゃあ武器屋に行きたい! あと飯屋‼」


 さっきまでの、様子と打って変わって、またしても(はしゃ)ぎ始めた。我が息子ながら何と現金な奴なんだと、顔に手を置きながら呆れてしまう。


「本当誰に似たんだか……」


「ん? 何か言った? まぁいいや、それより早く行こうぜ」


「やれやれ、それなら先に飯屋に行こうか」



 私たちは、飲食店が並ぶ通りへとやってきた。昼食時から少し遅れていることもあってか人は(まば)らになっていた。


「なんかすげーいい匂いがするんだけど」


 そう言うや否や息子が、クンクンと鼻を鳴らしながら犬のごとく匂いの元へと辿っていった。息子を追う私の鼻にも、食欲をそそるいい香りが流れてきた。


「父さん、ここだ! ここにしよう!!」


 息子がこちらに向かって満面の笑みで呼びかけてきた。心なしか、息子のお尻から尻尾が生えていて、パタパタと揺れるさまが見えた気がした。


「中へ入ろうか」


「いらっしゃい」


「二つお願いします」


 そういうと私たちは、テーブル席へと腰を下ろした。


「あれ? メニューは?」


 息子は(いぶか)しげに尋ねてきた。


「ああ、ここは一品だけで商売している店なんだよ」


「なるほど、これからあの匂いの料理が来るのか」


 息子が、まだかまだかと待ちわびているさまを眺めていると、店員が品を届けに来た。


「う、うまそう! では早速……」


 息子は物凄い速度で、掻き込むようにして食べてしまった。


 こ、この光景どこかでみたことがあるぞ! あれは……そう、小さい時の私だ!


 そういえば、昔はよく母親に行儀が悪いって怒られてたなと懐かしんでいたら、息子が満足げな顔を見せながらあとに言う。


「はぁ、うまかった。そういえば、これってどういう料理なんだ?」


「今更聞くのか。まあ、いい。これは細長い魚を開いて、適当な大きなに切り分けた後に、串で刺して炙ったものなんだ。ただこの際に、何度も秘伝のタレをつけて炙るんだよ。店に入る前の匂いは、このタレを炙る際に出ていた匂いなんだ」


「へえ、そうだったんだ。あのタレ、白い粒々にもかかってて美味かったなぁ。ところで父さん食べないの? 食べないなら俺が……」


「これは父さんのだ。やらんぞ!」


 私は慌てて掻き込む様に食べた。その後、腹を満たした私たちは、息子の希望通りに武器屋へと足を運んだ。


「うおー、この剣かっけー! この鎧もいいな!!」


「少しは落ち着きなさい」


 私が息子を(たしな)めていると、店主が声をかけてきた。


「その鎧は、この国の兵士も採用しているものなんですよ。して何か欲しいものはありましたか?」


「実は、息子が武器を欲しいと強請りましてね」


「なるほど、そうでしたか」


 そう言うと店主は、息子を品定めするかの如く見つめる。


「ふむ、少年には剣より短剣の方が良さそうですね」


 店主は、一本の短剣を出してきた。


「ご婦人も護身用に使用することもあるので、少年でも使いこなせると思いますよ。剣よりもお値段もお安いのでお勧めです」


「うおお、これいいな。父さんこれにするよ!」


「では、そちらを下さい」


「まいどどうも」


 店から出ると、息子は鼻歌交じりに浮かれていた。そんな息子の腰には、店主におまけして貰った革の鞘が吊り下げられており、中には買ったばかりの短剣が入れられている。一端の探検家にでもなった気でいるのがまる分かりだった。


「さあ、そろそろ行商の品を買いに行くぞ」


「はーい」


 ご機嫌なせいもあってか、やけにいい返事が返ってきた。




 行きつけの店に入ると、馴染みの店主が声をかけてきた。


「よお、どうしたよ。今回は(せがれ)も同行するのかい?」


「ああ、今回から手伝いをさせることにしたんだ。次代を担うものだから、しっかり覚えて貰わないといけないからな」


「ほう、なるほどね。頼もしい跡継ぎだ。うちなんて……っと脱線するところだった。そうそう、お前さん、今回は何処へ行くつもりなんだい?」


 私の向かう先はいつも同じなので、困惑せずにはいられなかった。


「……え? いつものところだが?」


「お前さん、まさか知らないのか?」


「知らないって何をだ?」


 店主の顔色が曇っていく。


「そうか、知らないのか。お前さんがいつも経由していた村だが、数人の子供を残して全滅していたんだよ」


「う、うそだろ!? 前回行った時は、みんな元気にしていたんだぞ?」


「国もまだ調査中とのことで詳しいことは分からないんだが、何でも村の惨状は酷かったらしい」


「酷いって獣にでもやられたのか?」


「それが死体は見当たらなくて、血痕しか残っていなかったそうだ」


「そんな……」


「色々思い入れがあって辛いだろうが、あの村経由はしばらくは行かないほうがいいだろうな。王都も最近までごった返してて、まだ本格的な調査はされていないから、他の村もどうなってるか分らんしな」


「…………」


「そうだな、最近出来た『魔術学校』てのは知ってるか?」


「……ああ、聞いたことはあるな。ここから最短で行くには、峠を越えることになるんだったか?」


「その通りだ。んでだ、その峠に行く手前、山のふもとには村があってな。馬車では、峠を超えることも出来ない上に、周辺にも村や町がない。そのせいで、一つの村を往復するだけの不人気な経路なんだが、そこへ行ってみるのはどうだ?」


「そんなところに村があったのか」


「ああ、例の村とは反対方向だから多分安全なはずだぜ。ほれ、そこへの地図をやるよ」


「ああ、ありがとう。それじゃ、明日向かってみるよ」


 私たちは品の補充を済ませると、宿へと向かった。そして、明日への英気を養うために眠ることにした。

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