12話 二分咲き (改)
ローブ男と行動をともにするようになってから、いくつもの村や町を訪れていたけど、今いる王都の賑わいには興奮せずにはいられなかった。
凄い。これが王都の賑わいなんだ。今まで見た町なんかとは比べ物にならないくらい人や建物で溢れかえってる。じっくりは無理だとしても、少しくらい散策してみたいな。
どのくらい滞在するのかも分からないので、早速ローブ男に尋ねてみる。
「それで今回は……」
先ほどまで横にいたはずのローブ男の姿は、またしても消えていた。どうやら、私が街並みに気を取られている間に行ってしまったらしい。
(せめて一言告げてからにして欲しいなぁ)
気を取り直して市場を散策していると、どうやら近々戴冠式というものが行われる影響で普段よりも賑わっているという話が聞けた。
戴冠式か。どんなものか想像がつかないけど、一度は見てみたいな。あれ? そういえば、王都で行ってみたい場所があった気がするんだけど、なんだったかな。
記憶の糸を辿る中、通りがかりの人たちの声が聞こえてくる。
「もう昼だけど、飯はどうするよ?」
「時間もないことだし、俺はパンにするつもりだ」
「なら、俺もそうするか」
昼? 本当だ。もうお昼の時間なんだ。――あっ! そうだった! 彼と食べたお店の本店は、王都にあるんだった。これは、もう行くしかないよね。
謎の使命感に駆られて私は早速、お店を探すことにした。
(王都広すぎだよ)
何人かに尋ねながら、食べられるところを探してみたのだけど目的のお店は見つけられなかった。諦めきれずに辺りを見回していると、品のある男性がこちらに歩み寄ってくる。
「失礼、お嬢さん何かお困りですか?」
黄金色の髪を揺らしながら、男性は屈託のない笑みを浮かべた。商家の息子のようだけど、その笑みには裏表のない実直さが伝わってきた。なので、尋ねてみようかと思ったけどお店の名前を覚えていなかったのでうろたえてしまう。
「え? えっと、困りごとと言いますか、探し物が見つからないと言いますか……」
「良ければ俺に言っていただけませんか? 何か協力出来ることがあるかもしれないですし」
男性の真剣な眼差しに押されて、覚えている範囲で伝えることにする。
「そうですか。ではお言葉に甘えさせて頂きますね。この王都に『小麦粉と塩を練りこみ、細長く切った後に茹でたもの』を出す飲食店はありませんか? 以前、別の町で食べた物が美味しかったので、本店はそれ以上なのではと思って探していたんです」
「確か別の町にも出店したと噂になっていた店が、その様な物を作っていると聞きましたね」
「そ、それです!」
あの味を思い出してしまい、つい興奮気味に言ってしまった。だけど、男性は特に気にする様子はなかった。
「それなら、俺も昼食がまだなので直接案内しますよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
男性の案内のもとお店へたどり着くと、以前行ったお店とは比べ物にならないほどの大きさの建物がそこにはあった。
「ここですね」
「ここが本店……」
お店の中へ入ると、昼時もあってか中はだいぶ混雑していた。これはかなり待つことになるかもと思っていると、何故か二人で食べることになっていた。男性に二人でいいのかと尋ねようとした矢先に、話しかけてくる人が現れた。
「これは、お坊ちゃま。お久しぶりです。本日は飲食をなされに此方へいらっしゃったんですか?」
「久しいな。店を出したとは聞いていたが、まさかこの店だったとはな」
「知らずに来られたんですね」
「ああ、たまたま出会った此方のお嬢さんが、この店を探していてな」
「なるほど、そうでしたか。では、二階の部屋へとご案内致します」
え? お坊ちゃまって言った? やっぱり偉い人だったんだ。いや、それよりも断らないと……。
断ろうとした時には手遅れで、彼は既に二階へと案内されていた。
「貴方様もどうぞ」
店員に促されて、私も渋々二階へと上がる。案内された部屋に入ると、私なんかには場違いなほど、豪勢な作りになっていた。
「メニューがお決まりになりましたら、そちらのベルでお呼び出し下さい。それでは、どうぞごゆっくりとお寛ぎください」
そう言うと店員は部屋から出ていった。
「あ、あの、こんな豪勢な部屋大丈夫なんですか?」
私は困惑しながらも尋ねた。
「ええ、大丈夫ですよ。それと代金はこちらでお支払いしますよ。その代わりと言っては何ですが、旅の話を教えてくれませんか?」
「そんなことなら構いませんが……。でも本当にいいんですか?」
「気にしないでください。それと、商いをする身としては情報は何よりも価値があるものなんですよ」
「そうなんですね。分かりました」
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも承諾した。
「さて、話の前に先にメニューを注文してしまいましょうか。部屋の外では、店の方が待っているはずですしね」
「あ、そうですね」
男性の促しで、私は各自の前へと置かれているメニューを確認することにした。
本店ってメニューも凄いのね。以前行ったお店よりも数が多くて迷っちゃうよ。えっ!? これって……。
「か、海鮮の物まであるなんて! 前のお店ではなかったのに!!」
「ここから南へ行ってすぐに漁港があるからですね」
「あっ、すいません。大きな声を出してしまって……」
心の声が漏れていたらしく、思わぬ返答がきて恥ずかしくなってしまった。
「ここには、他の方はいないから大丈夫ですよ。それよりメニューは決まりましたか?」
「そうですね。折角ですから、この海鮮の物にしてみます」
「俺もそれにしてみますね」
そう言うと彼はベルを鳴らして店員を呼んだ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「この海鮮の物を二つお願いします」
「畏まりました」
注文した品を紙に写し終えると、店員は部屋の外へと出て行った。
「さて、注文の品が届くまでの間、先程も言いましたが旅の話を聞かせてくれませんか?」
「はい、分かりました。では、お話ししますね――」
私はこれまで行った町や村のことを話した。正し、ローブ男については極力話さないようにした。
「聖人か……」
「こんな話で大丈夫でしたか?」
「ええ、凄く価値のある話でしたよ」
彼は満足げな表情で答えていたが、何かを考えている素振りが見受けられた。もしかして、聖人について何か心当たりがあるのかな。詳しく聞いてもいいのかなと迷っていると、ノックの音が聞こえてくる。
「どうぞ」
「失礼します。こちらがご注文の品になります」
テーブルの上に注文の品が並べられていく。
「ご注文の品は以上になります。それではごゆっくりどうぞ」
店員は言い終えると会釈をして部屋の外へと出て行った。
「それでは頂きましょうか」
「はい!」
私は待ってましたと言わんばかりに返事をした。そしてすぐさま皿の上のものを巻き取り、口元まで運んでいくと鼻にいい匂いが漂ってくる。
(これが潮の香というものなのかな。味はどんな感じなんだろう。やっぱり、しょっぱいのかな)
未知なる味に思いを馳せながらも口の中へと入れる。すると、魚介の旨味が口の中いっぱいに広がっていく。聞き及んだことしかない海の景色まで浮かんでくる。
(こ、これが海の幸の旨味。こんなものを味わってしまったら、もう今までの生活には戻れないよ。そうだ! 王都なら売ってるかもしれないから後で買えばいいんだわ。あ、でも魚介って日持ちしないんだっけ。いえ、乾物があるかもしれないわね)
私が一喜一憂していると「見ていて飽きませんね」と言って目の前に座っている彼が笑っていた。そう、まるであの時の彼のように――。
昼食後、店の外で男性と別れたあとは早速市場へと向かうことにした。もちろん、魚介を探すためなんだけど、辿り着いてすぐに私は苦悩する羽目になっていた。
「こんなに種類があるなんて……こうなったら店にあるもの全種類下さい!」
「全種類って、嬉しいけどよ。流石にそれは無理だろ。見たところお嬢さん旅をしてるんだよな?」
「うっ、その通りです」
「そうだな。こいつなんてどうだい?」
魚介専門の乾物屋さんが丸い何かを見せてきた。
「それは何ですか?」
「貝の中身を干した物なんだが、生の時よりも旨味が出るんだよ。そのまま食べてよし、水で戻すもよしの万能食材さ!」
「それ五袋下さい!!」
「お、おう、随分な食いつきっぷりだなお嬢さん。そこまで気に入ってくれたなら一つオマケするわ」
「ありがとうござます!!」
お金を支払い品物を受け取ると威勢のいい声が響き渡る。
「まいどありー。っとそういやお嬢さん、旅をしてるんだよな」
「はい、そうですよ」
「なら近々戴冠式があるから、それまで滞在してみるといい。神殿の広場が一般解放されるからいい記念になるさ」
「それまで滞在出来そうなら、寄ってみますね」
戴冠式か。見れるものなら見てみたいけど、ローブ男次第になるんだよね。当のローブ男はどこにいるかも分からないし、さてどうしようかな。
考えた末に本屋へと向かうことにした。店の扉を開けると鈴が鳴り、お年を召した女性の店主が声をかけてくる。
「いらっしゃい」
中は本の香りが充満しており、王都なだけあって本の種類も豊富だった。
「す、すごい本の数……」
気圧されながらも本を見て回る。すると、気になる棚が目に映りこむ。
「魔法?」
本を手に取ろうとすると店主が声をかけてくる。
「お嬢さん、魔法に興味があるのかい?」
「はい、興味があります」
興味本位などではなく、心の底からの思いを口にした。あの日以来、何かしらの力があればと思っていたからだ。
(もう守られてばかりは嫌だもの)
「それなら、これかね。ここにある他のものは、無意味なご高説ばかりで魔導書ではないからね」
店主が何かの本を私に手渡してきた。
「あの……これは?」
「これは、魔法についての基礎知識に関するものさ。これを理解してる上じゃないと魔導書は宝の持ち腐れになるからね」
「なるほど。これを理解することから始まるんですね」
「そのとおりさ。ただこれを読んだだけでは、当然ながら魔法自体は使えはしないよ」
「魔導書が必要になるんですね」
「呑み込みが早いお嬢さんだね。まぁ、魔導書がなくても独学で使えるようになる天才も中にはいるんだろうけどね」
「そうなんですか」
「私らみたいな凡人にはまず無理な話だよ。弟子について師事を請わない限りはね。それでお嬢さんは、その本を買うのかい?」
「はい、買います!」
「ふむ、魔導書ではないから、少し安くしてあげようかね」
「ありがとうございます!」
「そうそう、うちには魔導書はないが、確か最近できた魔術学校とやらがある都市になら確実にあると思うよ」
「魔術学校。噂に聞いたことがあります。行くことがあったら探してみますね。あ、これお金です」
「はいよ、まいどあり」
本屋から出ると、辺りはすっかり日が暮れ始めていた。
「……宿は取ったのか?」
いきなり話しかけられたので、驚きながら声がした方を見る。そこにはローブ男が立っていた。
毎度毎度、心臓が止まる思いをするのは勘弁して欲しい。
「まだだけど」
「そうか……」
「あ、そうだ。戴冠式って見れたりする?」
「分からない……」
「そっか、とりあえず今日の分は取っておくね」
返事がなかった――というか姿もいつの間にか消えていた。
ローブ男のいう通り宿を借りたあとは、寝具に座りながら先ほど買ったばかりの本を読むことにした。一日でも早く、何かしらの力が欲しいと思ったためだ。
「こ、これは……かなり根気が要りそう……」
私が難解な本と格闘していると、いつの間にか外は月が出る時間になっていた。
「もう、こんなに時間になってたんだ」
窓から空を眺めてみる。星々は輝き、月たちが地上を見下ろしていた。
「そう、今日もなのね」
窓から差し込む二つの月明かりが私の顔を優しく照らした。
長くなってしまったので一旦ここで区切ります。後半パートは7/16の午前8時頃にアップする予定です。