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読み切りシリーズ

鉄鋼のヴェニーズ

作者: るーじ

 今日こそは真面目に授業が受けたい。そう期待しながらペンを手に取った直後、携帯端末が震えた。

 教師の声を聞きながらも感情が冷めていく。広告メールであって欲しいと願いつつ、上着の内ポケットから端末を取り出す。



『旧新宿駅周辺に迷宮警報あり。至急、応援求む』



 ため息をつく。またかという思いが沸き上がるのも仕方ないだろう。学業と仕事を両立しろと言われても、こう度々と呼ばれては不可能と言わざるを得ない。


「先生。迷宮警報が発令されましたので、席を外します」

「そうか。頑張ってくれ」


 教師が慣れた調子で労ってくれた。泣けてくる。まだ入学式から1か月も経っていないのに慣れてしまった教師に、心中で詫びる。

 問題児な1年生で申し訳ない。悪いのは無理難題を押し付ける役人が悪いのだ。





 下駄箱で靴を履き替えていると、理沙がやって来た。


「もー! もー! また授業、台無しー! もー!」

「理沙。牛ではないので、もーもーは止めなさい」


 地団太踏む姿は年齢不相応に幼く見えるが、理沙には良く似合っていて可愛いらしい。牛、牛か。


牛頭人(ミノタウロス)の核と角を用いた追加外装は有効ですね。頭部外装は防御特化仕様でも良いですが、角があれば攻防一体の性能ですから。マーケットに良い素材は出回っているでしょうか」

「あー、舞ったらまたメカメカしてるー! ほらー! けいほー鳴っているから、早くいこー!」

「理沙、何度も言っているでしょう。私が好きなのは機械(メカ)ではなく、魔装(マギア)と言って、あ、ちょっと引っ張らないでください」



 理沙の手を引っ張られるまま、未だ馴染みの薄い校舎を出ていく。

 グラウンドから聞こえる声は授業をする生徒のものだろうか。ちらりと視線だけを向けると、一つのボールを追いかける男子生徒達の姿が見えた。

 その中で、ある一人の男子生徒に目が留まる。

 右足が義足だ。

 MM社で1年前に発売された家庭用義足で、確か安さとサイズの多さが売りの『ライフONE』シリーズのライフONE-M04だったか。サッカーでも問題の無い安定性と丈夫さがあったようだ。MM社の製品は良く壊れる印象だったが、日常での使用を前提としていたのならば良い製品だったのだろう。MM社は評価の上方修正が必要か。


「ほらほらほらー! 舞、走るよー!」

「ライフONE-M04の動作を確認したいので、あと10分欲しいですね」

「待たないー!」

「なんと酷い」


 義足の性能を確認したい私の本能を、魔物災害へ対処すべきだとする理性が窘め、苦渋の決断を下す。

 ライフONE-M04の性能確認は次回に持ち越す事にしよう。

 方針を決めたならば、即対応。さっさと討伐を済ませるとしよう。





 第二次世界大戦、冷戦、生ぬるい平穏と偶発する紛争。何時までも続くと思われた人間同士の争いに、一石を投じる異常が発生した。

 何らの前兆も無く、世界中に未知の建造物が発生した。外観は既知の建築様式のものが殆どであったが、それ以外の要素全てが未知だった。

 既存の物体、いや既存の空間を上書きする形でそれら(・・・)は発生した。

 物理法則を無視し、建物も木々も何もかも全て。一定の範囲にある存在を切り取ったように消し去り、代わりに周囲の空間ごと『門』が発生した。

 『門』の中へ入ると、異界と呼ぶに相応しい内部構造が存在する。現れる異形の存在と合わせて既存の常識を覆すそれの呼び名は各国で異なる。


 日本では、それらを迷宮と呼んでいる。


 この謎の領域に存在する異形の存在は、各国共通で魔物と呼ばれた。

 魔物は近代兵器で討伐可能ではあるが、効率が悪かった。魔物は、大型の獣と比較しても強かった。

 緑色矮躯のゴブリン相手でも2m超えの熊並の耐久性を持つ。つまり最低でも.44マグナムで的確にヘッドショットを狙える腕前でなければ、数の暴力で蹂躙される。

 2mを超える体躯のオーク相手の場合はもっと悲惨だ。的が小さくなった装甲車が時速60kmで走って来る。オークの群れと遭遇した兵たちは全滅を覚悟するという。

 討伐不可能ではないが、兵と兵装の損耗が激しい。人類は絶滅の縁に立たされていた。


 そこで各国が注目したのは、魔物の素材だ。

 魔物は死亡すると一部を除いて消失する。角、皮、肉、骨、尻尾、羽毛などなど。魔物を構成する要素の一部が消失を免れ、残留する。

 その規則性は未だ解明されておらず、ゲームのドロップアイテムの様だとも言われている。

 魔物の素材はゴブリンでさえ有能であり、悪質な物でも地球に存在する獣レベル。良質な物なら最新の特殊素材に匹敵した。

 現在、最高級の素材はミノタウロスの毛皮であり、良質なミノタウロスの毛皮は同じ体積のダイヤモンドより高価と言われている。

 そして、魔物の素材の中で最も謎であり、最も価値が高い物。それが(コア)である。


 (コア)は宝石に似て非なる、人類史上初の物体である。計測不能な未知のエネルギーを持ち、生物が触れる事でそのエネルギーを活用することが出来る。

 未知のエネルギーは『エーテル』と呼ばれ、『火』『電気』に次ぐ新たな文明の中心として、世界中で研究されるようになった。





「で、りゃぁああ!」


 3体のオークが壊れた自販機を漁る中、高く跳躍した理沙の右拳に淡い光が生まれる。オーク達が襲撃に気づいた時には、既に1体のオークが消滅していた。


「もうい、っちょぉお!」


 左足を軸にし、淡く光り右足が別のオークの頭部に直撃。2体目の消滅を確認もせず3体目の懐へ跳び込み、右拳を分厚いオークの腹へ叩き込む。

 半秒遅れて鈍い衝撃音と共にオークが数m吹き飛び、地面に落ちる前に消滅した。


「しょーり!」


 腰に手を当てVサインをする理沙を尻目に、ドロップアイテムを回収する。今回は皮と骨。まずまずの成果だ。


「お肉出た?」

「出ていないですね」

「ざんねーん。特製トンカツ、食べたかったのに―」


 オーク肉は高級食材ではあるが、オークの素材の中で最も安い。けれど、オーク肉を惜しむ気持ちは理解出来る。あれは、本当に美味しい。


「残敵無し。マーカーも付けました。後は回収班に任せて、戻りましょう」

「はーい」



 午後の授業は受けられそうだ。特殊改造されたバンの広い後部座席に揺られながら、車内のメンテナスキットを手に取る。心電図を測るような器具を理沙の両手両足首に装着し、電源を入れる。表示された波形を確認する。


「異常無し」

「ねー。毎回まいかい、これしないといけないのー?」

「ええ」

「ずっと問題ないのに、なんでなんでー?」

「問題が無い事を確認するためです」


 頬を膨らませる理沙の文句を聞き流す。2分経過し波形の異常が見られなかったため、理沙から器具を外していく。


「理沙。痛みや普段と違う変化は無い?」

「ないよー」

「そう」


 理沙の魔装(マギア)は軍では絶対に採用しない、相当に尖った性能のフルオーダーメイド。人狼(ワーウルフ)(コア)を用いた義足、赤鬼(レッドオーガ)(コア)を用いた義手。

 消耗が激しいが瞬発力と威力に秀でた短期決戦仕様のため、僅かな異常でも修正する必要がある。


「理沙。2か月前の事も忘れましたか?」

「うー。あの時は、あの時だよー」


 2か月ほど前、理沙が右腕部の動作にわずかなズレが発生していることを黙っていた。結果、赤猛牛(レッドバイソン)を殴りつけた時にエーテルが暴走して義手が破裂。理沙は重傷を負ってしまった。赤猛牛(レッドバイソン)が破裂に巻き込まれて消滅していなければ、その程度では済まなかっただろう。

 意図的に目付きを尖らせると、理沙は俯く。


「あの時は、ごめんなさいー」

「反省しているなら良いんです」

「はんせいしてまーす」


 ふて腐れたようにも聞こえる言い方だが、理沙はこれできちんと反省している。

 理沙との付き合いも3年ほどになる。出会った頃に比べれば、理沙の扱いには慣れている。


「では、今晩は特製トンカツにしましょう」

「え、ほんと? やったー!」


 喜んだ理沙が立ち上がって両手を突き出すと、淡く光る両拳が丈夫な改造バンの天井を貫いた。鈍い衝撃音が収まると、車内に静寂が広がる。


「特製トンカツは、無しになりました」

「そ、そんな~」


 私は軽い頭痛に頭を擦りながら、端末を操作して修理費用を計算し始めた。





 夕食を済ませ、寝る前に魔装(マギア)の新商品が出ていないか端末を操作していると、ノックの音が聞こえた。


「起きてるー?」

「ええ。どうぞ」


 入室の許可を出すと、寝間着に着替えた理沙が入って来た。風呂上がりで擬装を外したままなのだろう。袖や裾から硬質武骨な義手義足が見えている。


「昼間は、ごめんなさいー」

「反省しているなら問題ないですよ」

「怒ってない?」

「慣れました」

「怒ってない?」

「……はいはい、怒っていないですよ」


 知らずため息が漏れても、仕方ないだろう。理沙が何かしらミスをすると、毎回私の部屋に入って来る。

 理沙を鬱陶しく思う頃もあった。しかし、後の理沙のとある(・・・)事情を知ることで彼女への接し方を考え直し、それからはお互いに悪くない関係を維持出来ている。


「じゃあ、じゃあ、ぱよぷろしよー!」

「今からですか?」


 時刻は既に夜の10時。今からオンラインゲームの協力プレイをするのだろうか。


「……だめ?」


 理沙は、小動物めいた仕草でこちらを窺っている。


「しょうがないですね。11時になったら終わりにしますよ」

「やったー!」


 小さく飛び跳ねて喜ぶ理沙を見て、本当にしょうがないなぁと自分の甘さに呆れる。私は理沙のおねだりに弱いのだ。


「今からなら、4戦は出来そうですね」

「がんばるぞー!」


 理沙が私の部屋に置いてある理沙専用クッションを抱えると、興奮した様子でゲームコントローラを握る。

 この分だと、また日付が変わるコースだろうなぁと思いつつ、私もコントローラーを手に取った。






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