元気な二人、やつれる二人
周平視点
脱臼してから数日が経った。
俺は反省した。ああ心からだ。
小学生の頃、友達に飼い猫の躾け方を聞いたことがある。
猫がテーブルに乗るのを止めたかった友達が取った方法は至極簡単なことだった。
テーブルに上るたびに叱る。捕まえて猫の目を見て数分ほど淡々と叱るそうだ。それを何回も行えば。猫はテーブルに乗ることは無くなるらしい。人がいない時でもかなり躊躇して前脚を載せてしばらく動かなくなったあと、そっとテーブルから足を降ろしたらしい。友達はそれをこっそり見ていたそうだ。
要するになにを言いたいかと言うと言葉の通じない猫でも何度も何度も怒られれば反省はしなくてもしてはいけないことは覚えるのだ。
なら人間なら?
言葉が通じるのだ反省も出来る。
なのに俺は躾けられている最中だ。
「おはよう穂高さん。今日も仲が良いね」
ある女子生徒が挨拶をしてくる。その目は面白い物を見つけた目だ。
「おはよう加藤さん。そうなんだ怪我した周平が心配でね。捕まえておかないと」
キャー!と俺の周囲から黄色い声が聞こえてくる。
「私達は穂高時東で応援してるよ!」
「ありがとうございます。本が出来たら教えてもらえますか。買わせてもらいます」
女子の集団が応援してくれる。湊の口調から先輩なのか。
本ってなんのことですか?
眞子さんだけだと思ってたのにぃ!あと俺を受けにするな!
「ほら周平、あっちの子達が手を振ってるよ。手を振り返そう」
「俺は有名人じゃねえ・・・」
絞り出すように声を出すのが精いっぱいの反抗だ。
湊に指示されて手を振るのは拒否出来ないが。
「今だけ今だけ、私達はずっと人気があるパンダじゃなくて生まれたばかりのクマの赤ちゃんだよ。一時的な人気さ」
横で手を振りながら湊は言う。
笑顔なまま冷静な口調で俺にだけ聞こえるように話すのは止めてくれないかな。
今は朝の登校時間だ。
俺はずっと怪我をしていない右腕で湊と腕を組んでいる。
俺は湊を心配させた罪で罰を受けていた。
その罰は装具が外れるまで湊の言うことを何でも聞くということだ。いつもと同じなので安請け合いした。一応、清い交際は守るのだけは約束させる。何をされるかわからないからな。
今ならそれが悪手だったのがわかる。
湊は何でも言うことを聞く俺を全力で構い始めた。
朝起きてから夜寝るまで、授業は無理だが休憩時間も教室にやって来る。風呂とトイレはなんとか阻止した。トイレの鍵がカチャリと空いた時は恐怖したが。
最初は男共の呆れと嫉妬の目線がガンガンきましたよ。
でも、日に日に同情になり、今は可哀そうな生き物を見る目になっていた。
今も中学の頃からの友達が頑張れと拳を握りしめている。昨日なんか知らない先輩に栄養剤を貰ったし。美人のヤンデレな彼女を持つと大変だなと声を掛けられたよ。
一番こたえるのは湊を応援する女子生徒だ。湊と一緒にいると俺にまで質問を投げかけてくる。湊が惚気たあとに俺が発言するのはなかなかヘビーだったよ。
日に日にやつれていく俺とは反対に日に日に元気になっていく湊さん。
何か吸い取られているのかなぁ。
学校では忙しい湊にずっと一緒にいて大丈夫か聞いたら、クラス関係は分散して手伝ってもらい、生徒会の方は彼氏の怪我の補助をしたいのでとお休みにしてもらったらしい。
「周平とイチャつくのも顔が広まるからある意味選挙活動ともいえるんだよね」
湊のお言葉だ。決してマイナスにならないように動く凄い彼女さんである。
猫の俺は反省しましたよ。だから躾は止めてもらえませんか。無理?そうですか。
半分湊に引っ張られる形で歩いていると、前方に俺達より面白いことになっている二人がいた。
「おはよう眞子ちゃん。ついでに友人君も」
湊が声を掛けると二人はこちらに振り向く。
「おう!はよっ!」
「おはようございます・・・」
やけにテンションが高い友人に、全体的に煤けて首が傾いている眞子さん。
俺達とは男女の元気度が反対の組み合わせだ。
「眞子ちゃん大丈夫?」
ここのところ俺に構い過ぎて周りの確認を怠っていた湊も流石に気づいた。
「大丈夫ですよ。ほら」
力こぶを作る眞子さんだがどう見ても元気がない。
「湊、ちょっと小腹が空いたからコンビニでなんか買ってきてらえるか。荷物持ちに友人を連れて行っていいから」
「わかった。先のコンビニで買ってるから眞子ちゃんとゆっくり来てね。ほら友人君行くよ。だらだらしたら奢らせるから」
「あ?せめて周平の分は除外してくれよ」
サッと先に行く湊にブツブツ言いながらも付いていく友人。
さすが俺の彼女だすぐに意図を察してくれる。
隣で眞子さんが深く息を吐いた。
「ごめんね眞子さん。ちょっと友人の手綱緩め過ぎた」
「いえいえ周平君も湊ちゃんの相手をしているからしょうがないですよ」
謝る俺に苦笑で返す眞子さん。
俺は湊の相手で疲れているが、眞子さんは友人に絡まれて疲労していた。
どうも眞子さんは友人の興味の対象に入ってしまった。いつかなるとは思っていたのだが予想を遥かに超えて対象になってしまったようだ。
普段の俺ならどうにかしてやれるのだが、あいにくと湊と装具を腕に装備している今の俺にはほかの事に気をかける余裕がない。
眞子さんも心配をかけたくないのか昨日までは湊の前では普段通りにしていた。
俺も悪かったのだ。友人が少しは眞子さんに好意を持っているなんて勘違いしていた。
友人は人を選ぶ。
俺と湊はなにか琴線に触れて友達になったが、眞子さんは違う。だから四人で遊び続ければその内どうにかなるだろうと思っていた。
だが俺が脱臼した前後に眞子さんは友人の琴線に触れる何かをしたようだ。
「今日は余裕なさそうだけど馬鹿はなにかした?」
「朝、玄関を開けたらいました。それからさっきまでウザ絡みされていました」
結果、中々ヤバいストーカーが誕生する。
「好意からされているのはわかってます。嫌うことはないから心配しないでください」
いい人だな眞子さん。普通なら視界にも入れたくなくなると思うぞ。
「重ね重ねごめんなさい。しばらくしたら飽きますので」
「でもなるべく早めに手綱を取ってください・・・もうあのウザさは」
本当に何をしているのだろうかあの馬鹿は。
「・・・友人君のお姉さんに友人君出演の本を送るの実行しませんか?」
「特殊性癖持ちに書いてくれるならすぐにでも」
冷蔵庫?いや換気扇の方がとブツブツ呟き始める眞子さん。
追い込まれ過ぎですよ。
「これ周平に買おうぜ湊ちゃん」
「なになに、ただの栄養ドリンクじゃないか」
「チッチッチッ小さく夜のお供にって書いてあるだろう」
「数本買ってみよう」
あと二、三日はウザ絡みする友人です。(;・ω・)
眞子は苦労人だなぁ。
再投稿後書き
まさかのちに友人の方が…(;・∀・)




