梅ちゃん先生の苦手な相手
周平視点
坪川さんと代わった湊と職員室に行く。
「本当に職員室に行く用事があったのか」
「本当だよ嘘だと思った?担任の先生とクラスの事で話すことがあってね」
湊のクラスは副担任が担任になった。
急な出来事だったから委員長の湊と連携してどうにかやっているのだろう。
湊は最初の一週間でクラスのリーダーになったらしい。担任が初日からいなくなって動揺しているところをカリスマを持つ湊がまとめ切った。
原因(入学式)がリーダーになるなんて、なんてマッチポンプなんだろう。
「そっちは苦労しているみたいだな」
「んー、そこまでじゃないよ。優秀な生徒はそれなりに場の雰囲気を読めるから、リーダーさえ決定すれば自分達で役割分担していくし。エリート学生が集まると争うなんて二次元の世界の話しだよ」
「え、こうリーダーを決めるだけで不良みたいな奴が拳で決めようぜとか、黒縁眼鏡君が頭を使えよクズがとか言ったりするのいないの?」
「いないいない」
「みんな争いは止めて!という割には何もしないヒロイン枠の女の子は?面倒くさがりのモブキャラだけど巻き込まれて、いつの間にか性格全く別人になって実は実力を隠していたとかは・・・」
「ヒロインのセリフだけ裏声で上手く言ったね。いないよ普通だよ普通。それにさ・・・」
湊は一度、言葉を止める。
「私がいるクラスで好き勝手にさせると思う?」
ニッコリ笑う湊。
おお怖や怖や。
暴力でねじ伏せるか、頭脳で黙らせるか、魅力で従わせるか、上回る実力で潰されるか、湊ならするだろうな。
軽口を言っていると職員室についた。
放課後になったばかりの時間だから人の出入りが激しい。
俺達はちょうど入ろうとしていた年配の・・・あ、入学式の時に湊に巻き込まれた国語の先生だ、にドアを開けてもらい入室する。
挨拶して入ると先生方がせわしなく動かれている。
新学期が始まってまだ二週間、先生達も慣れるまで忙しいのだろう。
えーと梅ちゃん先生は・・・いたいた。
学年別に島になっている机の間をすり抜けて梅ちゃん先生の元にたどり着いた。
梅ちゃん先生はパソコンに凄い速度で打ち込んだり、手元の紙に書いたりと忙しそうだ。普段は生徒に可愛がれているが先生なのだと実感させられる。
「う・・・先生、提出物を持ってきました」
さすがに職員室、梅ちゃんと呼ぶのは控える。あやうく言いかけたが。
声を掛けられて気づいた梅ちゃん先生はこちらに振り向いた。
「ありがとうございます。重かったでしょう。時東くん、坪ヒョェッ!」
梅ちゃん先生はお礼を言おうとしたらしいが、湊を見た瞬間に奇声を上げた。
「・・・ねえ、人の顔を見た瞬間に奇声を上げられるのは納得がいかないんだけど」
「どうも梅ちゃん先生は湊に苦手意識を持っているんだよな」
「私は撫でさせてもらって愛でたいだけだよ」
「その邪な気持ちを察知されているんじゃないのか」
二人で小声で話し合う。
梅ちゃん先生は両手で頭をかばってプルプル震えて防御態勢に入っている。どうして湊はここまで苦手にされているのだろう。
湊は一度ため息をつくと姿勢を正した。
「梅田先生」
「ひゃはい!」
湊に呼ばれて顔を上げる梅ちゃん先生。
「私が自分の担任の先生に用事があったのでついでにということで提出物を預かってきました」
「あ、はい。それはありがとうございます」
頭を深く下げる梅ちゃん先生、どっちが先生かわからなくなる光景だ。
湊は提出物を机の上に置くと失礼しますと言って自分の担任のほうに向かった。
「・・・梅ちゃん先生、あの態度は教師としていかがなものかと」
「う、ごめんなさい・・・。あと梅ちゃんと呼ばないでください」
湊が去ったらあからさまに安堵する梅ちゃん先生を注意する。
本人もわかっているのだろう、あからさまに落ち込んだ。
「本人の代わりに言うのもなんですが、湊は先生の事を気に入っていると思いますよ。それなのに明らかに苦手と態度で表されたら流石に落ち込みます」
俺の言葉に梅ちゃん先生は今はいない隣の教師のイスを指した。座れということなのだろう、大人しく座る。
「自分でもわかっているんですよ。でも穂高さんに見られるとどうしても緊張してしまうんですよ」
「ほほう」
「みんなには可愛がられているのはわかっているんです。でも湊さんは好意というよりどういう反応をしてくれるのかに興味を持っているように思えて・・・」
「あー、たぶんそれ合ってます」
湊は基本、大体の動物に嫌われる。というよりも恐れられる。犬は尻尾を丸めて後ずさりし、猫は毛を逆立てて威嚇する。ハムスターは見た瞬間に気絶した。
なるほど梅ちゃん先生はハムスターだったのですね、本能で勝てないと気づいてしまったのであろう。
「梅ちゃん先生は本当は愛玩動物だったんですね・・・」
「どう考えたらそういう風になるのー!」
ああ、怒る姿が動画で見たエサを取られたインコだ。
「いえ、いいんです。湊には遠くから見守るように言っておきます。でも慣れてきたらお菓子ぐらいは貰ってやってください。喜んでいろいろ作って持ってくるようになりますから」
「私、懐かない野良猫扱いされてる!」
本当にいじりがいのある人だ。それが生徒に人気があるのだろう。
「ところで時東くんには一つ言っておきたいことがあります」
ひとしきりコントをしたあと、梅ちゃん先生は真面目な顔をした。
俺も姿勢を正す。
「鳩山先生は覚えていますね」
「忘れることは出来ませんね。印象が強すぎでしたよ」
「あれは、教師の失態です。本当にごめんなさい」
頭を下げる梅ちゃん先生。自分のせいじゃないのにな。
「あーその鳩山先生がどうかしたんですか?二年生の教科担当になっているのは知っていますが」
「その言いにくいことですが、鳩山先生は時東くんと穂高さんのせいで自分が酷い目にあったと思い込んで逆恨みしています」
「まあそれはそうだろうなと考えていました」
俺達は馬鹿じゃない。ああいう奴が人のせいにして反省なんてするわけないのだ。
「先生の方での対応はどうしてるんですか」
「一年生の行動範囲に立ち入り禁止、生徒への指導も緊急時以外は他の先生がいた場合のみ可能となっています。あまり細々と縛っても教師として活動できなくなりますから」
結構厳しい罰を与えられているが、穴も結構ある。鳩山ならそこをすり抜けてきそうだ。でもそれ以上は担任と生徒指導主任だけでも痛いので科すことはできなかったのだろう。
「私達、教師も警戒していますが、時東くんと穂高さんは注意していてください。君達には関係ないのに本当にごめんなさい」
再び頭を下げられた。
今回の原因は俺達にあるのに責任はないと言ってくれている良い先生だ。
「頭を上げて下さい。どうなるかはわかりませんが、警戒はしておきます。問題が起きたときは先生達を頼ることにします」
「はいそれでかまいません」
ホッとする梅ちゃん先生。こんな先生には心配かけたくないな。
「ああ、一つだけ。俺は湊を傷つける奴には容赦しません。湊も同じです。どうか鳩山先生には注意しておくように校長先生に言っといてください」
梅ちゃん先生は俺の言葉に息を飲む。
ごめん梅ちゃん先生、俺達にとって大切なものは二人だけなんだ。
「まあ、いちゃもんつけられたらサッサと逃げ出して梅ちゃん先生に・・・微妙に頼りないな、最終兵器の校長先生に出てもらうか」
「私だってやればできる子ですよ!」
「はっはっはっ、それは身長150cmを超えてから言ってくださいミニマムティーチャー」
「ムキ―!」
本当に可愛いなこのハムスターは。
湊「ルールルルル」
梅ちゃん「ヒェッ!」
周平「慣れるのに時間がかかるな」
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