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34話

 クラウド辺境伯領の領都アズラールを出発して二週間が経ち、エバンス領に戻る旅は順調に予定を消化していた。


 このまま順調に進めば明日には関所を抜けクラウド辺境伯領からザルガット男爵領に入りスベラニの町に到着できそうだ。

 スベラニにまでくればファーガス村までは残り一週間といったところ。


 今はクラウド辺境伯領とザルガット男爵領の関所手前の野営場に着いたところで、僕たちの他にも商人とその護衛らしき集団が二グループある。


 クルタさんは野営中のグループに情報収集という名の挨拶に向かい、エイヴァさん、ラム、ライが薪集め、ユイとネビルが石を積んで竈を作り、アマンダさん、ユリナさんが食事の準備、ミルさんはテオに馬の世話の仕方を教えていて、僕とシンクさんは周辺の警戒。ネビルの妹のシュリちゃんはアマンダさんの手伝いをしているようだ。



 薪拾いに行っていたラムとライが戻ってきたので夕食まで算数を教える。

 枝で地面に問題を書いて二人に計算してもらっていると、ユイとテオが近寄ってきたので二人にも算数を教えてみるとユイはすぐに問題を解いてしまう。まぁ問題といっても三桁の足し算と引き算だけど。でもユイ以外の三人なかなか正解しないからこの世界の平民には難しいはずだ。


「ユイは算数が得意なのかな?今の問題を暗算で解いたよね」


「あ、は、はい。···あ、あの、私の年齢で三桁の足し算と引き算が出来るのはおかしいですか?」


「んー、貴族や裕福な家なら別におかしくはないけど、家庭教師もいない平民で九歳の子供が三桁の計算を暗算で解いたら、まぁ天才って思われるかもね」


「い、いえ、わ、私は天才って訳では······ちょっとだけ計算が得意なだけで、まだ文字を書くのも苦手です」


「そっか。ならファーガス村までの間はラムたちに算数を教えてあげてくれないかな。文字はラムたちにも教えてるから、一緒にユイにも教えてあげるよ」


「わ、わかりました」


「掛け算とわり算は出来る?」


「はい、若い頃に王都の商店で働いていた近所のお婆ちゃんに二桁の計算までは習いました」


「じゃあラムたちにも教えてあげて」


「はいっ!」


 ラムたちをユイに任せ、シュリちゃんの面倒をみているネビルに話しかける。


「ネビルはみんなと勉強しないのか?」


「うーん、でもオレは大人になったら兵士か冒険者になるつもりだからなぁ、どうせなら剣を使えるようになりたい」


「ネビル。兵士は報告書を書いたりするから、文字の読み書きと算数くらいは出来ないと兵士にはなれないぞ。それに、冒険者だって読み書きと算数が出来ないと依頼書も読めないだろ。冒険者になるならせめて読み書きと最低二桁の足し算と引き算くらいは覚えた方がいいぞ」


「えっ?そうなのか?強いだけじゃ駄目なのか?!」


「当たりまえだろ。どの兵士も最低限の読み書きと計算は出来るし、冒険者だって殆どは書くのは駄目でも読むことくらいはみんな出来るぞ」


「マジかぁ···」


「それに、シュリちゃんに本を読んであげたら喜ぶと思うぞ」


「た、確かに!な、なぁ、オレに読み書き教えてくれないか!」


「二桁の足し算と引き算が出来る様になったら読み書きも教えてやるよ」


「ほ、本当だな!よ、良し!オレも教えてもらってくる。シュリも算数習いたいか?」


「うん!」


 ネビルはシュリちゃんと手を繋いで算数習いに向かった。



「シンクさん、向こうの護衛の様子はどうですか?」


「今のところは特に」


「そうですか。ああ、連日ですみませんが、シンクさんは今日も僕と前半の見張りをお願いします。後半はクルタさんとミルさんにお願いしますから」


「昨日と同じですね。了解しました」


「順調にいけばシンクさんとの旅も後一週間ですね。シンクさんはファーガス村に戻ったら、来年からは従士見習いですね」


「えーと、その事なのですが···。アレン様の従士になれませんか?」


「えっ?い、いや。次期当主はカイル兄さんですし、僕は三男で予備でもありません。シンクさんはカイル兄さんの幼馴染で、次期当主の従士長筆頭候補ですよ?それに僕は成人したら、とりあえずはアズラールで冒険者をするつもりです」


「そ、そうですよね······。いえ、今のは忘れて下さい」


「シンクさんにはカイル兄さんを支えて欲しいと思っています。が、後一週間は僕の従者ですからね、よろしくお願いします」


「は、はい!」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 その頃、ドウェイン王国の王都では波乱が起きていた。


「おいっ!医者はまだか!」


「た、ただいま呼びに向かっています!もう間もなく来られると思います!」


「城は封鎖したな?誰も城から出してはならんぞ!!」


「はっ!」


 その時、汗だくで息を荒げた白衣の男が部屋に飛び込んできた。


「へ、陛下ぁ!」


 男はハァハァと息を荒げながらベットに寝かされた男、ドウェイン王国第19代国王、ジョージ・ドウェイン・アルバレスの側に駆け寄るとアルバレス王の診察を始める。


 白衣の男はアルバレス王家専属筆頭医のラバス・ジャルブ子爵だ。

 ラバスの後には、二十代と三十代の白衣の男女が汗だくで立っている。彼らも王家専属の医者だ。


「ラバス殿!王の容態は!?」


 ラバスは聴診器を王の胸に当て心音を聞いていたので、側で出された大声にイラッとして男を睨む。


 ラバスに睨まれたのはドウェイン王国宰相のイリガ・メイソン侯爵だ。


「メイソン侯!大声を出すな!心音が聞こえぬ!」


「す、すまない」



 数分して診察を終えたラバスは聴診器を外すと宰相を見て国王の容態を告げる。


「陛下は毒を盛られておる。倒れる前に何を口にされたか分かりますか?」


「毒だと!?おいっ!陛下の側仕えを呼べ!陛下が倒れる前に何を口にしたのか聞くのだ!」


 宰相は近衛に支持を出すとラバスに容態の説明を求める。


「して、陛下の容態は?!もちろん治せるのだろうな!」


「···生憎とこの症状は初めて見ました。もし毒の種類がわかっても医者では確実に治せるとは言えませぬ···。最善は上位の治癒師に依頼するのが一番確実かと思います」


「ぐぬぬ······治癒師か···女神教会と交渉せねばならぬのか。···もし治癒師に頼らなかった場合はどうなる?」


「私の知らない症状なので知らない毒だと思われます、仮に毒を特定出来たとしても毒の症状を改善出来るか分かりません。···それに陛下の状態は三日保つかどうかでしょう」


「······ならば、とにかく毒の特定を急いでくれ。近衛も使ってかまわん。駄目なら、明日、女神教会に治癒師の派遣を交渉するしかあるまいな···」



 翌日、ラバスたち王家専属医師全員で夜通し毒の特定に奔走したが、結局毒の特定をする事は出来なかった。

 宰相のメイソン侯爵は仕方なく女神派の大臣に女神教会との仲介を頼んだ。


 ドウェイン王国には四つの派閥が存在する。

 最大派閥で女神派といわれる、女神の教えを基に女神教会と国を運営するべきとする女神派閥が五割。

 次に多いのが貴族派で、貴族あっての国。王よりも貴族が中心となって国を運営するべきと考える貴族派閥が三割。

 残り二派閥が一割ずつで、王を中心に中央集権化を進めるべきとする王家派と、どの派閥に入らない中立派だ。エバンス家は爺ちゃんの代は王家派だったが、父さんの代は今のところは中立派らしい。


 ちなみに、王家派は亜人に対しての偏見はないが、女神派と貴族派は人族至上主義の勢力だ。中立派は偏見がある者もいればない者もいる。


 前王の時代は王家派と女神派が拮抗していたのだが、現王になってからは女神派勢力と貴族派勢力に押され王家派はだいぶ縮小してしまっている。


 現王の代で王家派が縮小した最大の要因は、現王の五人の王子王女のうち、第一王子と第一王女が女神派、第二王子が貴族派に取り込まれた事にある。

 王家派としては第三王子と第二王女で王家派を盛り返したいところだが、第三王子は生まれた時から身体が弱く殆ど寝たきりで、第二王女はまだ五歳と幼い。



 王家派の宰相としては女神派に借りを作る様な事は避けたかったが、王家派としては現状で唯一の象徴の国王に何としても回復して貰わねばならなかったのだが······。


「何だと!交渉しないとはどういう事だ!」


 会議室で女神派の大臣に対して宰相であるメイソン侯爵が怒鳴り声を上げる。


「落ち着いて下さいメイソン侯爵、交渉しないとは言っておりません。教会は陛下か王子たちとなら交渉してもよいと言っているのです。ならば、陛下が倒れた今、第一王子のジャスティン様か第二王子のゲイリー様に交渉して貰えばよろしいではないですか。何か問題がありますか?」


「ぐぬぬ······」


「他の大臣の方々は、お二人のどちらかに教会との交渉をして頂くのに賛成しております」



 会議では、宰相たち王家派の意見は全く通らず、第一王子、第二王子、のどちらが交渉をするかで意見が割れ、話し合いが纏まらないまま時間が過ぎていった。もちろんその間も王の容態は着々と悪化しており、見兼ねたラバス医師がこの状況をどうにかしてもらおうと前王の屋敷に向かうが、前王アトラス・ドウェイン・アルバレスは女神派の軍に幽閉されていた。ラバス医師は前王アトラスに会う事は出来たのだが帰ることは許されず、前王アトラスと一緒に幽閉されてしまう。



 結局、女神派と貴族派が時間稼ぎをしている間に王の容態が悪化、ラバス医師も幽閉され残った医師たちではどうする事も出来ず第19代ジョージ国王は帰らぬ人となった。


 王が亡くなった事で王家派は力を維持出来なくなり、第一王子ジャスティンと第二王子ゲイリーの号令で宰相のメイソン侯爵を始め王家派はことごとく幽閉された。第三王子も僻地に運ばれ幽閉されたが、唯一、第二王女のウェンディ王女だけは世話役のメイドたち数名と共に姿を消しており、その行き先を知る者は誰も居なかった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 城での出来事をまったく知らないアレンたち一行は、予定通りの日程でファーガス村まで後二キロ弱の所まで来ていた。


「やっとここまで戻って来ました。もう小麦を植える準備が始まっていますね」


 道の両側には小麦畑が広がっており、住民たちが鍬で畑の土を掘り返している。


「やっと今年からクローバーを蒔いた畑にヤギを放牧出来ましたからね。アレン様が考えた休耕地にクローバーを生やしてヤギの放牧地するというアイデア。クローバーがヤギの餌になりヤギの糞で土が肥える。一石二鳥でホント理にかなってますよ」


「上手くいくといいですが···。それと、早く馬か牛を買ってもう少し効率良く耕せるようにしたいです」


「前アレン様が言っていた大きな鍬をひかす、でしたか」


「そう。まぁ家畜は安くないですからしばらくは無理でしょうけどね」


 とにかく今回の麦の収穫がどれだけ増えるかだな。




「そう言えば、ラムやライが持っている板はなんですか?」


「あー、あれは板に五十音を書いた物ですよ。ほら、あれを持ってれば読めない名前や文章なんかもすぐに調べられるでしょ?」


「へー、便利そうです。私が子供の時に欲しかったですね」


「なら、シンクさんの子供にはプレゼントしますね」


「あー、はい」



 馬車はのんびりと道を進みファーガス村の入口で止められそうになったが、御者席に座る僕とシンクさんを見てそのまま通過させた。

 見張りの青年の横を馬車が通過する時に「アレン様おかえりー」と手を振ったので「ただいまー」と言って手を振り返した。


 馬車は村の中を通り屋敷前で停車。屋敷の前には約二ヶ月振りに会う家族が揃っていた。御者台から降りて家族に挨拶をする。


「父さん、母さん、ただいま」


 母さんが抱きついてきたので抱き返す。


「おかえり、アレン」


 十秒くらいで母さんが開放してくれたら次は父さんに頭をなでられた。


「疲れただろ」


「まぁぼちぼち?」


「そうか。それにしても、予定より人数が多いな」


「んー、何か気付いたら増えてました。でも、みんないい人なので心配要らないですよ」


「この人数なら食堂がいいかな。ケーラ、ケイト、食堂に人数分の椅子を頼む」


「「はい」」


「シンクもご苦労だった」


「いえ、私の方がアレン様に苦労を掛けてしまいました」


「ん?何か報告聞くのが怖いな。クルタおじ···クルタさんもアレンがお世話になりました」


「······アレンちゃんは賢いから殆ど世話できなかったわ。それよりも、マークちゃん、今なんて言おうとしたの?」


 たぶん···おじさんかな?


「······」


「まぁまぁ、それよりも母さん新しい香りを開発しました?いい香りがしますね」


「午前中にカーラさんと男性向けの香りを試していたのよ。服に匂いが移ったみたいね」


「あら、いいわね。後で私にも嗅がせてね」


「ええ、もちろんよ。クルタさんの意見も聞きたいわ」


 父さんがクルタさんに見えないように僕にグーって親指を立てた。クルタさんの話を逸らしたのに気付いてくれたみたいだ。


「マーク様、椅子の用意が終わりました」


「そうか。では皆入ってくれ」



 玄関でケーラさんが僕のスリッパを出してくれたので、みんなにも説明してスリッパに履き替えてもらってから食堂に案内した。


 食堂では父さんがお誕生日席に座り、全員が椅子に座るのを待っていたが、ユイたち親子が椅子に座っていない。


「ほら、ユイたちも椅子に座って」


「えっと、でも、私たちは奴隷ですので」


「アレン、ここまではどんな扱いだったんだい?」


「えーと、皆と変わらない扱いでした。食事も同じテーブルで一緒に食べていました」


「なら、私たちにもアレンと同じように接してもらってかまわないよ」


「えーと」


 ユリナさんが困った様に僕を見たので肯く。


「ユリナさんもユイとテオも大丈夫だから椅子に座ってね」


「わ、わかりました」



「さて、全員席についたな。ではまずは全員で自己紹介から始めようか」


 そう言うと父さんはニコッと微笑んでから自己紹介を始めた。


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