緑の碑文
夜空に飾りついてた星座を仰ぎ見上げるが悴む手に楽しもうとする意欲を失う。
「…寒い」
「あはは、この寒さだからねぇ」
ボソッと呟いた率直な言葉。隣に歩いている母さんが
快活に笑って言った。
僕と母親の2人で雑踏とする表参道を歩いていた。
すれ違っていく人それぞれ明るい笑みをマスク着用しても見てわかる。
冬の夜を街灯、車のハイビーム、建物から零れる明かりなどが彩る。けど、それも見飽きている。
「それよりも母さん。担当の編集者から聞いたよ。
なんでも漫画の締め切りが遅れているって、もう片付けたの?」
「大丈夫、大丈夫。
片付けていたなかったら外出しないでしょう」
「それはそうだけど…このやり取りの後に缶詰めされるパターンだけはならないでよ」
「うわぁー、信じていない。マジで大丈夫だって。
母さんが断言するんだから」
このやり取りも幾度もしてきた。
ちなみに缶詰めとは原稿が遅れている作者をある空間を押し入れて強制的に連行して原稿を執筆させる。
その由来を遡れば社員を自主的に退社させようと牢屋のような場所で押し入れて追い込ませたとか。
冬の季語としても代名詞では薄れてきたマスクを付けた2021年もそろそろ終わろうとしている。
僕らが向かうのは特別な日に予約していたレストラン。
(ここで入るのも何年目になるのか)
普段なら入店もしない。そこそこ高い料理などが提供するレストラン。その門をくぐり抜けて店員に案内されて席に着いて注文を済ませる。
しばらくして料理が運ばれた皿には僕の好物と好物だったのが置かれていく。
まずはそれを口に運んでから、タイミングを図って
最後の運ばれるのがフルーツタルト。
「お客様、ご誕生日おめでとうございます」
いつも母さんは事前に店舗にお願いをしてサプライズが出来るレストランで誕生日ケーキを演出して祝ってくれるのだ。
この日の12月10は僕の誕生日、めでたく19歳。
気を使ったのか店員は立ち去る。事前に打ち合わせでそう行動するよう指示があったのかもしれない。
「大石良雄19歳の誕生日…
お、おめで……おめでとう。うわあぁッ良雄もう気づいたらこんなに大きくなってアタシ嬉しいよ」
「はっはは、母さんが泣いてどうするんだよ」
この場面は去年もあった。
母子家庭として頑張って育っててくれた気苦労もあって感動が大きいのかもしれない。
そう冷静に分析するほど成長したんだなと独りでに寂しく感じる。埋めつ尽くさんばかりのテーブルに並べられた料理を平らげて店を出る。
どこに寄ろうかと母さん話をしていると僕らのすぐ近くで車道の車が停車。そして運転席から出て来る人物はよく知る人物だ。
「探しましたよ先生」
「げぇっ!?どうしてここに…北海道に逃げていると隠蔽工作をしっかりとしていたはずなのに」
「我々を甘く見ないでもらいたい。そのような小手先の情報に翻弄は見破ります。
さぁ、来てもらいます。まだ原稿は、たくさん残っているのですからね」
「い、嫌だああぁぁぁーーーッ。今日は息子の誕生日なんだぞ。お前たちに捕まってたまるかあぁ。
そうだ!きゃああーーッ。
わたしを攫おうとしている。だれかぁ〜
たすけて」
「ちょっ!?いい歳をしたオバサンがなにを言っているのですかあ。それに一人称もなにか違う」
どうやら編集者との攻防戦から察するに、いつもの締め切りに遅れたという展開だ。
迫真の演技で悲鳴を上げているが視線だけが向くだけですれ違ってゆく人も薄々と酔っ払いの戯言と思ったのだろう。
「オ、オバサン…。それブーメランにならない?」
そういえば僕が小さい頃から編集者がいつも家に足繁く来ていた。締め切りが迫る度に頻度も増えている。
振り返ってみたら長い付き合いになるから年齢も少なくとも30代に迎えているかもしれない。
見た目が未だに20代後半まだ見える。
「わ、私は先生よりも若いんですよ。
そ、そんなことよりも無駄な抵抗をやめてください。
我々だって鬼じゃないのですよ。息子さんの祝いが終わった頃合いだと判断して確保するよう命令されているのですから」
「へん、そんな気遣いされるなんてね。
でも、いいのかしら?」
「まだ何か隠しているんですか」
「いつも隠しているみたいに言わないでよ。
まだ祝いを告げたばかりでこれからなのよ」
「あっ、もう誕生日を祝い終わったんで連れて行ってください」
どうぞ、どうぞ。変に気遣われるよりも右手を手刀に停まっている車を向けて連れていくように編集者に配慮をした。作者よりも、その息子に何度も忖度されていたので勧めないと。
「息子よ…アタシを…裏切るといのか」
「本当にごめんなさいね良雄くん。いつか、迷惑をお掛けしたお詫びの品を持参するからね。
ほら、さっさと行きますよ。常習犯がいつまで、蹲るつもりなのですか?息子さんのご許可を得たのです。最早あなたには選択の余地は
残されていないのですから」
「う、うわあぁぁぁん!もう仕事やめてやるうぅぅ」
公衆の面前で泣き喚かないでほしい。
逃れようとして身についたお得意の演技に、今更な態度で困惑も同情もなく編集者さんは母さんを車の後部座席に押し入れて運転席に戻ると車を走らせるのだった。
嵐のように起きた出来事を見慣れた光景が過ぎ去り
僕は一人で帰路に就こうとするのだった。
――星座に関しては極めてはいないが冬の星座ぐらいは分かる。それにしても今日で19歳か。
実感が湧かない。驚くほどに、中高生のときは迎えられる誕生日に確かな変化を感じていた。
けど、今日は希薄だった。これが大人になるということかもしれない。
きっと二十歳に迎えても以前よりも感動が薄れていくんだろうか。それは…嫌だな。
(同い年を見ていると生活充実していて楽しそうだな)
そう表面上では見えているだけかもしれない。
けど理屈では分かっていても感情はそう判断しないときがある。少しだけ純粋に輝いている顔を盗み見て嫉妬のような感情が暴れる。
チェーン店の鏡に映る自分の顔は普通だった。
ストレス社会でいるだろう吊り目、清潔感のある
ベリーショートにした短めの黒髪。
そこに映る顔には無理をしているようにも見えた。
(まったく、なんて顔をしているんだよ僕は。
今年も祝ってくれたし愛情だって注がれているじゃないか?なにが不満があるんだよ。
親友がいないからか?恋人いないからか?
父親が別の家庭で幸せそうに暮らして見捨てたことか?それとも…いや、なにをやっているんだ。こんな永遠に終わらない自問自答をしていて)
ただ実感しているのは一人の夜道をいつもの誕生日が終わった後は寂しいことだ。まるで、ここにいないような錯覚をしてしまうぐらいには。
帰りの道中、半分ほど道を渡ると近くに神社があったなぁと脳によぎた。
―――そして神社に来ていた。
(僕がここに赴いたのは母さんが漫画を失敗しないために来たんだ。これは悪魔で僕の生活が安定するように利己主義から動いたにすぎないんだ。
だから…いやいや、自分に取り繕う意味なんて
ないだろう)
またも益体のない時分に対して問答をしていた。
夜の境内は静寂が支配していた。
それもそのはずだろう。なにを好んで、こんな時間帯に来る酔狂がいるものか。
ここは日本の中央部に位置する岐阜県。その岐阜市というエリアにある伊奈波神社だ。
祭神、まつられている神は五十瓊敷入彦命と呼ばれる長い名前の神様。
ここへ訪れたのはセンチメンタルから来たと思う。
母さんと前に訪れたことが幼い頃に鮮明に覚えていたからで懐かしくなって行きたくなったのが本音だと思う。
自分のことなのに確信的になって言えないのは、どうしてか疑問だったけど、来たんだし祈るとしよう。
賽銭箱に近寄ると景色が歪んだ。
「えっ?どういうこと」
応える相手はいない。
視界からモザイク、そして色が代わる。その変化は一瞬
だった。すぐモザイクから荒れ狂う景色に、なったと思ったら元に戻っていた。
「…目の病気かな?いや、ここ…どこだ?」
周囲を見渡すと知らない土地だった。
僕がいるのは神社だ。ただ伊奈波神社ではない。よく似た伊奈波神社に境内の上に立っている。
現状がよく分からない。なら、ここは別の神社に何らかの方法で移動したことになるのか?
(まず悩むのは後回しにして、神頼みだな)
いきなり見知らぬ神社に飛ばされたことには激しい戸惑いがあるものの神様にお願いをしてから、ここがどこなのか考えればいい。
あまり重大な危機になったわけではない。
祭神のいる建物に振り返ろうとして…鮮やか緑色をしたタブレットが浮いていた。
「うわあぁっ!?な、なんだ」
賽銭箱の上に浮いているエメラルドのタブレット。
いや、これは形はそうでも書類にも見える。それに触れようと恐る恐ると右手を伸ばす。
そして人差し指で謎の文字が記されていた箇所に触れると目映い緑色が輝き放った。
「う、うわああぁぁぁーー!?」
悲鳴を上げる。母さんがよくやる締め切り遅れて、その場しのぎではなく喉の奥から自然に出た悲鳴。
右腕で目を防ぐ。十秒ほどして放つ光が収まる。、
腕を下ろして目を開けると浮いていたエメラルドタブレットは消えていた。
「…なんだったんだ今のは………」
閃光のような光を放つエメラルドタブレット。
それが一体なんなのか分からない。分からないけど魂から強い欲求を駆られた。いや、心を操られて奪われたと呼ぶべきなのか。
あのエメラルドタブレットまだ近くにないのかと視線を巡らして今度は別のことで驚くことになる。
(ここ、伊奈波神社だ。ここへ戻って来たのか?それとも夢だったのか)
夢が現実かと思考を巡らした僕は、この体験を疲労した夢と決めつけた。19際になって、そんなファンタジーがあると信じる年齢ではない。
よし、気を取り直して神様にお祈りをしますか。
母さんが漫画家として大成をするようにとだったが、それだと幸せになるとは安易すぎる。
五円玉を箱の中に投げて僕は頭を下げて手を叩く。
明確なものにしよう。
(幸せになりますように)
願いの対象が母さんだけでは足りないと考え、自分自分も願いの対象じゃないか?
僕の幸福も母さんからしても幸福なのかもしれない。
両方を同時に叶えられるとしたらと強欲な願いが曖昧な言葉として心にたどり着いた。
「…帰るか」
帰ってくるのは何時になるのか。その缶詰めを受けてから早く帰宅してきたのが滅多にない。
境内を離れて鳥居の門を潜っていく。無事に帰れた。
そのまま歩いて進むと家にたどり着いて安堵のため息をこぼした。
誰もいないだろうがドアノブを回して軋む音が出迎え。
玄関に座っている人がいた。
女の子だ。
それも飛び切っり美少女ではあるのだが……
架空のファンタジーの衣装を身に纏う一風と変わった子が何故か家に居たのであった。
それも左目には眼帯していた。