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1-4. 呆然

 馬車は、峠での襲撃の後は平穏に山を下り、辿りついた村で少し休憩を取る。御者を少し待たせて、グレッグさんとミックさんがギルドに報告に行く。今日の異常事態は、魔物を全て討伐したとはいえ、一刻も早くギルドに報告した方が良い。


 戻って来たグレッグさんが言うには、今回ようなの異常事態が各地で起こっているらしい。勿論、今回の報告は大変有難がれ、早速、対策を取るとのことであった。


 出発した馬車は、黄昏たそがれ時を回った頃にふもとにある村に着く。秋半ばを過ぎ、肌寒さを感じる頃合いで、日の沈むのも早い。


 ここから州都までは、もう一つ山を越えるため、日が昇るまでここで宿泊休憩となる行程となっていた。乗客は、馬車の中でそのまま寝ることも出来るが、自分で宿をとって休むことも出来る。勿論、自腹なのだが。


 二組の冒険者たちは昼間に臨時収入を得ていたこともあり宿を取るようだ。アレンも懐に余裕があるので宿を取ることにして、皆と一緒に宿屋に向かった。しかし、部屋が五つしか空いていなかった。部屋は全て二人部屋なので、人数は合う計算だが、誰かと相部屋する必要がある。


 ベテランパーティのアンドリューさんとサマンサさんのペア、若者パーティはミックさんとアンニさん、フランクさんとエンマさんの二組のペアで同じ部屋は決まりだろう。


「メレディスとまた相部屋か。また一晩中、いびきとの格闘かよ。」

「ウィル…お前のいびきも大概なもんだぜ。」


 ウィルさんメレディスさんとが掛け合っている所を見ると、この二人は相部屋となるようだ。残ったのは僕とグレッグさんの二人だけだ。


「グレッグさん、僕は馬車に戻って寝ますよ。」

「アレン、お前さんが嫌じゃなきゃ、俺と同じ部屋で寝て行けよ。」

「…えっ?…」


「親父、二人ずつで五部屋頼む。」

「承知しました。」


 遠慮する僕をグレッグさんが半ば強引に相部屋にしてしまった。グレッグさんが宿代半分を出すので、仕方なしに僕も半分の宿代を支払って鍵を受け取った。他のメンバーも次々と宿代を支払って鍵を受け取っていく。全員、鍵を受け取ったところでグレッグさんが告げる。


「じゃあ部屋に荷物を置いたら食堂に集合な。」


 単に夕食を取るだけでは無いような雰囲気ではあるが、逆らう理由もない。僕は、グレッグさんと共に部屋に向かい荷物を置いて、戦士装備を外して部屋着に着替える。グレッグさんも着替えて荷物の整理を終えた。


「アレン、ちょっと早いが食卓テーブルを押さえておこうか。」

「はい、行きましょうか。」


 グレッグさんが部屋を出たので、僕は部屋の鍵を閉めて後に続いた。どうやら僕達が一番乗りなので、二つの丸食卓(テーブル)を確保する。それぞれの食卓テーブルに一人ずつ座っていると、他のメンバーが次々とやって来る。


 まず、アンドリューさんとサマンサさんがやって来て、僕の左側に座った。それに続いてフランクさんとエンマさんが来て、グレッグさんの食卓テーブルに座る。


 やがて、ミックさんとアンニさん、ウィルさん、メレディスさんの順にやって来た。ミックさん達は僕の右側に座り、ウィルさんとメレディスさんはグレッグさんの席に座った。


 全員が揃うと給仕係を読んで料理と酒の注文を行い、皆に酒が行き渡った。


「一期一会の夜に乾杯!」

「「乾杯!」」


 グレッグさんの乾杯の音頭で宴会が始まった。早々にグレッグさんが皆に告げる。


「今夜のお代は俺達が持つから、遠慮なくやってくれ。」


 ミックさんが恐縮して「俺達も支払いますよ」と言っているが、アンドリューさんに「気にしない、気にしない」と言われて葡萄酒を注がれている。


 食べきれるのかと言うくらいの料理が次々と食卓テーブルに並び、葡萄酒の壺があっという間に空になって、お替りが次々と運ばれてくる。


 僕は、飲み会では只管ひたすらに聞き役となるのだが、この夜はアンドリューさんやサマンサさんが上手いタイミングで「アレンは?」と話を向けてくれるので、酔いも回っていつも以上に饒舌になっていた。


「その時、魔術師メイジがパニックになって、間違って赤い首に火炎フレームを、青い首に氷雪ブリザードを掛けてしまって、全然防御にならず全滅の危機だって。」

「わっはっはぁ~そりゃひどいな。」


「じいちゃん達前衛が頑張って切りかかって、必死で首の向きを変えて攻撃避けて、魔法掛けなおしてやっと事なきを得たそうですよ。」

「お前のじいちゃんスゲーな。」


 気が付くと僕は生い立ちやじいちゃんのこと、クエストでの経験などを交えて、宴会にすっかり溶け込んでいた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 アレンが宴会を心から楽しんでいた夜から時はさかのぼること半日、朝一番のバルデス村の受付に隠された探求者達(ヒドゥンシーカー)の四人が訪れていた。


「な、なんだって!アレンの奴、州都に行っちまったのか!」

「…ご存じではなかったのですか…」


 受付嬢がノルバルトの勢いに押されて縮こまっていた。


 ノルバルトが朝一番でアレンの脱退手続きを行おうとしたところ、受付嬢から既にアレンによって手続きされていると説明された。まぁ昨日は飲み疲れて起きたのは昼過ぎだったので、手続きは今日に回したのだ。アレンにしては自棄やけに早い手回しだなと思った。


 今朝、宿のアレンの部屋が空になっていたので、アレンの新しい宿を聞こうとしたところ、昨夜の州都行きの馬車に乗ったと聞かされたのだ。ノルバルトの後ろでパーティの皆も呆然としていた。


 ギルドの受付で長々と話し合いする訳にもいかないので、近くの食堂に移動した。まだ朝食を摂る冒険者も多い時間帯だったが、運よく席は空いていた。


「…まさか、アレンの奴、逃げ出すとは…」

「…アレンの馬鹿…」

「「…」」


 ハイマンがうなる様につぶやく。ソニアに至っては真っ青な顔をしてまなじりには涙が滲んでいる。アレンとは小さい頃から一緒に育ってきた二人が受けた衝撃は大きいようだ。


「…荒療治は失敗だったか…」


 ノルバルトがボソッとつぶやいた。しかし、他にいい方法も思いつかなかったのだ。ノルバルトは暗鬱とした気持ちで考え込む。


 ノルバルトがパーティに加わったときは、アレンとソニアは付き合っていると思っていた。ハイマンとパメラ、そしてアレンとソニアの二組のカップルのパーティかと思った。


 パーティに盗賊シーフが必要になった状況だったようだし、ノルバルトにしてもほぼ同じレベルのパーティが他になかった。多少、居心地が悪くても我慢するしかないと考えていた。


 しかし、加入して数か月で、ソニアからアレンとの間に壁を感じていると相談された。二人は付き合ってなどいなっかのだ。ソニアがそのような相談をするということは、ソニアはアレンを憎からず思っていたのだろう。アレンも何かとソニアを気にかけていたから、ノルバルトがお節介をすれば二人は引っ付いたんじゃないかと、今でもそう思う。


 しかし、相談に乗るうちにノルバルト自身がソニアに魅かれ始めてしまったのだ。ちょっと内気で、それでいて打ち解けると優しく接してくれる。少し我儘なところもあるが、何かと甲斐甲斐しく世話も焼いてくれる。気が付けばノルバルトはソニアを口説いていた。


 ノルバルトがパーティに加わって半年後あたりからソニアと良い仲になった。その頃からアレンがクエストの後などに苦言を言うようになった。


「しっかり基礎鍛錬しないといけない。」

「スキルは磨かないと身につかない。」


 言われていることは至極真っ当であり、確かにサボってはいたのはその通りだ。冒険者の生活に慣れてきた頃だったし、順調に経験値を稼いでレベルアップもしていた。男女の仲も何かと楽しいことが多い。何もそんなに問題にすることではないとうるさくも感じたのは、ノルバルトだけではなかった。


 だから、その時は、アレンはソニアを奪われてねたんでいると、皆は思ったのだ。そして、皆はアレンの苦言を無視した。数か月するとアレンも何も言わなくなった。そこから二年間ほど、アレンは何かを訴えような感じはするが、何も言わない状況が続いていたが、パーティがクエストで獲得する経験値も順調に伸びていた。だから最初は誰も気にも留めなかったのだ。


 しかし、最近は逆に背伸びをしたクエストも引き受けることも多くなった。昨日のクエストも自分達もレベルでは荷が重過ぎて、普通なら達成不可能、最悪の場合、全滅していても不思議ではない事案だったが、無事に達成することが出来た。


 何かがおかしいと感じ始めて、そしてアレンが何かを隠していると、ノルバルトが気付いたのは半年ちょっと前だ。皆にその話を振ってみると、皆同じように感じていた。そこで、皆が個別にアレンにさり気無く隠し事がないかと話を振ってみても、いつも一瞬、考える素振そぶりを見せて迷っていたが、結局「何もない」としか言わない。


 皆で相談した結果、追放をチラつかせて追い込んだら、秘密を話してくるんじゃないかということで、昨日、遂に踏み切ったのだ。ちょうど月末だったので宿も追い出した。ただ脅しのつもりだったから、ギルドの手続きも直ぐには行わなかった。しかし、何もしない訳にもいかないということで、今朝になって一応手続きをしようとやって来たのだ。


 だが、アレンは早々に皆から逃げ出したのだ。まさか、次の日の馬車で旅立つとは思ってもみなかった。アレンにとって自分達は、こんなにあっさりと絆を断ち切られるほどの存在でしかなかった事に皆愕然としていた。


 ソニアに至っては自分が悪いとまで思い詰めているようだった。


「…私がもっと早く親身に聞いてあげれば…」

「多分、無理だったと思うわ。アレンは貴女とぶつかるのを一番恐れているようだったもの。」


 パメラの慰めにソニアは下唇を噛みしめて涙ぐむ。ノルバルトも自分もそう思うから、そんなに自分を責めるなと言うが、ソニアもすんなりとは納得できないようだ。ソニアが三歳の時に、アレンが両親と共にこの村にやって来たときから、兄妹のように育ってきた二人だから、簡単なものではないのだろう。アレンが七歳でソニアが六歳の時に共に両親を亡くしてからは、特に寄り添って生きてきたのだ。


「アレンの奴、一体何を隠してやがるんだ…一緒にじいちゃんのような冒険者になろうって約束したのに…」


 ソニアの次に付き合いの長いハイマンが悔しそうにつぶやく。ハイマンもはっきりと落ち込んでいるのが見て取れた。彼も七歳の時に唯一の親族であった父親を亡くして、孤児院でアレンたちと共に将来の夢を語り合って過ごしてきたのだ。パメラが落ち込む彼にそっと寄り添う。


「本当になんで素直になってくれないのかしらね、アレンは。」


 パメラは、ハイマンが初心者研修ノービスパーティで一緒になり、誘って隠された探求者達(ヒドゥンシーカー)を立ち上げた初期メンバーだ。一見、表向き冷たく陰湿で付き合いづらそうなハイマンだが、打ち解けると陽気で良い奴なことを早くから見抜いて惚れたのだろう。上手くハイマンを転がして彼から誘わせて、付き合いだして、共にパーティを立ち上げた。アレン達三人にとっては歳は同じでも姉のような存在であったはずだ。


「…アレンって普段は優柔不断なのに、いざって時にはやたら決断が早いのよね…一方的に鞭だけじゃなく飴も用意しておいた方が良かったのかな。」


 パメラがつぶく。彼女は今回のやり方に最後まで反対していた。ただ「じゃあ他にいい方法があるのか?」と問うと、思いつかなかったようで、最後は納得してくれた。今の言葉も決してノルバルトを責めている訳では無く、自分の配慮の足りなさを嘆いている風であった。


 ノルバルトは自分がこの村に来ない方が良かったのかもと思った。勿論、そんな方向に考えることはよくない事は解りきっている。しかし、フッとした拍子に悪い考えが浮かんでくる。


 アレンのことはパーティに入ってすぐに良い奴だと分かった。盗賊シーフという職業ジョブは、人から信用を得るのがなかなか難しいのだが、アレンは直ぐにノルバルトの人柄を見抜いてくれた。すぐに打ち解けようとせず警戒する他の三人に対して、何かと橋渡しを計らってくれた。


 それなのにアレンからソニアを奪ってしまった。ソニアは「自分はアレンにとって妹としか思われていない」と言ってくれたが、未だに引け目を感じていて、アレンとは腹を割って話せなかったのだ。


「…いろいろこじらせちまったなぁ…」


 いくら落ち込んでいても、悩んでいても、アレンを失ってしまった以上、この四人で冒険者を続けていくしかないことは明白である。しかし、受けた傷跡は想像以上に大きい。四人はしばらくは立ち直れそうもなかった。

冒険者は、クエストで何かあったときの為に、宿泊している宿屋をギルドに申告しています。


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