1-3. 異変
一気に登場人物が増えます。自分でもかなり混乱気味です。
十六人乗りの乗り合い馬車に乗客十人が乗っていて、席には少し余裕がある。左右に二席ずつが四列の座席のうち、ベテラン組のパーティー五人が一番出入りし易い上席の最後尾に座っている。魔物の襲撃を受けたとき真っ先に対処する責務を負っているためだ。
最後尾右に体の大きい戦士の男が一人で座って、左側にもう一人の戦士の男と魔術師の女が、その前の列に一人ずつ盗賊と僧侶の男たちが座っていた。
そして、前から二列目に若者のパーティの男女二人ずつ分かれて座り、僕が御者のすぐ後ろの列、乗員席の最前列に一人で座り、馬車が走り出すとすぐに、揺れに気にせず眠り始めた。冒険者たるもの、必要な際に休息を取れなければ勤められないのだ。
故郷のバルデス村を出て、夜中、二~三時間ずつかけて、村から街、街から村へと走り続け、夜が明けた頃に着いた四つ目の村で、御者と馬が交代する間に皆、食堂に出向き朝食を摂る。馬車に戻ると新しく交代した御者が、最終確認と言って告げてきた。
「では、峠越えのルートを行かせていただきます。峠を越えたあたり、時間にして昼過ぎ頃に問題のポイント付近を通過しますので、もしもの時はよろしくお願いいたします。」
冒険者達は無言の同意で馬車に乗り込んでいく。二時間ほど進むと馬車は曲がりくねった山道に差し掛かり、左右に大きく揺れるようになる。ベテラン組と若者組は自分達の身の上を話し出した。
ベテラン組五人は地方での転戦が体力的に負荷になってきて、仕事の多い州都に落ち着こうという腹積もだと語っていた。冒険者を引退して第二の人生を模索することも考え始めているらしい。
若者組四人は、全員が州都出身で、とある村で知り合って意気投合してパーティを結成して二年半、各地を回っていたが、一度、故郷の州都に戻ろうということらしい。
僕は、会話に加わることもなく、ただ耳を傾けるでもないが、話が聞こえてくるので、しっかり彼らの置かれている状況は理解できた。そうして正午を過ぎる頃、切り立った崖の間を進んでいる所で、奴らは姿を現した。
「この先にどうやら魔物がいるようです…」
魔物の気配にいち早く感づいた、馬の様子に御者が気づき馬車を止めると同時に、ベテラン冒険者たちが真っ先に馬車を飛び出す。盗賊の男が全方位に感知Lv3を掛け、前方左の岩陰に姿を隠す魔物たちを探り、その結果を叫ぶ。
「左奥の岩陰にランクCのミノタウロス、そしてランクDのワーウルフ四体だ!」
「よしっ!」
すかさず、十人の冒険者たちが魔物が潜む岩に向かって戦闘陣形を展開する。もちろん僕も前衛に加わり四人の戦士が並んで、魔物たちが攻めてくるのを待つ。
「「…」」
「「…?」」
魔物は何かを伺うように襲い掛かってこない。魔物からすれば餌である人間を目の前にして、その実力などを鑑みて躊躇う理由などない。躊躇うのは何か別の存在を感じているということだ。僕は先ほどの盗賊が用いた呪文より広範囲に届く感知Lv5を全方位に放ち、その結果を叫ぶ。
「右後ろの崖の向こうに、ランクBのトライヘッドドラゴン、ランクCのオーガロード三体!」
(このランクDの戦士は何を言っているんだ?)
怪訝な顔をしてベテラン盗賊は暫し僕を見つめたが、念のためにと振り返って、僕が言った方位に距離を伸ばして感知Lv3を放った。そして、結果を確認した瞬間、青褪めた顔で呟く。
「…こいつの言うとおりだ。」
それを聞いた大男のベテラン戦士が苦虫を潰した顔で皆に語り掛ける。
「…俺らが出来る限り食い止めるから、お前らは逃げろ。」
彼のその判断は正しい。ランクCのパーティが何組集まっても、討伐ランクBの魔物は倒すことは難しい。であるならば、この異常事態をギルドに知らせる必要がある。もはや向こうのミノタウロス達は逃げ出し始めている。トライヘッドドラゴンは既に僕達を食事として狙い定めているのだ。
僅かでも残っている可能性、ベテランパーティが出来得る限り抵抗して時間を稼ぐ間に、他の者達がわずかな希望に縋って逃げる。勿論、残って戦った者達は魔物の餌食となるだろう。運が良ければトライヘッドドラゴンは五体の人間で満足して逃げた者達を追わないこともあるだろう。
彼らベテラン組は三十代でランクC、もはやそれ以上のレベルアップは難しくなっているのだろう。対して、二十代の若者パーティも同じランクCだが、その位置は通過点でしかない。まだまだ、これから伸びが望めるのだ。故に、彼らの可能性の芽は摘んではならない。
そして、誰かがこの峠を通る馬車にはランクB以上の冒険者が乗るようにギルドに要請しなければいけない。そうでなければ魔物達に食事を供給し続けることになる。何台もの馬車が通ってこないことで、何れは異変に気付くだろうが、そこまでに一体、何人の人が犠牲になることか。
若者達も悲痛な顔をしてそのことを理解していた。大男の指示に従いかけたところで、僕は、その場の冒険者全員に自らのステータスを開示してから話しかける。勿論、隠されていない万能者の状態だ。
「僕が、トライヘッドドラゴンと戦うので、皆さんはオーガロードをお願いできますか。」
「…えっ?」
「…万能者…」
「…初めて見た…」
「ランクB…」
一様に驚きを感じていた。そして、この状況を打破できる可能性が見えてきたことで、皆の表情に少しばかり安堵が滲んでいる。しかし、最早、猶予の時間は無くなりつつある。トライヘッドドラゴンが崖の上にその姿を現していた。
「「…わかった!」」
皆の同意を得て僕は、僧侶スキルの強化と迅速を全員に掛ける。自分自身にスキル気合を掛けてから、トライヘッドドラゴンに静止魔法Lv4を掛けて全ての首の動きを止める。Lv5だと首一つしか止められないと判断して敢えて効果を犠牲にしてレベルを落とした。
動きの止まった首に各々魔法を掛けていく。赤色と緑色の首には氷雪魔法Lv5で首元を凍らせる。青色の首には火炎魔法Lv5で喉元を焼く。それと同時に静止の効果が切れて、三つの首がうねうねと暴れ狂う。
「…凄いな、無詠唱で速くてその正確さ…」
オーガロードに静止魔法Lv4を掛けた後、こちらの様子を伺ってベテラン僧侶が驚いていた。
赤い首は炎を、青い首は氷雪を、緑の首は腐食ガスを吐く。じいちゃんから自慢話で散々聞かされていた通りだが、それぞれに応じた魔法で対処しているので、致命的な攻撃は防がれている。僕は剣を構えて三つ首めがけて駆け出す。
「応援するぜ。」
オーガロード三体は、他のメンバー八人で対処できると判断したのであろうベテラン戦士が僕の後に続く。駆け出しながらドラゴンの胴体に静止魔法Lv5を放って動きを止める。そして三つ首に向かって剣で切りつけてダメージを与えていく。
十分足らずの時間をかけて、僕が緑と赤の首を切り落としたところで、ベテラン戦士が青い首を切り落としていた。同じ頃合いで、二組のパーティ八人がかりでオーガロード三体を倒し切っていた。
戦闘の後始末を二人の盗賊を中心に行いながら、共に戦った仲間の連帯感からか、互いの自己紹介が始まっていた。大男の戦士がまず紹介を行う。
「俺は、グレッグ・ロイド、Lv67だ。三十二歳になる。一時は、あの世行きを覚悟したぜ。」
フルメタルアーマーのフェイスガードを跳ね上げてもう一人の戦士の男が続く。
「Lv66のアンドリュー・ジェイソンだ。歳はグレッグと同じだよ。強化と迅速が凄く効いていて、いつもより軽く動けて助かったよ。」
ローブ姿を纏った魔術師姿の女がアンドリューさんの腕に枝垂れかかりながら微笑みながら語る。
「私は、サマンサ・マクラーレン、Lv67のよ。ホントに何てツイてないって思ったけど、めっちゃツイてたよね。」
次は背の高い僧衣姿の僧侶の男が続く。
「ウィル・ライトでLv65、三十一歳だ。万能者なんて伝説だと思っていたよ。」
最後にトライヘッドドラゴンの宝箱を探っていた盗賊が応える。
「俺はメレディス・ガードナー、Lv69で三十二歳だよ。おっ!こいつの宝箱、呪文習得の書だ!しかも疾風!魔術師のコモンスキルでいい金になるぞ!」
続けて若者パーティのメンバーの順番に移る。僕と同じような装備の戦士がリーダーのようで、笑みを浮かべながら口火を切る。
「俺は、ミック・グリーン、Lv64で俺たちは全員二十二歳だ。多分、君と同じくらいの年齢じゃないかな。」
続いて黒いローブを纏った魔術師の男が後を引き継ぐ。
「僕は、フランク・ハーバート、Lv63だよ。君の火炎と氷雪凄い威力だったね。」
祭服を着た僧侶の女が戦士の横で何故か彼に少し怒った顔を見せて話す。
「アンニ・ベッカー、Lv62です。私はまだ二十一歳なの。でもあと三日したら二十二歳だから、さっきのこの人の言葉も強ち間違いってこともないわね。」
「イテッ!…ごめん悪かったよ…」
どうやら恋人が誕生日をしっかりと把握してなかったことに腹を立てて、アンニさんが腕を抓ったのだろう、ミックさんが小さく呻いて謝っていた。
最後に短ズボン姿の女盗賊が、魔物から回収した金貨や宝石を整理しながら自己紹介する。
「あたいはエンマ・ツヴァイク、Lv65だよ。こいつら結構貯め込んでいてイイ臨時収入になるわね。」
大方の後片付けが終わったようで、全員が視線を集めて、僕の紹介を待っていた。
「アレン・クリストファー二十歳、Lv83です。ギルドカードが水色なのは、あるスキルで偽装しているからです。皆さんにはお願いがあります。僕が万能者であること、Bランクであることは秘密にしてもらえませんか。」
僕は、自己紹介しながら頭を下げて皆に頼み込みながら、ステータスを開示する。
職業:戦士
レベル:67(Cランク)
経験値:2,013,729(+9,202)
体力:19,874/27,689(+127)
魔力:2,047/2,819(+13)
筋力:25,172(+115)
知力:5,034(+23)
速度:20,137(+92)
正確性:18,124(+83)
回復力:3,021(+14)
技能:
戦士スキル:切断Lv5、殴打Lv5、防壁Lv5、気合Lv4、威嚇Lv3、挑発Lv2
口では、Lv83などと言いながら、表示されている数値はLv67…咄嗟にこの冒険者の中で一番の大男にレベルを合わせるように、へそくりスキルを発動していた。戦士スキル以外を隠蔽したので職業も戦士に変化している。
「二十歳とは…信じられないなぁ…」
「どうやったらここまで早く成長できるんだよ…」
「万能者で一人で魔法飛ばして強化して探索してぶった切ってりゃ四人分の経験値が溜り放題なんじゃあないの?」
「馬鹿野郎、スキル持ってるだけじゃ駄目だろう。使い熟してこそのスキルだから、どんだけの鍛錬が必要なのか…」
皆が一様に驚いている。そりゃそうだろう。若者達は同世代の先頭を走っているエリートだ。冒険者になって六年でのランクC到達は、最短で経験を積んでいるのだ。今、僕が見せたレベルでも一年前倒しなのだ。その遥か上を行くランクBなど有得ない速さである。
トップクラスのエリートでも二十代後半でやっと到達できるのがランクBだ。三十歳までにランクBに上り詰める。それが冒険者がまず目指す目標だ。三十代前半で、そこまで辿り着けるものは四人に一人ほど。ベテラン組は、辿り着くことができなかったようだ。そして現在、辿り着けないことが薄々分かってきたのだ。
「ステータスやスキルを隠せるんだね…」
「…ご、ごめんなさい、僕の究極技能で隠せるんです…」
アンドリューさんに聞かれたので正直に答えた。あの状況で僕が対処可能だと理解して貰うには、全てを晒さないと駄目であったし、今更誤魔化しようもない。しかし、僕はどのような反応が返ってくるのか、酷く不安であった。僕の受け答えの声も酷く震えていただろう。
「まぁステータスやスキルを無暗に公開しないのは冒険者の常識だからね。歳不相応の実力も同じように隠さないと何かと不都合だろうね。」
アンドリューさんがそう言うと皆も頷いていたので、僕は酷く安心して皆に微笑んだ。メレディスさんがボソッと語る。
「一瞬、見たランクBの万能者…俺達、幻でも見たのか…」
サマンサさんが半ば呆れたような表情で呟く。
「まあランクBなのは間違いないでしょうね。あのトライヘッドを倒したんだから。私の魔法攻撃では奴の必殺の攻撃を防ぐことは無理だったわ。」
同じ魔術師のフランクさんと僧侶二人もサマンサさんの言葉に頷く。グレッグさんも頷きながら後を繋げる。
「俺が補助に入ったが、アレン一人でも多少時間は伸びたが、十分に間に合って倒せてただろうな。」
「いえいえ、グレッグさんの応援のお陰ですよ。」
「追加の魔法もまだ余裕のようだったし。」
「…」
僕は最早、黙り込むしかなかった。確かに三つ首とも致死攻撃を再開できるまで回復する前に、僕だけで倒しきることは出来ていたし、駄目ならまた魔法を追加することも可能であった。
「まあ、でも今のアレンのステータスを見る限り、事実は、俺らと同じランクCの戦士ってことだわな。」
一同皆、それで納得してくれたようだ。僕は再び、皆に頭を下げる。
「皆さん、有難う。」
「アレン、何を謝っているんだ?感謝しなきゃいけないのは俺達の方だぜ。」
頭を下げ続ける僕にグレッグさんが肩を組んできて、出発準備が整った幌馬車に乗り込んだ。元の最前列の席に行こうとする僕を、グレッグさんが無理やり最後尾の反対側に押し込んだ。他の皆の席が前にズレていくが、それに異を唱える者はいなかった。
ずっと馬車の陰に隠れて震えていた御者もやっと落ち着きを取り戻したようで、馬車の運行を再開して峠道を走り出したのだった。
レベルについて
スタートは1(15歳~)で普通の人はランクCからランクBまでで引退します。
1~20:初級、ランクF(15歳~)
21~40:中級の下、ランクE(1年~2年→16歳~17歳)
41~60:中級の中、ランクD(2年~4年→18歳~21歳)
61~80:中級の上、ランクC(3年~10年→21歳~31歳)
81~100:上級の下、ランクB(5年~→26歳~)
101~120:上級の中、ランクA(7年~→33歳~)
121~150:上級の上、ランクS(10年~→43歳~)
151~:特級、ランクSS