1-2. 別離
次の日の早朝、ギルドの受付が開くと同時に、僕はヒラドギ迷宮へ入場する手続きを済ませる。この村の周りには数多の迷宮が点在していて、この世界でも珍しい地域だ。僕が選んだヒラギド迷宮はランクC~Dパーティ向けとされている。いくら近場で直ぐに行けるとはいえ、表向きDランクの僕が単独で挑むにはかなり危険である。受付嬢は、Dランクを示す水色のギルドカードを僕に返しながら心配そうな顔で問いかける。
「お一人だと…こちらはあまりお勧めではないですが、大丈夫でしょうか?」
「浅い所でちょっと試してみたいことがあるんだ。深くは潜らないよ。」
本当は、手持ちの資金が少ない僕は手っ取り早く稼ぐ選択をしていたが、顔馴染みの受付嬢にあまり心配をかけるのも悪く感じて、適当に言葉を繋いで誤魔化した。
「では、お気をつけて。くれぐれもご無理をなさらないでくださいね。」
「…有難う…」
心配そうな受付嬢に礼を言ってギルドを出る。早朝なので、遠出をするパーティ―も少なく、まだギルド回りは人も少なくひっそりとしていた。遅い時間まで盛り上がっていた隠された探求者達パーティメンバー達はまだ眠っているだろう。彼らと顔を合わせづらかった僕にとっては有難い。
小一時間ほどかけて郊外に向かい迷宮の入口から階段を下る。受付で語った浅い所でと言う言質と裏腹に、僕は最下層へと真っ直ぐ足を進める。最短のルートを辿りながら、魔物の気配を盗賊スキルの感知で読み取って、迂回して余計な戦闘を避けながら最下層、地下十階に二時間ほどで到達した。
途中でどうしても避けきれなかった討伐ランクDのワータイガー三体の群れを倒した。そいつらが持っていた宝箱から高価な呪文習得の書が出てきた。これを売れば目標の金額にほぼ届きそうであった。
そして今、迷宮の守護者の部屋の前で、僕は逡巡していた。僕が単独で冒険に挑むのは殆ど初めてであった。
(本当に一人で大丈夫かな?...)
少し迷ったが自分の力を試したいという思いもあり、守護者の部屋に入る決心をした。昨日の戦闘で感じたことを実証してみたかったのである。
(僕一人でも討伐ランクCの魔物群なら大丈夫なのでは?)
まず自分に戦士スキル気合を掛けて戦闘力をアップして、更に僧侶スキルの強化と迅速を掛ける。これで準備は万端、一気に扉を開けて部屋の中に足を踏み入れた。
迷宮のランクは、この部屋の瘴気の濃さで決まっている。ここには討伐ランクCの中で最上級の魔物が湧いてくる。今回はファイヤードラゴンがゾンビラット五体を従えていた。ラットと言う呼び名だがその大きさは、大型犬並みの大きさであり、鋭い牙は危うい凶器である。ファイヤードラゴンが吐き出す炎の吐息は広範囲を一気に焼き尽くす威力があり、一撃でも食らえば大ダメージを受ける。
予め感知で部屋の中の敵の種類と位置を把握していた僕は、すかさず無詠唱で静止魔法Lv5、(敵単体を気絶させる)をまだ戦闘態勢の整わないファイヤードラゴンに掛ける。続けて不死で静止が効かないゾンビラット達に対して、回復魔法Lv5を掛けて動きを鈍らせる。
ファイヤードラゴンは高位な魔物であるので、静止魔法が効く時間は短い。そこで動きの止まっている間に氷雪魔法Lv3で首元を凍らせる。案の定僅かな時間で意識を取り戻したドラゴンは炎で攻撃しようとするが喉元回りが凍り付いていて上手く炎が出ない。
炎が吐けず怒り狂って暴れ捲るドラゴンに剣で切りかかりダメージを与えていきながら、隙を見て動きの鈍っているゾンビラット達を火炎魔法で焼き払っていく。
ランクCのパーティが上手く連携してでも1時間強かかるであろう戦闘を僅か十分強で僕は終えていた。目の前には首を切り落とされたファイヤードラゴンと燃え尽きて灰となったゾンビラット達が横たわっていた。
魔物達が集めていた金貨や宝石など光煌めく財宝を回収しながら、自分のステータスを呼び出す。
職業:万能者
レベル:83(Bランク)
経験値:4,742,348(+53,059)
体力:42,646/67,578(+756)
魔力:31,864/62,836(+703)
筋力:62,836(+703)
知力:60,465(+677)
速度:58,094(+650)
正確性:58,094(+650)
回復力:7,503(+85)
この戦闘で53,000程の経験値を得られたようだ。僕は見込み通りの力に満足しながら、売却可能なドラゴンとゾンビラットの核や牙などを回収した。
帰り道も魔物をできるだけ避けて最短ルートを通って迷宮を出たのは、まだ日が傾く前の時間であった。
村に戻り素材屋や書店を回って、今日のクエストで得た物品を売って通貨に換えた。約35万リンド、この村を出て州都まで向かう為の費用として、往復しても十分お釣が返ってくるくらいの金額を稼ぐことが出来ていた。夕方まだ早い時間だったがそのままギルドに戻った。流石に早い時間なので朝と同じく人も少なくひっそりとしている。
扉をくぐって誰もいない受付に立つと受付嬢は、ホッとした表情で話しかけてきた。
「お帰りなさい、お早いお戻りですね。」
「…あぁ、試したいことがすんなりと終わったから、早めに切り上げてきたよ。」
受付嬢にギルドカードを渡して、クエストの完了手続きを進めてもらいながら、話を進める。
「…実は、この村を出ようと思っているんだ。」
「あら…それは残念です……」
この娘が受付嬢となって二年、何かと色々お世話になっていて、ちょっとした雑談もする仲なので、彼女も突然の旅立ちの話に驚いている。
「この後、今夜の州都行きの長距離馬車の予約を取ってもらいたいんだ。」
「…わかりました…パーティの皆様の分も合わせて五人分ということでしょうか?」
てっきり昨日の話だと今日にもノルバルトが、僕のパーティ脱退手続きを済ませていると思っていたが、どうやら昨日の飲み疲れで完全休養しているみたいだ。仕方なく僕は自分で脱退手続きをすることになった。
「チケットは僕一人分で頼むよ。…実は、隠された探求者達を抜けることになったんだ。」
「えっ?」
「だから、脱退の手続きも合わせてして貰えるかな。」
「…わ、わかりました…」
冒険者たちは気紛れな性格の者が多いので、パーティへの加入、脱退は有り触れたことだ。なので受付係は基本、冒険者たちの内情に触れることはなく、勿論、理由の詮索などするはずもない。しかし、彼女は知っていた。僕が隠された探求者達の立ち上げメンバーであり、15歳で冒険者になってから四年半参加してきたパーティであることを。だから彼女は少し驚きの感情を表に出してしまっていた。
「…」
「…」
その後、彼女は黙々と脱退手続きを進めてから、長距離馬車の予約も取った後、残念そうな顔で呟いた。
「アレンさんには本当に色々教えて頂いて有難うございました。」
「…い、いや、そんなに大したことはしていないよ。こちらこそ色々無理なお願いを聞いてもらって感謝しているよ。」
「そんなことないです。受付係として当然のことですよ。」
僕は、普通のパーティメンバーなら休養に充てるクエスト翌日にも、他のパーティの応援メンバーとしてクエストに参加していた。その為に彼女には他パーティのメンバーの負傷情報や補充要望を集めてもらっていたのだ。そこまで受付係がする必要は勿論なかったので、それは完全に彼女のご好意によるものだった。
「またこの村に戻って来られることをお待ちしていますね。」
「あぁ、いずれこちらに戻ってくることもあるから、その時はよろしくね。」
「はい、勿論です。では、本当にお元気で。」
「うん、じゃあまたね。」
「行ってらっしゃいませ。」
ギルドを出て僕は宿屋に戻って荷物をまとめる。普段から泊りでのクエストもあるので、日常品は既に纏まっている。元から自分の荷物は最低限なのであっという間だ。
受付に降りていき、鍵を宿屋の主人に渡して別れを告げる。宿屋の主人夫婦も突然の旅立ちに戸惑っていた。そこで、僕はパーティから追放されたこと、顔を合わせづらいので村を出ることにしたことを二人に告げた。
「アレン、何があったかは知らないが、もうちょっと皆と腹を割って話し合った方が良いんじゃないか。」
「…話をしても理解して貰えそうにないよ…」
「そんなことはないと思うんだがね…ノルバルト達も皆悪い奴じゃ無い訳だし…」
「そうだよ。ハイマンやソニアは長年一緒に育った兄弟みたいなもんじゃないか。」
「…」
親父さんとお袋さんが交互に僕に再考を促していたが、僕の頑なな態度にやがて諦めて、親父さんがボソッと呟くように話した。
「まぁ一度離れて頭を冷やす方がお互い良いのかもな…」
「…うん、州都で一人で何処までできるのか試してもみたいんだ…」
「それにしても、そんなに急ぐとはな…」
「…じいちゃんの所にも寄りたいからそろそろ行くよ。」
他にも別れの挨拶をしに行かなければいけないので、僕は主人達に別れを告げた。
「アレン、達者でな。無理はするなよ。」
「身体には気を付けるんだよ。ご飯もしっかり食べるんだよ。」
「有難う。色々長い間お世話になって親父さん達には本当に感謝しているよ。」
隠された探求者達結成以来の定宿、家族のいない僕にとっては、殆ど家族に近い親父さんとお袋さんであったが、僕はもう旅立つことを決心していた。
まだ夕食時間には早いのでパーティの皆は部屋に籠っているはずだ。ここに長くいて彼らと向き合うことに恐怖を感じていた。だから今夜の馬車を選んだ。今夜出る便が州都行きであるから行く先としてそこを選んだ。州都に行くから今夜の便ではなく、今夜の便だから州都に行くことになった。僕は一刻も早くこの村から抜け出したかったのだ。
「じゃあ、行ってきます。」
「「行ってらっしゃい。」」
最後は二人に納得してもらって、別れを告げて宿屋を出て、町はずれの孤児院へと向かった。建物の裏にひっそりと置かれた墓石の前で佇み、目を瞑って語り掛ける。
(じいちゃん、すまない。)
じいちゃんは、流行り病で三年前に亡くなった。元冒険者で物凄く強い戦士だったが、十三年前に孤児院を設立するために、引退して院長となった。この村であった事件で孤児となった僕等を引き取るために孤児院を作ったのだ。よく冒険者時代の話を聞かせてもらって僕達の憧れの存在だった。
(皆と上手くやっていけなかったよ。)
(ついに愛想を尽かれてしまったみたいだよ。)
僕達が冒険者になった頃に、院長の職も辞して隠居していたが、僕は何かにつけて、じいちゃんにお世話になりっぱなしだった。
(あんなにじいちゃんに心配されていたのに…)
(上手くできなくてごめんな。)
建物から人が出て後ろに寄ってくる気配を感じたが、そのまま佇んでいた。
「…アレン、どうしたの?」
声をかけてきたのは現院長でシスターのエルザだった。
「エルザ…僕はこの村を出ることにしたんだ。今夜の便で州都に旅立つよ。」
「えっ?」
「隠された探求者達を追い出されちゃったんだよ。」
「皆と喧嘩でもしたの?」
「…いや、愛想を尽かれてしまったみたい…」
「きちんと話し合ったの?」
「…」
「あなたは人との付き合いが上手くなかったわね。」
「…」
「でも貴方がもっと自分の心を開いて話し合えば…」
「そんなのは無理だよ!」
エルザも孤児院が出来た時からお世話になっている。彼女も元冒険者で優秀な僧侶だった。既に初老に差し掛かる歳で、髪にも白いものが混じり始めていた。目尻に皴を寄せて心配そうな顔で呟くように僕に語り掛けてくれているが、彼女の期待通りに僕が物事を運べないのは昔と変わらなかった。
「貴方は真面目で、何に対してでも努力できる子だけど、事、人との繋がりに関しては臆病すぎるのよね。」
「…」
「まぁ人の心根は一朝一夕で変えられるものじゃないから難しいわね…」
「…色々心配かけてごめんなさい…」
彼女の心配に対して僕は謝ることしか出来なかった。
「寂しくなるけど一生会えなくなる訳でもないから、見聞を広める意味でも街に出ることは悪いことじゃないかもね。」
「…エルザ、そう言ってくれて有難う。」
馬車の時間も迫ってきたので、彼女と抱擁しあって別れを告げた後、馬車便乗り場に向かった。この村は中継地でもあるので、乗り継ぎのパーティが二組、馬車を待っていた。
僕が到着した時点で、今日の乗客全員が揃ったらしく、馬車の御者が順に冒険者ランクを聞いていく。皆、ギルドカードを見せて自分のレベルを申告していく。二組ともランクCのパーティらしく全員が薄緑色のランクCのカードを見せていた。最後に僕だけ水色のカードを見せてランクDを申告した。
「チケット購入時の申告通り、ランクCの方が九人、Dの方がお一人です。討伐ランクCの魔物発生が報告されているポイントの近くを通るルートをとっても大丈夫でしょうか?」
御者が、二組のパーティのうち、三十代前半のベテラン冒険者のパーティから確認を行っていく。パーティリーダーであろう戦士の男が答える。
「俺たちはそれで構わない。その方が半日は早く到着するだろう?」
「はい、州都まで二日半といったところでしょうか。」
御者は次に二十代前半のパーティへ確認すべくそちらに顔を向ける。
「俺たちもそっちの方が有難い。迂回路を行くと到着が夜になるだろう?」
「迂回路を行く場合は、到着は深夜になるでしょうね。」
御者は最後に僕のほうに顔を向ける。一応、念のため確認するという風情であったが、僕も黙って軽く頷いて同意を示す。
「では、近道を通らせていただきます。もし魔物と遭遇した場合、戦闘をお願いいたします。」
御者は、冒険者の皆に頭を下げながら告げた。この世界には様々な場所から魔物が湧き出してくる。村や街には冒険者がいて魔物から守っているが、その間を移動する場合、乗客に冒険者がいないと、もし魔物に襲われたら餌となるしかないのだ。だから乗客に冒険者いる場合、その冒険者ランクの確認は必須である。また現役の冒険者はランクに応じて運賃が割引されているのだ。
幌馬車に乗客が乗り込み、御者が御者台から馬二頭に手綱で出発を伝える。夜中の間は整備された街道を進んでいくので、乗客は椅子に凭れ掛り睡眠をとる。僕も揺れの中で眠りに落ちていった。
この世界の「宿屋」は、ホテルや旅館というより下宿や賃貸アパートといったイメージです。
なのでアレンたちも月単位で家賃を払って借り受けています。
冒険者たちは割と気紛れで滞在場所を変えるので、即日で退去なんてことも許容されています。
その場合でも、先払いした月末までの家賃が返ってくることはありません。