“蛇”
「状況は?」
「実験段階の危妖を十体、他にも雑多な妖を送り込みましたが、碌に成果を得られておりません」
「そうか」
男が立ち上がり、部下に檄を飛ばす。
「彼の地で、“樹”の脈動を感知した。それにより、我らが悲願はついに達成される」
諸手を挙げ、男は語る。
「目標は樹だ!それを目指し、各々動く様!」
この場にあった、役百の影が一斉に消える。
「…行くぞ、向こうへ」
「もっと遠くへ!!」
「この次元を越えた、“先”に!」
「…お前はそこに居るのだろう?」
“鳴渡”よ。
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「だぁ〜っ!上手くいかねぇ〜!」
辺りには根が露出した木が倒れ、地面は液状化している。
「もーちょい使い勝手が良ければな〜」
座り込み、頭を掻きながら思案する。
ああでも無いこうでも無いと頭の中を行ったり来たり。
「『地面を液状化して相手を拘束する』とか考えたはいいけど無理に等しいよな…」
地面に音を流し込み、土や岩を細かい粒子にして、まるで液体の様にし、相手の動きを封じる…と、字面だけを見れば簡単だが、無論地面を水にしたことはないし、なった所を見た事があるわけでも無い。
「…親父はどうやって金稼いでたんかな」
音の力は親父譲り、と言われた事がある。
親父も他の音の術士みたいに人殺して金貰ってたんだろうか?
…少し不快な所はあるが、それで家が保ってたんなら仕方ないか。
殺すのも流石に悪人だけだろうし、流石に見境なく殺す様な人じゃなかった筈だ。
「…お袋は…話題すら聞かねぇし」
不思議な事に、全くと言っていいほどお袋の事は聞かない。
何か秘匿する様な事があるんだろうか。
正直、お袋の名前だってろくに覚えてないし。…親父もだけど。
技の空想も上手くいかず、途方に暮れる鳴渡。
幾つもの木々を倒し、それでもなお思う“何処か違う”。
「う〜ん…何が違うのかも分からねぇ…」
既に十の木を倒し、感覚は掴めている。
幸い、ここは地盤が硬い。柔らかい所などの練習も出来るだろう。
兎に角、がむしゃらにやるしか無い。
凛や龍笠、白園達との間にある実力の差を消すんだ。
「っ!『振動、強』!」
片方の手の指を地に刺し音を流し込む。
地面が大きく揺れ、木が生える地がまるで水の様に波を打つ。
「音砲ぉっ!」
空いている手を媒介に、音の力を押し出す。
轟音と共に、木に穴が空く。
息が切れる。
音砲の衝撃で十米程後ろに下がっている。
地面へと音の振動を流し込んでいた方の掌は、爪が割れ、小指、中指の関節が逆方向に曲がっている。
音砲を放った方の腕は肉が剥がれている。
せいぜい、反動技の域を出ない使う意味の無い技。
これなら、普通に二本の腕で音砲を打った方が負傷も少ない。
だが、それでは面白く無い。
凛は、あの破壊力を唱と流星の力があるとはいえ使いこなしていた。
龍笠だって、親譲りの鱗でどんな一撃だって受け止められる。
白園なら、もっと効率よく術が使える。
夢方だったら、搦め手を責める事が上手くできる。
結局、才能には勝てないのか?
凡人はどんなに苦労しても思い通りには行かないと?
「…やってやる」
この術を完成させ、天才共に一矢報いてやる。
凡人様が天才様を下ろしてやる。
黙に貰った薬を飲み干し、早速思いついた物を片端から試す。
“左右の力に強弱をつける事ができるか”。
“出来たとして、それにどれほど霊力を持っていかれるか”。
“また、その霊力を使うだけの効果があるか”。
「…」
ふぅ、と息を吐き、霊力を練り直す。
そもそも、音砲だって莫大な量を持っていくのに、更にそこに足されるからたまったもんじゃ無い。
両の手を地に沿え、指を突き刺す。
左に多く霊力を込め、右との差異を作る。
「『振動、強』っ!」
音を立て、木が地に沈んでいく。
右との違いは、右は幹の中腹まで沈んでいるのに対し、霊力を多く込めた左はあわや葉につく勢いで沈んでいった事。
「…霊力を込めれば込めるほど範囲が広くなるが…今回は失敗だな」
下を見ると、自らも液状化した地面に埋まっていた。
それに、所詮幅が増えただけで、半球状になっている様だ。
こんな様じゃ、凛は愚か風間だって一瞬で抜け出せる。
「球状じゃダメだ、筒状にしないと…」
目指すは、水筒みたいな筒。
とびきり深く作らなければ、一瞬で抜けられる。
妖だって、捉える事ができるかもしれない。
…てか、そっちが本題か。
「…まだ時間はあるか」
太陽は高く、辺りを燦々と照らしている。
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「いやぁ〜、御苦労さん。これお駄賃ね」
「要らんわ!あまり歳も変わらんだろ!」
「…貰えるものは貰っといた方が良い」
凡そ十体の危妖を打ち倒し、なお余力のある学長達。
「のう、秋元」
「はい、何です?楠さん」
蓮学学長、楠が何かに気づく。
その様は、怨敵を見つけた様な、苦虫を噛み潰した様な、そんな顔だった。
その顔を見、秋元もまた気を引き締めなおす。
「“これ”知っておるか?」
「…えぇ、よく知ってますよ」
楠が指した先にあったのは、脈打つ心臓の様なもの。
それは確かに、今もまだ生命活動を行なっている様に、動き続けていた。
「わしの勘違いで無ければ、これは禁術だった筈。どうして危妖が待っておる?」
「…昔、と言っても凡そ三十年くらい前ですかね。とある事件がありまして、その時“これ”に似た物が盗まれましてね」
「盗んだ奴らは、“蛇”と呼ばれている組織らしいです」