学長の苦労-二-
4月に三十一はねぇ!!!!!!!!!!
(終われませんでした)ゆるして。
『…凄まじい試合でしたね、北沢さん』
『はい、こっちまで余波で吹き飛ぶんじゃ無いかと思いましたよ』
『しかし、最後の決着が場外とは、いや、何とも運命的な決着でしたね』
『ですが、戦いというものは非常に残酷ですね。勝者が居れば、敗者もいるんですから』
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「…すまん」
因幡が、顔を伏せて呟く。
恐らくは自然と口から出たであろうそれを、氷皇の選手たちは何も言わず聞いていた。
「…もう少し、もう少し気をつけて居れば、場外なんてしょうもない負け方しなかったのにな」
自らを戒するように、不甲斐ない自らに言い聞かせる様に、因幡は話し続ける。
「黒崎、猫谷、賀上…はいいか、それに、いや、二人だけだな」
「ちょい」
黒崎と猫谷にのみ謝ろうとする因幡に、少し待て、とツッコミを入れる卯崎。
流石、伊達に付き合いが長いわけじゃない。
「賀上くんはまぁ良いとしても、私にはいう事があるでしょう!“あんなの”とやり合って三十秒も持たせたんですよ!」
「…分かってる、卯崎も…ありがとな」
普段ぶっきらぼうな彼女が、ニカ、とはにかむ。
だが、それでも控え室に満ちた重い空気は晴れなかった。
『最強』と謳われた、氷皇の歴史に、自分達は泥を塗った。
氷皇千二百年の歴史のうち、過去に二度、氷皇は対校戦で敗北を喫しており、その時の選手がどうなったかは、何処にも記載されていない。
「…やっぱ、遺書でも書き留めてた方がよかったすかね」
「…何も言えん」
「つーかそもそも!賀上先輩があそこで変な事しなけりゃ勝ててたかもしれないじゃ無いっすか!」
猫谷からの正論が飛ぶ。
「…何も言えん」
言葉は刃物だった。
「あーもう!俺死にたく無いっす〜!」
「…」
室内には、一人反省会をする因幡に、それに寄り添う卯崎、腕を組み何とも言えない顔をする賀上、その賀上に思いをぶつける猫谷、一人暇そうに夢うつつな黒崎、と正に渾沌と言うべき有様だった。
一人、うとうとと夢と現を彷徨う黒崎だけが、その気配に気づいていた。
“扉の向こう、角を一つ曲がった先、三つの気配が殺意を向けている”。
「…ちょっと便所行ってきます」
「場所分かるか?」
「一応…多分ですけど」
氷皇の控え室を出て、右方向にちらと顔を向け、“左に”歩き出す。
その姿を視認したが直ぐに、二人の気配が此方に走る。
動きからして、術者では無い。あっても音や何やらのやりずらい相手では無い。
ベキ、ベキ、と空気を凍らせる。
その異音に一人は立ち止まるが、もう一人は意に介さず肉薄する。
異音が響く範囲、僅か五十米。
『対人用』の黒崎の技である。
先の一戦、火病には、氷は効かず、黒炎も効かず。
あれはそういうものだ。と割り切ってはいるものの、矢張り炎すらも凍らせる父の術を、炎をも喰らい尽くす母の黒炎を。
母からは、“自らを超える”と、父からは“期待している”と。
太鼓判を受けたのにこのザマだ。
ふぅ…と、息を吐く。急激な温度の変化により、吐かれた息は白く霧散する。
「憂さ晴らしだ」
途端、相手の体が膨張し、血の詰まった袋と化す。
「…憂さ晴らしだ」
途端、相手の体が黒炎に包まれ、一つの塵も残さず。
「……運が無かったんだ、俺も、お前らも。」
途端、目の前の侵入者が、サメに飲み込まれた。
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「ん?」
「どうされました?秋元学長」
「いや、一瞬変なものが…」
確かにそんな筈はない、とかぶりを振る。
ここは目黒が見張っているし、腕の立つ音使いも配置している。
不審な動きをしたら鼠だろうと始末する様に依頼したから平気…な筈。
「あぁ、それで、何でしたっけ?」
「あら?“そこ”だけは学生時代と変わっておられないのですね?」
「…生憎、まだまだ学ぶ事が多い若輩者でしてね?」
ふふふ、あはは、と笑い合う両者を離れたところから見ている二人がいた。
「…あたしはあいつと違ってマジの若輩者だから教えて欲しいんだけど、あいつらいつもあんなんなの?」
年端もいかぬ様な容姿の女性が隣に佇む大男に問う。
「…」
「…テメーに聞いてんだよデカブツ!」
無視か、はたまた聞いていないような素振りを見せる大男を蹴り付ける少女。
側から見れば、親に構って貰えない子供の様にも見える。
が、その実。ここに集まる四人はそれぞれ神園、蓮華、氷皇、回環の学長校長たちである。
「ったく、幾らあたしが対校戦企画したとは言え、ああまで火花散らすかね…?」
氷皇校長、美戸棗が愚痴をこぼす。
額に手を当て、最年長とそれに通ずる力を持つ、少年の様な大人との言い合いを傍観していた。
「…あれは、昔っからあれだ」
年甲斐も無く口喧嘩に熱が入る二人を他所に、回環の校長も苦笑する。
自分が開いた対校戦やあの二人が開いた物に参加した事は少ないが、それでもあの二人の事は分かる。
それ程、あの二人は濃い。
「…あの二人の濃さは、笠見の波に似ている」
「波?」
よくわからない例えに、つい聞き返す棗。
「あぁ、あそこの波は凄まじいんだ。船がとても揺れる」
「…あぁ、そうか」
海の事となると途端に目が輝く回環の校長に少し呆れている。
その二人とは対照的に、喧嘩に熱が入る二人の学長。
「そろそろ退いたらどうです?老眼で目も見にくいでしょう」
「…ご丁寧にどうも、貴方こそ、まだそこに座るのは早いのでは?」
「お生憎様、これでも依頼は完璧にこなすクチなんでね」
「あら、でしたら妖の祓伐にでも混ざったらいかが?きっとお似合いだと思いますよ?」
二人の口喧嘩は止まる事を知らず、また際限なく膨れ上がる。
やいのやいのと二人の学長が騒ぐ中、突然、扉が開かれる。
「…はぁ、はぁ」
「…どしたの、松ちゃん」
松ちゃんと呼ばれた男は、肩を上下にしながら、報告を述べる。
それを聞いた学長達は、今一度気を引き締め直す事になる。
「ほ、報告!南の方角に、約十体の“危妖”の出現が確認されました!」
「…数は本当に十体?漏らしは?」
先程までのふざけた様な空気は微塵もなく、そこには“学長”としての四人がいた。
「…今の所、確認されておりません」
「どうする?」
後ろを向き、三人に尋ねる秋元。
「…俺らが出向くのもありかもしれない」
「学生どもは先の試合で疲れてるだろう、今は大事をとった方がいい」
現役の頃の血が騒ぐのか、肩を回しながら答える渦巳。
普段の冷徹な彼女からは想像できないほど、優しげで、されど厳しい顔をする美戸。
「了解、二人はそれね?楠…さんは?」
「無論」
御年千と二十八。蓮華高等学園“初代学長”が。
「我も出る』
ヒトには生えぬ牙を携え、妖を屠らんと戦場に駆り出す。