副将戦 二位咸対卯崎奏多
いや〜、ほんと災難だよ。
今思えば、確かに神無月は大将だねぇ。
響くんに言ったこと、訂正しなきゃね。
で、私の対戦相手だけど──
…大外れ、だねぇ。
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『神無月の逸話として、やれ、“大妖を一刀の元に切り伏せた”だの、約百もの妖の群れを蹴散らした、と色々あるが、私はね、卯崎。“そんなもの”よりも怖いものが居るのだよ』
確か、学長はそう言っていたねぇ。
あの神無月をそんなものと切って捨てるとは、学長も面白いよねぇ。
そして、その学長の怖がってる相手が、私の相手だねぇ。
十傑第二席『二位咸』。
神無月をも上回る霊力の持ち主で、扱いは稚拙だが、故に恐ろしい。
…私は正直、彼女が大将になると思ってたよ。
…だから響くんに色々行ったんだけど、恥ずかしくなってきたねぇ。
ま、なる様になるだろうねぇ。
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つまらん。つまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらん!
我は斯様な場所にきとうなかった…
今すぐにでもどこぞかへ消えてやろうと思ったが、確かにここで我の力を見せれば、我は一気に人気者じゃな!
「おい!そこのお主!」
「…?私ぃ?」
対戦相手を指差し、我は高らかに宣言する。
『我の踏み台になって貰おう!』
「…!」
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『こ、これはどうなっているのでしょう!?』
『解説として言いたくは有りませんが、明らかに我々の常識の範疇を飛び出しています!』
二位が謎の言葉を発した後、音もなく二人の対戦が始まった。
卯崎の戦闘方は、敵を圧倒的な力で捩じ切る様な方法で、先程から振るわれている大斧は戦場の足場を破壊し、破片を辺りに散らしている。
一方、二位の方は、時折欠伸を噛み殺している様で、如何にも暇そうに宙に浮きながら、卯崎の攻撃を回避し続けている。
…人って浮けるっけ?
攻撃を回避し続けながら、何かを用意している様だった。
何かが、ぷちりと切れる音がした。
直後、大斧がもの凄い速度で振るわれた。
ぶぉん、と風を切り、凛が時間を掛けて用意したあの術でしか破れていなかった結界が裂けた。
「…避けますか……」
「くぁ、…もうそろそろ攻撃して良いか?」
そう言い放った後、卯崎が後方へと弾き飛んだ。
戦場の端から端までを、陸に上がった魚の様に、跳ねながら。
『いまのは!?解説の北沢さん!』
『ん〜…そうですね、私の目には、二位が手を前に出した瞬間、卯崎が飛んだ様に見えましたね』
転がりながら端まで吹き飛んだ卯崎は、片膝をつき、嘔吐していた。
試合前の朗らかな雰囲気は消え去り、その様をまるで興味無さげに、二位は見ていた。
はぁ、はぁ、と息を切らし、地に膝をつく卯崎とは対照的に、二位はつまらなそうに卯崎を見つめ、おもちゃ遊びに飽きた子供の様に、酷く冷めた目をしていた。
「は…はは、貧乏くじ、引いちゃいましたねぇ…」
「…はぁ」
そう笑う卯崎は、自らの力の無さを痛感している様に見えた。
それをまるで魔王の様に見つめ、時折ため息すら吐く二位。
「…早く立つがよい」
多分、この場に居た観客全員が、一瞬死を覚悟した。
そう思うほど、二位が発した殺気は凄まじい物だった。
唯一物怖じしていないのは、対面している卯崎だけであろうか。
『月の掌』と『蝕の掌』。
二位が、左手を引く。
その動作に合わさり、卯崎の体が“引き寄せられる”。
二位が、右手を突き出す。
その動作に合わさり、卯崎の身体が“弾き飛ばされる”。
その光景はまさに凄惨と言うのに事欠かなかった。
観客の中には、目を覆う者もおり、ボロボロになっていく卯崎の姿は見るに堪えなく、卯崎の勝利は絶望的だと思っていた。
一人、卯崎を除いては。
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引き寄せと弾き飛ばし。
それは彼女の本気では無い。
彼女の本当の力は、任務に三度ほど一緒したから心得ている。
『星』、若しくはそれに準ずるナニカ。
彼女の力はそれにある。
王冠を被り、統べる知恵を持ち、万物を理解し、深い慈悲を携え、
峻厳たり、恐ろしいほど美しく、勝利を確約し、栄光なぞ意に介さず、されど基礎を忘れず、また国を持つ王の様に荘厳で、隠れた知識は確かに強さに比肩する。
彼女が忌み嫌い、使う事を憚るその力こそ、彼女を最強たらしめている所以だ。
星、若しくはそれに準ずるナニカの力に加え、“引力”、“斥力”をも、彼女は支配下に置いている。
そして、その力を解放した瞬間、彼女の負けは「飽きた」…え?
先程までの冷たい表情は何処へやら、卯崎の目の前には、歳不相応に駄々を捏ねる二位が映っていた。
「いやじゃいやじゃいやじゃぁ!もうやじゃどっと疲れたわ!もうしらん!帰る!」
…そういい、彼女は虚空に消えてしまった。
後に残ったのは、風が吹けば倒れそうな卯崎ただ一人。
だが、本人は酷く不服そうだった。
「そ…そこまでっ、勝者、氷皇三年、卯崎奏多!」
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「ふぅ〜、ヒヤヒヤしましたねぇ」
「…大丈夫ですか?その…結構打ちのめされてましたけど…」
「んふふ、こう見えても、“硬さ”には自信あるんだ〜」
肩を回しながら、卯崎は笑う。
今だけは、自分の運の強さを誇っていた。
「…大将、頼みましたよ」
「任せとけ」




