先鋒戦 火病烈空対黒崎満凍
何だ、何が起きた?
火のような“ナニカ”が辺りに散らばり、爆ぜた後、氷が一瞬にして跡形も無くなった。
ならばと黒炎を立ち上げるが、光線が薙ぎ払われ、黒炎をかき消す。
「ちぃ!」
「ヒャハハ!最も惨めに逃げ回れェ!ヒャハハハ!」
“あの男は狂っている“。
控え室で因幡さんがそう言っていた。
その狂っているというのが、強さの話だと思っていた。
「“薙ぎ払え”!」
俺の発した言葉、意思に追従し、黒炎が辺りを矢鱈に薙いでいく。
俺の扱う黒炎は、唯の火には負けない筈、何か仕掛けがあるのか?
「ア〜、ハハ!ぬるっちいなぁ!」
「!なに!?」
炎の中に佇み、なお温いと口にする火病。
因幡さんや卯崎さんだってこの黒炎を警戒するのに、この男はまるで意に介さない。
「黒炎が聞いて呆れるなァ!まだ水の方が熱いぜェ?」
「…!」
刹那、右頬を擦める光線。
その擦りすらも、堪えきれぬほどの熱を帯びる。
火傷とも違う、何かに火が灯る感覚。
「ほらほらァ!どうしたどうしたァ!降参かぁ?」
此方を煽る、いや、向こうからすれば煽りですら無いんだろう。
事実、あいつが述べているのは事実、黒炎は効かず、氷は溶かされる。
それでも、何か策はないかと思考の中を探す。
虚勢すら張れぬ骸に成り果てる気はない!
「…すぅ────」
息を吸い、十分な霊力を貯め、“それ”を解放する。
「俺を舐めるなぁ!」
「“氷気”解放っ!」
──────────────────────────
つまらねぇ。
どいつも俺を避けやがる。
…あの二位とか言うやつを除いて。
まぁ出生を考えれば避けない筈は無え。
それも、“あの事件”を知っていれば尚更だ。
今回、勝てば俺を解放すると宣ったあの校長も何もかもが気にいらねぇ。
「クク、ヒャハハハハハハハハハハハハハハ!」
良いだろう、“総て”をやきつくしてやるよ。
──────────────────────────
「はぁっ!」
「あたらねぇ、っよ!」
あいつが氷で出来た武器を振りながら迫る。
それを躱し、一発鳩尾に入れ、顔を蹴飛ばし吹き飛ばす。
大袈裟な口火を切った癖に、攻め方は一つも変わらねえ。
所詮、人間はこんなもんか。
「…はぁっ!」
懲りずに突撃してくるコイツを、屈み、掬い上げる様に転ばせ、足を一本折ってやる。
脆いもんだな。
「なぁ、お前、つまんねぇぞ」
背中を踏み付け、肩で息をするコイツに話しかける。
変わらねえ攻め手、変わらねえ術…
「そんなモンかよ…っなぁオイ!」
もう一方の足の骨を踏み砕き、笑ってみせる。
観客共からブーイングが飛ぶが、知った事じゃない。
なら手前らなら俺を満足させられんのかよ?
「ちっ…」
観客に火を飛ばす。
キャーキャー言いながら逃げる様は随分と滑稽だ。
下の奴も起きる気配が無いし、このまま観客共と遊んでるか。
「ほらホラァ!逃げろ逃げろォ!」
人が逃げる様ってのはこうも滑稽だったか!
「…随分、余裕だな」
あいつが起き、俺を睨む。
憎悪とも取れるような、俺を貫く視線をむける。
「…ククッ、テメェ程じゃねぇよ」
そう言った瞬間、視界が反転し、俺の首が地に落ちる。
「あ?」
──────────────────────────
「はぁ、はぁ」
勝った、首を、落としてやった。
幾ら火の効かない化け物とはいえ、首さえ落ちれば…
「…次は、なんだぁ?」
「……はぁ?」
それは、落胆だろうか?驚嘆だろうか。
口から出たため息に似た疑問符は、あいつにも届いて居たらしい。
「まだ、まだ何かあるだろう!」
あいつは早口で捲し立てる。
「氷で出来た武器、黒炎。それだけじゃ無えだろ!?」
俺の手札全てを、“それだけ”と、コイツは言う。
「もっと、オレをもっと楽しませろよ!」
「…あぁ、“心ゆくまで”楽しんでけよ」
「…行くぞ」
「あぁ!こいよ!」
左手に氷の、右手に黒炎の鎌を作り、敵へと駆ける。
確かに、因幡さんたちの言うように、俺には攻撃力が無い。
それも、火厄の様な、火が集まった様な妖にはてんで無力だ。
「またそれかぁ!見飽きたぞ!」
火病の指から火の光線が飛ぶ。
顔を逸らして躱し、肉薄する。
まて、そういえば、俺は先ほど首を落とした筈だ。
冷静になって考えろ。どうすれば奴に致命傷が入る?
「…はぁっ!」
左の鎌を払い、火病の右手を飛ばす。
次いで右の鎌で左足を飛ばし、両方の鎌で胴体を真二つにする。
おかしい。血が、飛び散らない…?
それに、コイツの体、筋肉が見当たらない。
切った感触も、紙を切るみたいで、少なくとも、肉を切る感触じゃ無い。
そして、血管みたいに、火みたいな何かが流れて──
「おいおい、テメェそっちの趣味があんのか?」
背後から聞こえる声に振り向くも、そこには何も居な──
「がぁあっ!?」
突然、目の前に、“火”が現れる。
その火は、今まで見たどんな火よりも熱く、頭の中を侵食していく。
「がおっ!?ごおおぁあっ!」
あたまのなかが、ひにみたされていく。
「…っ!」
どうにか振るえた右の鎌で、一先ずの窮地を脱する。
眼前には、不敵に笑う火病が佇む。
「…思い出したぞ、お前は……」
あの日、“赤い月”に次いで起きた、一村放火事件。
通称『禄垂山中一村放火事件』。
その、死亡者リストの中に、確か火病に似たものがあった。
だが、『死亡者』だぞ?
「多分、テメェが考えてるのであってるぜ?」
「!やはり、禄垂の…?」
「あぁ、そうだ」
「ならば、何故火なんて「“放火側”だがな」…なに?」
「あぁ、放火犯、火病烈空だ」
放火犯?コイツが?俺と歳の変わらないコイツが?
「…」
「あぁ、その顔!村の奴らにそっくりダァ!泣き叫ぶ声が甦ってくるみてぇだ!」
「黙れ」
「…あ?」
「お前は、罪のない人を手に掛けた。罪なき人の命を徒らに奪った」
冷気が漏れる。
眼前の火病を改めて敵と認識する。
「お前は、…人を殺した」
折れた足に、再び氷を纏わせる。
これなら、火の中でも一時間は待つ。
「…だったらなんだ?正義の味方気取りか?」
「無論、俺が百善ってわけじゃない」
火病を一撃で持っていけるほどの霊力を練る。
精神を落ち着かせ、淡々と言葉を紡ぐ。
「…何処までも相容れねぇな、俺らは」
「そうだな」
居合の構えをとり、やつを切り裂いてやる。
「こいよ!“正義の味方”!“あの日宿した”この力をみせてやるよ!」
火病が両手を広げ、何かの準備をする。
「…行くぞ!」
「氷点太刀“黒”!」
「狂い焔“空烈”!」
恐らくは、互いの最高火力なのだろう。
互いの術がぶつかり、轟音と共に辺りに響く。
炎を凍らせながら、奴に一閃を入れる。
途轍もない量の蒸気が晴れた後、火病は笑っていた。
「…人間も、悪く、ねぇ…かも、な」
「はぁ、はぁ…」
傷口が凍らない、矢張りコイツは…既に…。
「そこまで!」
「勝者!氷皇一年!黒崎!」
勝った、のか…。