“鏡合わせ”
「…」
「…おきてるか?ひびき」
カタカタ、と音を鳴らしながら目の前で手を振るのは、俺の数少ない友の星見。
身体の約九割が傀儡の奴。
「もうすぐつくぞ、きおひきしめろ」
何処か舌ったらずというか、子供…それも一桁の歳の子。
本人は十七と胸を張っているけど、正直話し方は小等部の子に通ずる物がある。
「そーそ、あんま気ぃ張りすぎてもいけねえだろ?」
男の俺すらも惚れそうになる程格好いい此奴は釘刺。
学園には割と最近入ってきた方で、その理由は聞いたことがない。
「…久しぶりの妖戦だからな。体暖まってんのに手先が冷えわ」
「がんばれ!ひびき!」
「ここの主力のお前がそんなに弱気でどーするよ」
笑みが渇くほど、今の自分は緊張している。
手先は冷え、武者震いとは程遠い震えを覚えている。
術の精度も落ちている事だろう。
「ふぅー…」
『るーてぃーん』。
ルルリエの言葉らしく、何か物事の前の決まった動きの事を指すらしい。
僅か乍らの息を吐き、精神を落ち着かせる。
遥か前方。その距離二里半。
蠢く物が“視える”。
四足歩行の、死を携えた化け物が悠々と闊歩している。
並居る街を、草木を、人を食い、肥えた妖が、闊歩している。
「釘刺」
「…りょーかい。妖は遠いけどどうすんの?」
「空見」
「わかった!ひびき!」
…ほんと、俺には過ぎた仲間達ですよ。
「…援護、頼んだ」
「おう!」「りょーかいだ!」
音を纏う。
音の速度は、凡そ一時間で地球を三周出来るとか。
それを足に纏い、音の速さを得る。
あぁ、この風を切る感覚。あぁ、一才の音のない空間。
どれも至高だ。最高だ。
帳野さんが『試運転』と題うった“コイツ”も。
新しく考えた技も、全てをぶつけられる。
「さ、て」
目の前に対峙するは俺の約十倍はあろう妖。
体の至る所から黒い液体が染み出し、辺りを汚染していく。
恐らく既に妖かも怪しい。
生半可な刀なら刃を通さず、逆に刃が折れるだろう表皮、身じろぎ一つで地震すら起こす程巨大な肉体。
その怪腕から繰り出されるだろう一撃は、どんな生物だって瞬時に肉塊にするだろう威力を持つ。
『ウォ、ヴァ』
「…」
ふと、脳裏によぎるのはいつかの授業。
『妖は人間の悪意や失意など、暗い感情から生まれる』。
もしそれが真実で、もし妖に人の頃の記憶や感情があったら?
この巨大の中に、一体どれ程の負の感情が詰め込まれているのか。
『ヴォアアアアア!』
「っ!」
何だ!?ナニカを呼んでいる?!
「ちっ、やるか…」
「生憎!このまま進めば俺らの街なのよ!悪いけど、駆除させてもらうぜ!」
『ヴォア…マ、チ…?』
は?今喋ったか?妖が?
いや、気のせいだろう。鳴き声がそう聞こえたんだ、そうだ。
「悪りぃが」
「ブッ殺す!」
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帳野さんお手製の武器を手に取る。
…何だこれ?透明な刀?の割には中に亀裂?が幾つも…
……あれだ!鏡みたいになってんだ!
何々…『響くん、お久…その刀は“鏡刀”!鏡見たいな見た目でしょー、その刀の中には、約一億個の鏡があると思ってくれたら分かりやすいよ!その内部にある鏡壁面が、音を何回も反響させて出力が何倍にもなるんだ!』…は?
『で、反響に反響を重ねた音は破壊力も騒音も何千倍にも膨らむよ!ただ、試作期だからあまり無理させないであげてね』
「とんでもないモン作ったなあの人…」
刀を手に持ち、構える。
驚くほどすんなりと手に馴染むその刀は、まるで『俺用に作られた』事を理解しているようだった。
『ヴォアアアアア!』
妖の手が振り下ろされる。
当たれば骨では済まないほど、威力も速さもある。
べちんべちん、とまるで子供が駄々を捏ねるような動きに少し躊躇いが生まれるが、それを振り払う。
「…気合い入れろ」
刀を両手に持ち音の力を込める。
この間、凡そ何億重にも音は反響し、破壊力を増している…のか?
タンっ。
地を蹴り、飛び上がる。
体を捻り、斬撃の構えを取る。
幾億重にも反響した音が斬撃と共に、敵に襲い掛かる。
「…っ!」
“音の刃”。
どんなに訓練しようと、作れなかった“鋭利”な音。
敵を裂く悪魔の音。敵を殺す死の音。
それは驚く程綺麗で、同時に“全く聞こえない”程、静かだった。
“それ”は一瞬の静寂の後、訪れた。
「っ!がぁぁぁぁアァ!」
脳味噌が破裂する様な轟音。
視界が赤く染まり、眼から血が流れている事が分かる。
ただ、ただ破壊的な音。
『これ』が、音。
「がぁあっ!おぐっぅ!げぼっぉ!」
今まで使っていた音がちんけに感じる程。
暴虐的な音は止まる事を知らず、“音が音を反響させ続け”敵が完全に微塵になる迄、鳴り続ける。
不幸な事に、自分もその中に居るのだ。
血が沸騰し、脳が焼き切れ、身体中の神経が応答を拒否し、目は見えず、音も聞こえない。
『…!……!』
既に妖に意識は無く、ただ破壊的な音に体を打たれている。
目は開いておらず、既に事切れているように見える。
今なら、使えるか…?
「あ゛っ゛ぎら゛ぜづをぶゔじごめ゛よ゛!」
『払給!』
妖の体が光に呑まれ、粒と消えていく。
俺の十倍もあった妖が跡形もなく呑まれていく。
しゅる…
「はぁ…はぁ、『御霊を天へと返したまへ』…」
妖が泡となって消える。
残ったのは紙切れ一枚とボロ布みたいな俺と恐ろしい程輝く刀。
「…使い方、考えなきゃなぁ」
過ぎたるは及ばざるが如し…だっけ?やべ、諺わかんね…
「あぁ、クソ」
恐れを抱く程、煌めき、白光りを放つ『鏡刀』。
これが、俺の刀か。