覚悟
「んん…ん、…あ〜?」
土砂崩れの後、謎の洞窟に逃げ込み、出血の所為なのかはたまた単に疲労か、睡魔に襲われ、気がつくとここ。ね…
辺りを見渡すと、窓、至って普通の窓。
布団も、寝心地が良い以外は普通。
側には椅子が二つ。誰かが居たのだろうか。
腕には謎の植物。…植物!?
「あ、起きましたね〜」
「あなたは…?」
「記憶が無いんですか〜?」
「え、あ、いや」
「困りましたね〜、弁財先生にどう説明すれば…あ〜…また研究費が少なくなっちゃいます…」
顎に手を当て、何かを思案する恐らく先輩らしき人物。
手を当てる姿すらも、美しく、また何処か儚げな雰囲気を漂わせ、だが毒花の様な危険な、手を出したら最後、底無し沼に引き摺り込まれる様な。
「ここが何処か分かりますか〜?」
「…山奥、です」
「貴方の名前は〜?」
「鳴渡です…」
「良かった、脳に異常が起きている訳ではありませんね〜」
名と場所が分かっただけで脳に異常があるか分かるらしい。
…本当なのかハッタリなのかは分からないが、下手うって脳とか摘出されるよりはマシだろう。
「取り敢えず、この巻き付いてるの外して下さい…」
「あ!忘れてました〜!今外しますね〜」
よくよく見たら腕に巻き付いていた植物は普通に植木鉢に植えられていて、こんなんでもちゃんと植物なんだなと実感させられる。
粘性を持った植物が、翠泉の発した手の音と共に、植木鉢へと帰る。
…伸縮自在な植物とかあるんだなぁ。
「そうそう!弁財先生が呼んでましたよ〜、『至急の用がある』って」
「…それ、不味いんじゃ無いですか?」
「…あ〜っ!」
口に手を当て、驚いた事を表す様な動作をとり、目を見開いている。
「ほら、ほらっ!早く行って下さい!私に拳骨が降る前に!」
「分かりました!分かりましたから!」
酷く慌てた様子で、俺の背中を押す。
飄々とした様子は無く、言葉も伸びていない。
それ程、恐ろしいのかあの人。
「じゃ、行ってきます」
「は〜いっ!行ってらっしゃ〜い!」
──────────────────────────
…何かすれ違ってる気がしないでも無いが、あんな酷い骨折がこうもすっぱり治るんだな。
…ちょっとだけ腕が痛いが、あの植物が巻き付いてたあたり、治りかけとかだったのかな。
「…すげぇな、煙」
さて、弁財先生のいる部屋にきた訳だが、扉の間から溢れる煙は、それこそまるで魔王でも居るのでは無いか言わんばかりに凶々しく、何処か負の感じすらを纏っていた。
「し、失礼します…」
恐る恐るその部屋に入り、自分が入室した旨を伝える。
が、幾ら待っても返事は無く、ただ煙が漂っているのみ。
「弁財、先生…?」
この部屋にきて、一つ気付いた事がある。
煙の量が減るにつれ、『何か』の音が昂っている。
心臓の様な音では無く、寧ろ呼吸に近い様な…
「な、鳴渡…」
「先生、居たなら返事くらいしても良いじゃないですか」
何故。何故疑問に思わなかったのか。
自分はたった今この部屋に、この空間に入ったばかりなのに、『後方』から声がするなんてあり得るのか?
振り返り、声のした方を向くと、生気を一切感じない、弁財先生の様な『何か』が立っていた。
「私は…私は…」
「…先生?」
うわごとの様に同じ事を繰り返す。
目は虚で、何も映らない程暗く、黒い。
それこそ、リリルエでよく発行されている映画の腐乱死体の様に、足取りは覚束ず、普段咥えている葉巻すら、なぜか咥えていない。
「鳴渡、私は…」
「…」
「お前を訓練する資格はあるのだろうか…」
「…はい?」
「私はっ!教師と云う立場でありながら、生徒を守れなかった…、そんな私に、お前を、生徒を守る資格があると思うか…?」
先生はそう言うと、俺に向かい土下座をしてきた。
「せ、先生っ!頭あげて下さい!」
「私は!弱い人間だ。約束の一つすら守れない様な、そんな人間だ!」
「そんな私に、お前を預かる資格が本当にあるのか…」
…普段あんな豪胆な人が、こうも繊細な事で悩むんだな。
…ここは少し媚でも売っておくか?いやそれとも素直に…
あの日の光景が瞼の裏に蘇る。
赤く染まったお袋、親父。
平和から一変地獄へと早変わり。
いや、そうだな。
「弁財先生」
「…なんだ、弱い私を笑うか?」
「俺に、戦い方を教えて下さい!」