衝突
「だから十傑「わかりました!わかりましたから!」…おう、変な奴だな」
十傑!?『教師を除き五番目に強い』!?
予想外、という他無いだろう。
学園で五番目に強いと謳われる者に、僅か五分とはいえ渡り合ったのだ。
「意外に十傑も大した事無いんで「悪かったな、『大した』事無くて」…え?」
「見舞いに来たが、そんだけ饒舌に話せるんなら『これ』も要らんな」
病室の戸を引き、紙袋を片手に持つのはつい先程俺を追いかけ回した張本人で、十傑第五席の室呂修その人だった。
相変わらず背が高く、少し屈んで病室に入ってくる様は何とも言えない。
「おう、頼んでたブツか?」
「はい。帳野の姉弟の所も『鳴渡なら問題ない』、と」
?帳野さんが俺に?…また変なモンでも押し付けに?
いや、今回持ってきたのは室呂さんだし、特に何か問題がある訳じゃなさそうだし…
「でだ、鳴渡。お前に渡す物があってな…」
「渡す物…ですか」
室呂さんが袋を俺に渡し、袋の中は真黒い服の様な物が入っており、時代劇や映画などで所謂『忍』と呼ばれる人達が着込んでいる『忍装束』やそれこそ死者を弔う時に着る『喪服』の様な物。
「…喪服、ですか?」
堪らず疑問を投げかける。
「阿呆か。それは、所謂、…あれだ」
「それは作務衣みたいな物だ、二年になり碌に出てないお前は知らんだろうが」
室呂さんの毒が刺さる。
怪我人に刺していい毒の量じゃ無い。絶対。
中毒起こして死んでしまいます。
「…」
「…二年に入り、此れからは妖と対峙する場面もあるだろう。その時、普段着では防御に些か問題がある」
室呂さんが淡々と続け、弁財先生がそれに相槌を打つ。
…弁財先生ここ禁煙ですよ。
「そこで、帳野が作ったこの『夜服』は妖の攻撃や妖撃を軽度ながら防ぐ効果がある」
「で、これを着ろ…と?」
「そうだ」
『夜服』、か。
何処から、どの角度から見ても黒にしか見えず、ともすれば全てを吸い込む様な、夜の闇に体そのものが溶けてしまいそうな、それほどまでに『黒』を想わせる服。
…本当にこれに耐久性があるのか?
「はぁ〜、ったく愛煙家は肩身が狭いな…」
「喫煙所一階にありますから、そこで吸ったら良いじゃないですか」
「ここ五階だぞ…、ま、んじゃ少し席外すからな。室呂は帰るなりなんなりしてくれて構わんぞ」
そう言い、弁財先生は病室を後にし、そのすぐ後、階段を物凄い勢いで降る音が響いた。
さて、病室に残ったのは片や遅刻、サボり常習犯。
片や規律に厳しく、遅刻などしないであろう十傑第五席。
「…」
「…お前に一つ、質問がある」
意外な事に切り出したのは室呂先輩。
神妙な面持ちでこちらに問いを投げかける。
「はい」
「何故、何故学園に来ない?お前程の才能があれば…」
「そういうの、いいんですよ」
「『才能』だの、『天性』だの、そんなの聞き飽きてんです」
「俺は、精々五番手ら辺がお似合いですよ」
自分の思いが、勝手に口を伝い外に出る。
止めようとしても止まらず、まるで赤の他人に脳みそを操られている様な。
「強くなりたくて入学った学園も、いつの間にか行かなくなって、いけなくなって、気がつけば燃えカスになって…」
「燻る事すら出来ず、『本物』の才能がある奴の影に埋もれて。全てが莫迦らしくなって…」
「とうとう、かねもつきて、きょうだって、しぬことばかりかんがえて…」
頬が湿り気を帯びる。碌な飯を食わずとも、涙は出るのか。
「阿呆か、お前は」
「…へ?」
「何かと思えば、下らん。ただの不幸自慢か?」
「ふ、不幸自慢だと…!?」
シーツを握る手に力が入る。
今すぐこの澄ました顔を殴ってやりたい。
暴力的な思考が頭を支配し、血が昇る。
「何も知らないからそういう事が言えるんだ!」
「何も知らないだと…?」
「巫山戯るな!」
「お前に分かるか!?かつての親友が、目の前で無惨な肉塊に変えられた時の気持ちが!死体を貪られ、踏みつけられ、挙句の果てに、骨の破片すら残らなかった時のやるせなさが!!」
「もう沢山だ!『目標』やら『意識』だけがやたら高い、自ら妖共の餌になりに行く様な奴を見るのは!」
とてつもない剣幕で室呂さんが捲し立てる。
帽子から除く目は、まるで燃え盛る炎の様に熱く、今朝見た機械の様な冷徹な目とはかけ離れ、『人』の目をしていた。
「な、にを」
「分からんだろう!お前"ら"の様に『ぬるま湯』に浸かりきった者には!」
ぬるま湯…?
力の入らない腕をなんとか振るう。
ブチリと何かが千切れる様な音と共に、俺は室呂さんの胸ぐらを掴んでいた。
「ふざっけるな…!ぬるま湯、だと?」
口の中を、鉄の味が覆う。
息は切れ、焦点も定まらない。
「…何が違う」
「そりゃ、あんた達みたいな…『優秀』な、奴らは、違うだろうさ、凡人を、才無き奴を嘲る事だって容易いだろうさ」
足が震え、血の気が引く。
脂汗が顔を伝い、ぽたりと床へ流れ落ちる。
胸ぐらを掴む腕が震える。
「でもな、あんたらが見てねぇ所で、『才無き者』は血反吐吐いてんだ!」
思い切り、叫ぶ。
もはや顎にすら力は入らず、舌も回らない。
「ふん、幾ら血反吐を吐こうが、結果が残らなければ何の意味も無い」
「な、んだと…」
「だが、分かった」
「あ゛!?」
「鳴渡響、貴様を試そう」