稲月鈴〜拾伍〜
「やっぱすげぇな、鳴渡は」
「うぅっ、グスっ…」
『勝者ァ!鳴渡響!』から、一泊置いて、私の目頭の堤防は決壊した。
弁財教師に心配されたが、それでも、それでも涙は止まらなかった。
「にしても、あの月まで下すとはな…」
「…当たり前や、最初から素質は良かったからこそ、あの期間で調整出来た訳…です」
話している相手が目上という事も忘れ、つい熱くなり、敬語で話すことすら忘れてしまう。
敬語では無い私を見て、弁財教師が大爆笑している。
「ま、以降の取り組みは後日だからな、今日くらい鳴渡とゆっくりしてな」
「な、何の事です?さっぱり心当たり無いですね〜」
人間…というより私の悪い癖。
…既に色々この教師にはバレている…と思われるのに、ついつい隠そうとしてしまう。
…そのせいか、言葉もおかしくなってしまう。
「…鳴渡は…そろそろ出た頃だろ、今から追っかければ間に合うぞ」
「…ありがとうございます…」
「ん、頑張れよ」
何であの教師には全て見透かされてるんやろな…
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「ふぅ…」
鳴渡は連板を持っているし、一応連絡とかした方がいい、やろか?いやでも、今この時まで、誰かと話してたら…
「…変わるんや…私は」
手を固め、鳴渡に連絡を入れる。
『今から会えんか?』
たったの七文字。
されど、勇気を振り絞り、弱い意志に鞭を打った七文字。
早る心臓を抑えつけ、熱くなる身体を無理矢理冷ます。
『了解です、今は厳しいので時間が空いたら連絡します』
「…はは」
これは『会いたくありません』という一種の意思表示なのだろうか?それとも、本当に、今は忙しいのだろうか?
確かに、蓮学に勝った後やし、…祝勝会的な物を開いているのだろうか?
『了解、待っとるからな』
…少し重いだろうか?
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「遅いな、鳴渡」
件の今から会えんか?の連絡から約五時間が経ち、空はすっかり暗くなり、月は雲に隠れ、湿り気のある風が吹いている。
皐月も佳境に入ったばかりというのに、肌寒く、まるで梅雨入りした後の様な、嫌な湿り気を含んだ気持ちの悪い風が吹く。
そう、『肌寒い』のだ。
既に雪など、冬の忘れ物は無くなり、牡丹の花が心地よさそうに揺れている。
確かに、来月には梅雨入りするとはいえ、ここまで早く変化するだろうか?
「はぁ…!」
息が『白い』?
何故?一般的には春と呼ばれるこの季節に、息が『白く』なる?
「…っ!」
その場から跳躍し、『嫌な』気配を探す。
異様に喉が乾く。血の気が引く。脂汗が滲む。指が痺れ、握り拳を作ることすら危うくなる。
あの喉に刃物が突きつけられた様な鋭い『殺意』、あんな物、一般の人間には出せない。
「出てきい!『月』!居るのは分かってるぞ!」
凪海の言葉も忘れ、私を狙う『暗殺者』を威喝する。
程なくして、鉄を引き摺る音、革靴の様な音と共に月が現れる。
「…そっちが本性か?」
「言わせんな、暗殺者は演技が上手いんだぜ?」
「安心せぇ」
「儂は獲物を狩るのに本気は出さん」
『こん』『コン』『混』『魂』『完』。
『九ノ狐』
「へっ!『それ』出して本気じゃねぇだぁ?意地がわ『黙れや』
月の頭を掴み、地に叩きつける。
多量の殺意と、微量の憂さ晴らし。
「ごはっ!」
何度も、何度も、思い切り叩きつける。
『ふん』
月を投げ飛ばし、体が地面に叩きつけられ、何回も跳ね転がる。
ああ、この感覚、『懐かしい』。
『あの頃』を思い出す。
思えば、あの頃はまだ完璧では無かった。…別に今が『完璧』とは言わんけど。
「クソっ、浸ってる程余裕があんのかよ!」
月が突貫し、思い切り鉈の様な刃物を振るう。
今の私を、『あの頃』の私が見たらどう思うだろうか。
『弱くなった。』そう言われるに違いない。
実際、『楽』を覚えると人はその方ばかり目指す様になる。
『煩いわ、暫く黙っとき』
刀を振るい、月の片腕を切り飛ばす。
が、『楽』をして何が悪いのか。
百を目指して十からやり始めるより、十を目指して一からやる方が手っ取り早いし、気が楽だ。
『なぁ、そうは思わんか?』
切り口を押え、流血を止めようと必死になっている月に問いかける。
先程とは打って変わり、思考は冷静、『敵』が誰かを認識し、『それ』を排除するべき物という意識を建てる。
「…なぁ、あんた、鳴渡に何をしたんだ?」
『何の話や?』
よくわからない事を曰う月に少し腹が立つ。
私が響に『何かした』と、この狸は口火を切ったのだ。
「あの時、試合中、鳴渡の体からあんたの、『稲月』の霊力を感じた」
『…』
「よく考えればそうだ、鳴渡の霊力じゃ、あたしを、しかも『あの姿』になったあたしを、貫く事は出来ない」
「あんた、鳴渡に何を『黙れや』
腹が立つ、腹が立つ腹が立つ腹が立つ腹が立つ腹が立つ腹が立つ腹が立つ腹が立つ腹が立つ腹が立つ腹が立つッッッッ!
『鳴渡の努力も知らん奴がほざくなや』
怒りを隠し冷静さを保つ。
「努力だあ?何を
月が言葉を出した瞬間、月の体が二つに裂ける。
刀は血に濡れ、地には二つに裂けた死体。
「オキツネサマ、怒るのは分かるけどやり過ぎや」
『お前も少しは腹の虫が治ったろ?』
「……………多少な」
突然ですがこの章が終わり次第、少しの休養に入ります。
今書いている、それぞれの所謂『ヒロイン』とは別に、戦闘に重きを置いた章も書こうと思案しております。
そのため、『構想』などを練る…練ってはいたのですが、それの最終調整などが主な休養理由となります。
休養がいつまで続くか、下手したら失踪するかも知れませんが、『了解』など、寛大なお心でお待ち頂けるとこのタコワサ、作者冥利に尽きる所存でございます。