稲月鈴〜拾肆(鳴渡視点)〜
稲月先輩に見送られ、選手控室に入る。
『神園学園様控室』と張り紙の貼られた扉を開け、中に入る。
「遅い、十二分の遅刻だ」
「そうっすよ!開始前だから良いっすけど」
控室の中には、我らが『神園学園』が誇る十傑の序列一席と六席。
よくよく考えずとも、何故平凡で、下の方の俺が選抜に選ばれたのだろうか?
「何でなんすかね」
「…さあな、正直、白園や多々良、煌焚達の方が良い成績を残せるだろう、が弁財に何らかの考えでもあるんじゃねえの?」
平然と人の思考を読み、長椅子に腰掛ける神無月…先輩。
…稲月先輩から『あの人は呼び捨てでも許してくれるで』と言われたから呼び捨てした結果、片腕が無くなりかけたのでおとなしく、『心の中』とはいえ感知されてまた腕が無くなる可能性があるので閉まって「聞こえてっかんな」…ほらね?
「にしても、意外っすよね〜」
もう試合は終わったというのに屈伸や空中に拳を突き出したりしているのが、先程僅か三十秒で敵を打ち倒した、風間だ。
「ん?何がよ?」
「いや、“音”使いがこういう公の場に出るって珍しくないっすか?」
「…まぁ、確かにな、弁財の思惑もそこにあるのかもな」
音使いは、正直言って位が低い方だ。
『音』という『見えない』物を扱う以上、目に見える『炎』や『岩』といった一般的な術師から目の敵にされる事も多い。
「ま、その『音使いが不幸被る状況』をお前に変えて欲しいんでねぇの?」
「…そこまで考えてるんっすかね?」
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『神園学園二年、鳴渡響様、ご入場下さい』
「…行ってきます」
「おう、あたしの出番とか考えなくていいかんな、早く帰りたいし」
「…はい」
部屋を出、術技場へと歩く。
壁は無機質で、所々殴られた様な拳の跡があり、この先がそれ程に苛烈な試合を繰り広げられた事を露わにしている。
「…そういや弁財先生から対戦相手聞いてねぇな」
話す時間はあったろうにあの人葉巻吸ってたし…
「まぁ、俺負けても神無月さ…先輩居るしいいか」
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耳を澄ませると、司会と呼ぶのだろうか?少し喧しいと思える程の大声で何かを発表?している。
『……月…場…す!』
歓声だろうか?まるで地震でも起きたのかと間違うほど、会場、術技場が揺れる。
ん?月?…まさか?
『神園学園二年、鳴渡響さん、入場お願いします』
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『そしてぇ!西の方にご注目!『神園学園』より、『鳴渡響』の入場です!』
少しの歓声と、多量の批判。
それ程までに、俺の対戦相手は強く、人気があるらしい。
…手取り速く負けて、神無月先輩に駒を回すか。
「よう、久しぶりだな」
聞いた事のある声、低めで、“落ちる”声。
それは、かつて…といっても一週間程前に俺の体に『入って』いた張本人。
「月…何だっけ?」
「弥生だ、お前の嫁になる者の名前くらい覚えとけ」
「…嫁?」
『両者準備は宜しいでしょうか?…整っておらずとも始まります!さぁ、試合!開始ィ!』
天が割れん程の轟音が響き、それが人の声である事を認識出来ないほどに、頭の中を叩く。
が、こんな物屁でも無い。
“音纏『拳』”
頭の中で、音の衝撃波を創造し、それを手に纏わせる。
不安定ではあるが、当たれば御の字、当たらなくても、それを打ち出せば遠退きながらの攻撃もできる。
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『良いか?鳴渡、お前の『音』は“音“じゃねぇ、『衝撃波』だ』
『そもそも音は『波』なんだ、それが耳介に届き、外耳道を通り、鼓膜に伝わる事で初めて『音』になる』
『そして、伝わった音は耳小骨という鼓膜と繋がった三つの小さい骨で増幅される、この後、外耳では無く、内耳っつう所にある『蝸牛』っつう部分で脳に届く信号になる』
『が、『音』ばかりに注力しても、それはただの『気持ち悪い音』でしか無い、『音』では無く『衝撃波』の方にも注力しないといけない、その分、鍛錬はかなりキツいぞ』
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手を後ろに、脱力しながら突貫する。
何か物凄い『嫌な予感』がし、つい前のめりに攻めてしまう。
間一髪、紙一重、すんでの所で、回避され今ひとつ決定力に欠ける。
(距離とって戦うか…?)
接近戦を辞め、後ろに飛び距離を取る。
少し霊力を練る必要がある為、直線では無く、『何重』にも折れる様に距離をとる。
「…!」
突然、足が動かなくなる。
直後、鋭い痛みが側足部に走る。
「があっ!?何が…!?」
足に刺さる、短い刀の様な『何か』。
が、一瞬でも痛みに気を取られたのがダメだった。
「!」
突如、辺りが暗くなる。
夜ともまた違う様な、『よく分からない』暗さ。
それと、
ガチン、ガチン。
鉄と鉄が叩きつけられる様な、『何か』がぶつかる音。
次第にそれは、『何か』の歯の様な物から発せられる音だと気づいた。
ガチン………
タタッ!
「…!」
本来気づかない様な、小さな、とても小さな『音』。
そして、
「…!」
音が止んで僅か三秒もしない内に『それ』は突っ込んできた。
姿は闇に紛れよく分からかったが、童話などに出てくる『鵺』の様な物近い…のか?
ガチン、ガチン。
また、また、だ。
牙と牙を打ちつけ、鳴らし、こちらの動揺でも誘っているかの様な、『どうぞ慌てふためいて下さい』とでも言わんばかりに。
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『あたしの友人にお前より何倍も強い音使いが居る。そいつの受け売りだが、お前に伝授してやる』
『ここで、核となるのは『骨』だ、アホほど骨密度が高く無い限り、骨の中には隙間がある』
『その隙間に『音』を反響させ、敵が目の前にきた瞬間、その『音』を一気に放出する』
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「ふー…」
今は兎に角、霊力を練る。
足音の方向から、大体の敵の居場所は分かる。
ガチン………
…タッ!
大口を開け、月がこちらに突っ込んでくる。
(…今、ここ!)
右手に満身の力を込め、何億重にも反響させた『音』を解き放つ。
ドパァン!
『音』は、獣の喉から背に掛けて貫いた後、術技場の壁の一部を抉り、漸く止まる。
「ゴハッ!」
獣から煙を噴き出しながら出てきた月が血を吐いた後、白目を剥き、倒れる。
『そこまでぇ!勝者ァ!『神園学園』二年生『鳴渡響』ィ!皆様盛大な拍手をォ!』
自分の心臓がこれ程煩いとは思わなかった。