稲月鈴〜玖〜
「こ、こんなんでええんか…?」
「な〜に言ってんだい!それでいいのさ!」
仲居さんに着物の着付けをお願いし、僅か三十分…いつもとあまり変わらぬ風貌に一抹の不安を抱え、訪ねるもまるで『そんな心配無用!』と言わんばかりに胸を叩きこちらを見る。
「けど、これじゃ普段と変わらんで?」
「変える必要が無いのよ!普段がいっちばん美人さんじゃない!」
そう言う仲居さんの顔はどこか自信に満ち溢れていて、どんな人も無理矢理に安心させてしまう様な、何処か不思議な感じだった。
「不安や…」
「何を不安がるのさ?」
「な、鳴渡に煙たがられんかなって」
「…」
仲居さんがなんともいえない顔をしている。
何というか…こう、形容し難い顔だ。
「そ、それでなくても普段からキツい訓練を強いてるのに、こんな時もだらしないと思われたくない…し」
「はぁ…」
「た、溜め息つかんどいてや…」
眉間に手を当て、何かを思案する仲居さん。
「し、心配なんや…何せ一日とはいえお、男の子との旅行なんや、ちゃんとした格好して旅行したいんや…」
「解るけどさ、あんまり意識し過ぎても体に毒だよ?」
「わ、解っとる!…でも」
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「ほ、ほんにこんなんでええんか?鳴渡に笑われたりせんか?」
「大丈夫大丈夫!そんなんで嫌う程鳴渡君だって心狭く無いでしょ!」
こんなやり取りを繰り返し、遂に決心が固まり、駅へと歩く。
和服を着てるからか周りからの目線が凄いが、気にしていては遅れてしまう。
(平常心…平常心や…)
何とか待ち合わせの駅に着いたは良いものの、鳴渡はまだ来ておらず、少し待つ事になってしまった。
近くの喫茶にでも入れば時間を潰せるのだろうが、そんな事をして鳴渡と入れ違いになれば最悪会うのも苦労する事になる。
「鳴渡、携帯とか持っとるのか…?」
一抹の不安。そういや、幼馴染さんに携帯没収されたとか言っとったな…
『のう、あそこの鳴渡じゃないか?』
「ん?」
『ほら、あそこの女子に言い寄られてる…』
オキツネサマが指す方には、鳴渡と、それに言い寄る明らかに邪な目的を持つであろう女が三人。
…はっきり言って汚らわしい。
『止めに行か…もう行っとる…』
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「ねぇねぇ、良いじゃん、アタシらさぁ〜ちょ〜っとお金なくてさ!少しで良いから貸してくれない?」
女の内、背の低い金髪が話しかけ、鳴渡の耳を汚す。
中背、高背の奴らは静かに鳴渡を見ている。
「この子、アタシの好みだわ…」
高背の奴が口を開き、悍ましい事を口にする。
中背の奴は押し黙り、鳴渡を不快な目つきで見つめ、気味の悪い笑みを浮かべている。
「…この子、どっかで見たような…」
「あ?ま〜たお得意の餌奪いですか〜?」
「いや、本当にどっかで…」
「お嬢さん方」
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「儂の男に、何か用か?」
背の低い金髪の肩に手を置き、鳴渡から剥がす。
高背の奴は此方を睨み、中背の奴はこめかみに手を当てている。
「あ゛?お前こそ何だよ?この男は今、あーしらが目ぇ付けたんですけど?」
「…うるっさいわ、雑魚が」
少し、『本気で』凄む。
『口のみで』笑い、相手を確認する。
低背、身長は…大方百五十…適性は…氷と風。
高背、身長は…百八十はあるな…適性は…岩と水。
中背、身長は、百六十くらいか、適性は雷一つか。
「…負けだ」
中背の奴が口を開き、不可解な事を口にする。
お付き?の高背、低背の奴らも口を開けている。
「だけど、『借り』はいつか返すぞ…」
「何のことや?お前らと会う事なんかもう無いわ」
「いや?案外…結構直ぐ、再開するかもなぁ」
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「鳴渡ぃ…すまんな、おでかけの所が喧嘩起こして」
「いいんです、俺も困ってましたから…」
結局、どこも回れずの帰路。
『いいんです』とは言っているが、落ち込んでいるのは目に見えて分かる。
「また今度、な?」
「…」
ありゃりゃ…これは、振り出しかな?
結構いいとこまで進んどったんだけどなぁ…。
「じゃ、明日学園でな」
「はい、お疲れ様でした」
「あ、そうそう」
「…?はい」
「"つき"がよう見える日は、気をつけや」