稲月鈴〜捌〜
さて、鳴渡の流や造も一丁前になって来た。
あの教師に言わせればまだまだらしいけど初日から見てきた私には解る。
最初の鳴渡が一だとしたら、今の鳴渡は百位にはなった。
で、『あまり根詰め過ぎると鳴渡がぶっ壊れる』と、あの教師からの珍しいお達しにより、今日は休憩日となった。
「休憩かぁ…」
普段働き詰めの人間が急に『休め』と言われても何をしたら良いのか分からん…今の私が正にそれ。
旅行にでも行くか?日帰りとはいえ大分羽は伸ばせるだろうし。
「凪海、三言…他には…」
雑誌を捲りながら行き先を決める、休むんならしっかりと休まなきゃな。
温泉のある陽楤にでも行くか…?でもあそこは翠泉のお気に入りの場所だし…
「う〜む…」
わざわざ陽楤に行ってあのいけ好かない薬草女に会うのも癪だし…散凪に行って神奈月の阿呆に会うのも…。
「お嬢」
「ん〜?」
「鳴渡様が…」
鳴渡?今日は特に訓練なんて無いが…なんで来たんや?
まぁいい、折角やし休日の良い使い方でも御教授してもらおう。
「通してもらってかまへんで」
「はっ」
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「で、何ですか…」
「いやな?鳴渡君の訓練も佳境だから休めって言われたやろ?やから旅行にでも行こうと思てな?」
鳴渡を玄関に迎えに行き、部屋へと招き入れる。
何気ない動作やけど、鳴渡が少しでも私に、私の家に馴染んでくれたら…
バチン!と頬を叩き、弛んだ精神を治す。
隣を歩く鳴渡が驚いとるが、無視して話し続ける。
「折角の休みやし、何処か行きたいんやけど、いつも三言とか、そこら辺しか行かへんからどこに行こうか悩んどってな?そこで、鳴渡君ならどこに行ったらええか教えてくれるんじゃないかっと──」
「長いです、稲月先輩…」
「そ、そか?ごめんな…気ぃ悪ぅしたんなら謝るわ…」
鳴渡の前や、出来る先輩を演じんとな、初めて出来た後輩やし張り切ってしまう。
「で、どこかおすすめとかあるんか?」
「禄垂とか、遠いですけど米街の煎石とか、ですかね?」
「ま、米街ぃ!?日帰りやぞ!?行くだけで半日終わるわ!」
そう、あくまで『日帰り』。旅行はしたいが、遠くまで出向いて帰りが翌日…なんて事は避けたい。
「そ、そや!二人で出かけんか?鳴渡君なら菊原のいいとこ知っとるやろ?」
「ふ、ふたりで、ですか?」
「そう!二人で!一緒なら費用も安くなるし、一石二鳥や!」
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何であの時の私はあんな約束を取り付けてしまったのか…。
慣れない男、それも教え子なんて…。
「今からでも辞める電話を…」
────いや、これは良い機会なのでは?
「そうや、これを機に鳴渡との親睦を深めるんや」
相手は一つ下の後輩、趣味趣向は違えど、今は訓練という名目において一緒に時を同じくする者。
初日こそ一つ屋根の下で…寝床は違えど、一晩を共にした身。
流石に鳴渡も私に対し少しは心を開いてくれている筈、と信じたい。
「となったら、場所を考えんとな」
浮かれすぎず、かといって格式ばった堅苦しい所も鳴渡は好きやないやろうし、難しい。
またと無く舞い込んできた極上の餌。
これを逃しては駄目だ。と頭が強く語りかけてくる。
「さ、まずは──」
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『あの女狐に、彼は勿体無い』




