稲月鈴〜弐〜
下校道。
あの『いい加減教師』から任された後輩を連れ行く。
「…」
「…」
そこに会話は無い。
私自身、余り会話が得意では無いし、この様に静かに、話さなくて平気ならそれが一番いい。
それに、今日、無理矢理『知り合い』となったのに、何を話せと言うのか。
特に話す内容も無ければ彼の人となりも全く知らない。
弁財先生からは『害は無いがいかんせん…』といった事は聞いた。
「…?」
なのに、心の中は、嵐の前の嫌な木の騒めきを、災害の前の異常な光景を、私に見せる。
『何か来る』
果たして、それが『妖』なのか『話』なのかは分からないが、『私に』何か『害』を齎す『何か』が来る。
予感?予知?直感?そのどれとも違う様なある意味の『確信』。
掴めば、泡の様にはたと消えてしまう様な、そんな『気づき』。
嫌な確信にも近いものが頭の中で反響する。
「!」
目の前、わずか六寸程先の『道』が揺れる。
『道』は二度、三度、大きくくねり、『鳴いた』。
『ミギャァァァァァァァアア!!!』
「!」
『道成』、規模は小さいが大きくなれば街を飲み込む程に成る『妖』。
嫌な予感の正体はこれだったのか?
「鳴渡」
「へ!?」
駄目だ、今のコイツは使い物にならない。
『私』一人でコイツを相手するのは些か骨が折れる。
「援護しぃ」
「はい!」
せめてもの使い道。
音使いと聞いていれば使い道は山ほどある。
『こん』『コン』『恨』『魂』『混』『完』。
『人狐也』
『援護しぃ、あの妖『道也』は『道』、つまり苦手な音があるんじゃ』
「!?なに?誰!?」
『怖がらんでえぇ、稲月や』
『話を戻すぞ、『道也』は『変わる』事が大嫌いなんじゃ』
「…」
『つまり、『工事』の音が苦手だ、出せるか?』
「頑張りゃ…」
『そうか、じゃあ頑張り』
『尾弾『梨礫』』
尾を模し、空間から弾を発射する。
一つが道に跡を作る程の威力だが、『道也』には効かない。
「すっげぇ…」
『援護は?』
「あぁ…やべ」
鳴渡が音を奏ではじめる。
全く音使いは一体体のどっから音を出してんのか未だに分からんわ。
物と物が擦れる様な音や、物と物がぶつかり、壊れる様な音がこだまする。
たまらず、『道也』は『本当の姿』を見せる。
赤子の様な、だが『頭部』は本来の何十倍もの大きさがある。
「…」
『わかるぞ、私もあれを初めて見た時、同じ気持ちになったからな』
『道也』を一言で表すとしたら『醜悪』、これに尽きる。
真黒い肌、一点を見つめない、焦点の合っていない目など、あげれば切が無い。
『オェァァァァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア』
『妖断『禍葬』』
『メギャァァァァァァア゛ア゛!!!!!!!!』
『道也』の頭が斜めに切れる。
それと同時に妖の掛けた幻術が解ける。
突然、目の前が暗転し、鏡が割れる様な感じ。
「うおっ!?」
『わかるよー、びっくりするよねー』
「…そろそろ引っ込まんかい」
『お調子者』の『御使様』を引っ込め、『こちら』に戻る。
「あの…」
「…なんじゃ?」
どうせ、『一緒にやって行ける気がしない』だの方便を立てて私から離れるのだろう。
よくよく考えれば、当たり前だ『こんな力』百害どころか千害もあるのに持ってて良いことなんざ一利も無い。
「もうい「かっこいいですね!」…は?」
『かっこいい?』何が?お世辞か?
「さっきの狐?みたいな奴!」
「はぁ…?」
『こやつ、見る目があるのぉ!』
こんな代物、無くせたら疾くの疾うに取っ払っている。
私にとって忌々しいこいつが、かっこいい??
「ま、まぁ?貴方が喜ぶのなら、訓練に頑張った褒美として見せてあげん事も視野に入れませんが?」
「ホントですか?」
「正し!」
「対他校で相手を圧倒する程の力を得る事が条件や」
「…」
『対他校』。
教師選抜に選ばれた者は『代表』として他校や他組織との親善試合を行う事になる。
「分かりましたか?」
「…はい」
よし、気合いを入れる事は出来た。
あとは…
「さぁ行きますよ」
「何処に──」
問いかけを無視し、私は鳴渡を抱え『跳ぶ』。
「ひぇっ…」
「これが一番速いんや」
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「うぷっ…おええええ…」
「…ほら、着きましたよ」
「…はい」
「ここが、私の家『稲月家』です」
「嘘…ここって…」
「ほら、行きますよ」
「嫌ー!まだ小指とお別れしたく無いー!」
そんな任侠映画じゃあるまいし。
「指何か取りませんよ、効率悪いですし」
「本物の発言じゃ無いですか…」
ガラッと音をたて、引き戸を引く。
いつもの光景だが、今日は少し違う。
「さ、お入んなさい、鳴渡くん?」
「は、はい」
「「「「「「「「「「「「「「「「「押忍!お帰りなさいませ!お嬢!!」」」」」」」」」」」」」」
さ、楽しい楽しい後輩との訓練生活の始まり始まり〜ってな。