稲月鈴〜壱〜
つまらない、本当につまらない。
『ゴナァァァァァァァァァア!!!!』
妖が向かってくる。
小さな規模の村なら一人残らず飲み込めるほどの。
そんな強大な敵を相手しても、『こんな』感情が出てくる。
パン。
破裂音。
それと、血飛沫。
ズシャッ…
首を失い、自立が不可能になった妖が倒れる。
私の十倍、果ては二十倍あるような『妖』の骸。
「はぁ…」
側から見れば、私は疲弊している様に見えるのだろうか?
『あぁ、あんな華奢な体躯であんなに大きな妖に立ち向かうなんて…』的な?
「終わったわ」
『そうか、ごくろー』
「次は?」
『んー、二月先だねー』
「そうか…」
二月先か、大分長いな。
『あ、そうそー、弁財せんせーが『早く帰ってこい、大事な話がある』ってさー』
「…分かったわ」
あの『歩くトラブル製造機』と名高い弁財先生が?
私に?
一年の頃に山に一人置き去りにされたり、無人島に置いてかれたり、とかまぁ思い出せば切が無い。
「…」
胃痛、頭痛など、身体が不調を訴える。
『行くな!絶対変な事に巻き込まれる!』と言って居るかのよう。
「はぁ…」
行かなかったらとんでもなく面倒臭い事になりそうだし、選択肢は『はい』か『分かりました』か…
──────────────────────────
ドアをノックし、空き教室に入る。
「おう、意外に早かったな」
「他にやる事もありませんでしたので」
『少し』嫌味を付け足すが、多分知ったこっちゃ無いだろう。
それよりも
「…」
「…こちらは?」
黒髪に、私よりほんの少し高い身長。
切れ長とも、垂れ目とも取れる目元。
おまけに…
「…」
私が聞いているのにポケーっとしたまま…
「ん?説明してなかったか?」
「…初耳ですが?」
そう、初耳だ。
そもそも、今日は色々とやる事があったのに、それを全て蹴り、ここに来ているのに…この仕打ちだ。
「…」
「コイツは『鳴渡』、今回の『教師選抜』に選ばれた奴」
「え?俺聞いてないですよ?」
「言って無いからな」
教師選抜かぁ…まさか?
「で、今年は一年から風間、二年からコイツ、三年からは神奈月が出る」
成程、読めてきた。
どうせ次にはコイツを鍛えてやってくれとか言うんだ…
「で、稲月にはコイツを鍛えてやって欲しい」
はぁ、こんなにも当たって嬉しく無い予想があったろうか?
本当…こっちだって色々忙しいのに…二月先まで任務とか無いけど。
「まぁまぁ、コイツ見てくれは良いんだがいかんせん礼儀作法がなってなくてな」
「…それで?」
「お前の家で暫く預かってやってくれ」
あぁ、成程私の家で…
──────────は?
「そんな訳で宜しく、じゃなー」
「あっ、あの」
ピシャン。
「…」
「…」
「まぁ、宜しくお願いします?」
「はぁー…」
まだ、まだ百歩譲って訓練は良い。
私の家に泊まる理由があるのか?
「お互い苦労してますね…」
「…」
私の苦労が易々と分かってたまるものか。
「分かりました、この際、家には上げてあげましょう」
「…」
「でもな!私の言う事は絶対や!いいな?」
「…はい」
稲月鈴。
教師の無茶振りに対する精一杯の反抗だった。