北条光〜拾伍ノ壱〜
「先輩!今日はですね──」
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「先輩!聞いて下さい!酷いんですよ!──」
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「先輩…」
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きょうもまた、せんぱいのびょうしつにかよう。
せんぱいはねているだけで、わたしにはいっさいへんじをしてくれない。
コンコン…
「しつれいします…」
べっどにあおむけになり、ねているせんぱい。
ゆびにはよくわからないきかいがつながれており、すうじがでている。
「きょうも、おはな、もってきました…」
わたしはそういって、せんぱいのまくらもとにあるかびんにはなをいれる。
はいっているはなは、きんぎょそう、くりすますろーず、すかびおさ、がまずみ、わすれなぐさ、むらさきいろのちゅーりっぷ。
はなにきいたら『これを持ってきな!』ってすすめられたはなたち。
「きょうはですね…」
こうして、がくえんでのいちにちがおわると、わたしはすぐに『ここ』にくる。
そうして、ねているせんぱいにびょういんのひとがとめるまではなしつづける。
せんぱいからみて、ひだりがわにあるきかいが、かろうじてせんぱいがいきていることをほしょうしてくれている。
「…」
しかし、はなすことにもげんかいがある。
せんぱいがいないせかいが、すべてはいいろにみえるわたしのめは、もうきのうしなくなっていた。
あかいひょうしきが、あおいそらが、はいいろにみえる。
かろうじて、こいいろはしにんできる。
「…」
せんぱいをみつめるわたしのめが、ゆがむ。
ほほがしめり、ぽたぽたと、じめんにすいてきがおちるおとがする。
めのまえのひとは、せんぱいは、いつ、いつおきるのだろうか?
もしかしたら、もう、にどと、めを、さまさないかもしれない。
「いやですよ、まだ、やりのこしたこと、たっくさんあるじゃないですか…」
かくしていた、ひそかにおもっていた、ことがとめどなくあふれる。
また、はなしたい。また、わらいたい。また、からかいたい。また────
「せんぱい…」
わたしは、たしかにせんぱいにこいしていた。いや、している。
せんぱいと、はなすだけ、めがあうだけ、ふれあうだけ、いっしょにいるだけで、わたしのこころは、あたたかくなる。
せんぱいが、わらうだけ、こまりがおをみせるだけ、あせるだけ、しんけんになるだけで、わたしのこどうは、とてもはやくなる。
「…」
ゴーン…ゴーン…
『あと10分で本日の面会時間は終了となります』
「…またきます」
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きょうも、はなせなかった。
それだけ、あのおんねんのかたまりをおさえるのにちからをつかったんだろうか…
「…」
はらがたつ、はらがたつ、はらがたつはらがたつはらがたつはらがたつはらがたつはらがたつ…
ちからぶそくのわたしに、せんぱいをまもれなかったあのじっけつに、せんぱいのどうこうをゆるしたがくえんに。
「はは…」
そらはくらく、いまにもあめがふりそうで、かさをもっていないわたしにはあまりよくないみらいをていじしていた。
『おzyをさn』
「…?」
『おzyをさn』
だれかがわたしをよんでいる?
きかいのような、にんげんのような、はたまたどうぶつともとれるようなこえ。
『こtti、こtti、deス』
こえのするほうはうらろじ。
ひとがいるけはいはなく、なおかつ、あやかしのようなけはいもない。
『ほSeq、なdesか?』
「…」
『そのface!、しんジ手マセんネ!』
しょうじき、すごくあやしかった、いますぐにでも、ここからたちさろう、とかんがえていた。
でも、そんなかんがえはつぎのこえにかきけされた。
『あノboy!careしたクハありmaせんか?』
あのぼーい?せんぱいのこと?
『ソウです!そのupperclassmanデス!』
「…なおすほうほうがあるの?」
『ありマスとモ!』
うさんくさい。
こんなところいますぐにでもたちさってやろう。
そうおもった、でもきもちとはうらはらに、あしはうごかず、そのはなしをきいてしまう。
『ほうホウカんタん!『おzyをさn』の力つかうダケ!』
「…」
『トッテモかンたン!『竜』?『龍』?のカシょうだケ!』
りゅう?
「…そのりゅうのちからをつかえば、せんぱいはおきるの?」
『ソウデス!HE careしたクハ リ セン力?』
いまさら、せんぱいのいないせかいにみれんはない。
それに、わたしのちから?でせんぱいがめをさましてくれるなら、
わたしくらい、やすいものだ。
「なにをすれば…」
『木二成りマす力!?でハ『コレ』をれ』
そういい、なぞのこえはきえた。
じめんには、きらりとひかるなにかがおちている。
『それ』をひろい、いえへときびすをかえす。
「待ってて下さいね、先輩」
私くらい、安いものだ。
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「…」
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「えー!?『吹っ切れた』ぁ!?」
「うん」
「そんじゃあもうあの先輩は良いの?」
良い訳ない、でもこうしなければ変に情が湧くかも知れない。
『私』は今夜、先輩の世界から消えるんだ。
「いやさ?療局に入ってるらしいけど、回復の見込みが無いらしくてさー?そろそろ新しいの見つけないとね」
「…ほーん」
これで良いんだ。
先輩の為になら私くらい。
「でもさぁ、あんたのその顔!見るに堪えないよ?」
「…そう?」
思ったより、疲労が大きいらしい。
気を付けなければ…絶対に失敗する訳には行かない。
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PM:21:00。
療局の閉まる時間。
正確には閉まってはいないが、大体の機能、救急の物以外はあまり来なくなる。
「待ってて下さい…私が、治してあげます」
先輩の居る階は11階、今日のこの感じなら…
『5回』で行ける筈。
「ふー…」
「陽術『白袖腕』」
私の肩、肩甲骨の辺りから白く、長い腕が出る。
『それ』で療局の壁に吸い付き、
「ふんっ!」
私を投げる。
パチンコみたいに。
より早く、より速く、より疾く!
より静かに、より閑かに、より静寂に!
より軽く、より鋭く、より力強く!
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──少し前──
「で?お前の作ったあの『試作品38号』とかってのは全部回収したんだろうな?」
「いや〜それが、わたしの部下が一つ持ち出してたらしくて…」
「ほう?」
「その持ち出されたやつの所在は?」
「必死の捜索により場所は分かったんですが…」
「なら回収は?」
「…」
「まさか?」
「もう使われてたらしくて…」
「なら今日中に見つけ、使用者から『取り出せ』お前なら出来るだろ?」
「んな無茶な…」
「何か言ったか?『翠泉』」
「ムー…」
「ん?どうした?神無月」
「ん、少し嫌な予感がな…」
「お前の予感は当たるからな」
「少し、行ってくる」
「ああ」
「室呂くんは優しすぎます〜!」
「結果を出したら考えてやる」
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──現在──
(もう少し!もう少しで先輩の部屋に着く!)
必死に走り、先輩の部屋を目指す。
途中、『何か』落とした気がするがそんな物に構ってる暇は無い。
108番部屋を目指し、ただ走る。
くそ、少しは鍛えとくんだった。
あった!108番!
ガラッ!
「ハァー…ハァー…」
先輩は眠っている。
心拍数や心電図も睡眠時の物だ。
「…よし、これを使えば…」
あの人?から貰ったあれを使えば…先輩を治せる。
私は居なくなるけど、それくらい安い。
「よし、…あれ?無い?」
ポケットの中、鞄の中、どちらにも無い。
そんな…あれが無ければ、先輩は…
「お探し物はこれかい?」
振り向くと、今私が探している物を持ち不敵に笑う女性が居た…