カッファルスと名乗る存在
“遠い、遠い、凄まじく遠い昔。
争いが絶えず、終わったとしてもまた次の戦争が起きていた頃。
神ノ国より凡そ二千八百里程離れた場所に、一人の存在が産まれた。
現代では、「大いなる御方」と呼ばれる存在の、先駆けとなった物である。
様々に脚色された伝説の内、真実のみを書き出すならば。
弱冠九つの時、キティミラで起きていた八つの戦争を止め、またその調停者として名を挙げた。
十二の時、一人目の使い“ヴァルプス”を生み出す。
それより一年の時を経、二人目の使い“ザバーニヤ”を生み出した。
それから一年毎、一人ずつの使いを生み出し、最後に生み出されたのが、マルドクルスであった。
そして、大いなる御方、その生の絶世となった──三十二の時である。
キティミラに、蛇の手が伸びていた。
大いなる御方はただ一人でこの蛇に立ち向かい、これを打ち倒す。
ルルリエの大地約八割を犠牲に蛇を跡形もなく消し飛ばし、打ち滅ぼした。
そうして、蛇を滅ぼした後に残ったのは、隕石でも落ちたかの様に凹んだ地形と焼け焦げた大地。
大いなる御方が愛した森もなく、川もなく、海も無い。
そうして、自分の過ちに気づいた頃。
大いなる御方は、贖罪の旅へと赴いた。
蛇を退けたは良いものの、失った代償はあまりにも大きかった。
ここから約十年もの間、大いなる御方の伝説は途切れる。
次に見つかった物は、そのどれもが後悔に満ちていた。
晩年、大いなる御方と呼ばれた者は悔いの念に苛まれ、病床に臥しながらも、キティミラの事を最後まで思っていた。
そして、大いなる御方亡き後。
“彼”に仕えていた御使い達は一斉に反旗を翻す。
水が、糸が、大地と緑が、光が、死が、夢が、血液が、金が、火が、狂気が。
その全てが、ルーミラの人々に襲いかかった。
大いなる御方の憂慮虚しく、御使いは最後まで人の心を知る事は無かった…”
とまぁ、こんな感じ!と隣でやけに騒がしく語るのは、先ほど燃えながら二つに分かれた筈のカッファルス。
授業中という事もあり、無視を決め込んでいると何やら話し始めた。
“…御使い達は知る由も無いだろう──”
まだ続くのかよ。
──────────────────────
それから。
約三時間ほど耳元で話し続けるカッファルスを無視し続け、ようやく帰寮の時間となった。
ガチガチに固まった腰を叩きながら、授業で使った紙篇を閉じ鞄に詰め込む。
大きく伸びると、骨が音を立てる。
鞄を肩に担ぎ、帰ろうとしたその時だった。
“おや、何か来ますね”
ぶわり、と体を汗が流れる。
ふと、中庭に目をやると、死装束の様なものに身を包んだ人が立っていた。
これは勘だ。
決定的証拠も無ければ、それがそうとは考えずらいが。
目が、合った。
心臓が跳ねる。
足に力を加え、“音に乗る”。
人混みの隙間を縫う様に走り、一刻も早くあれから逃げる。
「…he1l0」
耳元で声が聞こえた頃には、もう手遅れだった。
──────────────────────
まずい。まずいまずいまずいまずいまずい…。
彼が、捕まった。
何故?何故?何故?何故?
考えろ、考えろ私。
彼は何をした?なんであいつがここに来る?
これまでヴァーハレイン学院には来なかった筈だ。
唇を噛み、出血する事も厭わず。
赤く染まった部屋で、ヴァーミリオンは頭を掻きむしる。
出不精な事が祟った体は、それだけの運動ですら疲労を生む。
蔓の一本が震え、ヴァーミリオンに何かを知らせる。
「トールか?何が──」
『やぁ、ヴァーミリオンさん。こんにちは』
蔓を通して耳に入るのは、彼を攫った人物。
“そうでなくてほしい”とすら思うほど、それは最悪だった。
「…サクリフェル…さん」
『……そう、だよ』
最悪。最悪が、蔓の向こうにいる。
今の鳴渡では歯が立たないのも仕方ない。
壁が何枚どころの騒ぎではないほど、差があるのだから。
「…なんの真似ですか」
『…今から話す事は一方的な言葉だ。返信、質問は受け付けない』
『──nありwaたりわaづかliま死た。』
その声を最後に、蔓は切られた。




