埃に塗れて
数ヶ月もの間、開くという動作をしなかったような扉を開ける。
地鳴りのような音と共に、無数の埃が太陽に照らされて光る。
あの後トールを見つけて提案された手持ち式松明に火をつける。
…引火しませんように。
無事に引火する事なく火がつき、階段を一段一段降りて行く。
真っ黒い石で作られた段は、登るのも降るのも一苦労だろう。
ヴァーミリオンさんはこんなところを毎日登っているのか?登山家もびっくりだろう。
まて、ならなんで扉はあんなに埃を被っていた?
開けた時、明らかに埃のない所とある所が見てわかったぞ。
階段を一段一段降りて行く。
降りる度に実は戻されているんじゃないかと疑いたくなる程、先が見えない。
ふと、階段の壁にかかった看板のような物が目に入った。
文字は掠れてほぼ読めないが、何故か読める文字で書かれていた。
『こ──、────ず』
埃を払おうと看板に手を当てると、それは驚くほど冷たく、砕け散ってしまった。
床に散乱するかと思えば、空気中に塵となって消えてしまった。
触った感じは金属っぽかったが、違う物だったのだろうか。
階段を降りる途中、幾つもの小部屋が目にはいる。
一つは、正に豪華絢爛といったようなもので、金ピカの装飾に、扉の隙間からは焼けた肉のような匂いがした。
また違う扉は、血液のような液体がこびりついていた。
扉は鉄のような物で作られていて、匂いは一切しなかった。
降って行くにつれ、階段の色が変わっていく。
入った地点は黒い四角形の物で構成されていたのに対して、いま足がついている段は鉄のような物で出来ている。
そして、壁を覆う一面の蔓。
光が届いている訳もないのに、それは七色に光っている。
これも、途中から出てきた物だ。
既に何百段と降りてきたのに、一向にヴァーミリオンさんの部屋は見えない。
今まで通り過ぎた部屋の何処かがそれなのか?
豪華なやつか?それとも血塗れなやつ?候補は幾つもあるといえ、だがそのどれもが人の雰囲気を感じなかった。
まだ、下に行くのか。
こんなに長いとは思ってなかった。
そして、灯りが一つ、そして孤独。
それは、鳴渡の精神を徐々に蝕んでいた。
浅くなる呼吸、青ざめていく顔、震える手。
揺れる灯り、真暗闇、震える足。
深く呼吸をする。
息を吸い、吐く。
足を踏み出し、心を落ち着かせる。
壁に手を沿わせ、階段を降りる。
そして、もう何段降りたか分からなくなった頃。
広間的な所に、俺は着いた。
吊るされたついていない灯り、錆かけている鉄柵、カビの臭い。
そして、こちらを凝視する、一つの目。
身長は俺より少し大きいくらい、歳は分からない。
心音は驚くほどゆっくりで、落ち着いているのが聞いてとれる。
そして、その奥に一つ、扉らしき物が見える。
恐らくあれが、ヴァーミリオンさんの部屋なのだろう。
多分、そのまま通してくれる訳もない。
戦うか、右に回って帰るか…
「Welcome」
「あ?」
声からして、そいつは男だ。
だが、青年って感じじゃない、もっと年老いたような声だ。
恐らく年齢は五十〜六十五程度、所謂、“老兵”ってやつなのだろう。
ルルリエは歴史上戦争が多かったと聞く。
そのルルリエで、こんな年齢まで生き残っている。
一癖も二癖もある人間なのだろう。
証拠に殺意を隠そうともしない。
だからこちらも、出せるだけの戦意を見せてみる。
男の目が少し動く。
それが鋭く光ると、一斉にそこの明かりが灯された。
距離にして、約六十米程、扉の前に、男は立っている。
杖をつき、こちらを見ながら。
「…なぁ、通しちゃくれねえか?」
「…」
こちらと話す気はさらさら無いのか、だんまりを決め込み、こちらを見続ける男。
不意に、後方から殺気を感じた。
体を捻り、右方向に動く。
骸骨の様な何かが、俺の立っていた場所に剣を振り下ろしていた。
「That's excellent.」
…多分、こいつは会ったことのない人間だ。
戦う人間じゃなく、殺す人間だ。
「…すんません、黙さん」
カチリ、と、武装の制限を解除する。
「…やらなきゃ、やられるよな」
「…come on.」




