悲しい歌声
「…」
ルルリエにきて四日目の朝、俺の身にとある事が起きた。
それは、昨日の昼食まで遡る。
相も変わらず、友人の一人も出来ずに昼飯を食べていた。
言語を覚えられるほど長く滞在する訳ではないので、まぁこれでいいかと考えている。
問題は、食なのだ。
神ノ国の食事は、比較的質素な物だ。(ルルリエと比べて)
蘿蔔の漬物や、炊いた粟、鮎が並ぶくらい。
そして、問題のルルリエ食は…。
揚げた豚肉!揚げた小麦!揚げた豆!揚げた馬鈴薯!
出された物は残さず食べようと誓っていたが、腹に重いものをくらってはどうしようもなかった。
料理全てに凄まじい量の油を用いているため、一口食べる毎に胃が悲鳴を上げる。
そして、昼飯というのは頗る大事なもので。
食べないと力が出ない→力が出ず腹が空かない→重いルルリエ食が胃に入らない→食べないと──と、悪循環を生み出している。
学食が合わないと知ったので、昼食を食べに街へと繰り出した。
宵崎さんに相談したら「…分かるよ、僕は未だに神ノ国から仕送りしてもらってる」と真っ白になっていた。
いわゆる、めいんすとりーとと呼ばれる場所には、様々な露店が並んでいた。
が、その凡そ八割が揚げ物!神ノ国人の胃腸とは壊滅的に相性が悪い。
「…お、なんだこれ」
見つけた店の名は、“龍咆”。
いかにも神ノ国っぽい店名ではあるが、なぜルルリエに…と疑問に思っていた。
その日は昼食をそこに決め、龍麺と呼ばれる物を食べた。
蕎麦のようでどこか違うその料理は、普通に美味しかった。
そして、時間は現在へと押し進められる。
鳴渡響、本日三回目の厠。
「…拙い、非常に拙い」
腹を押さえながら、どうにか出し切るのを待つ。
待てども待てども出てくるのは水だが。
一限の時間が朝の九時、現在時刻七時十七分。
そして、腹の水は止まることを知らない。
「…怪しい店のもんなんか買うんじゃなかった…」
グギュルルと、秋実の大渦のような音が腹から鳴る。
ここに入ってから一時間、未だに立つことすら出来ずにいた。
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「…それで、遅刻した。と?」
「…はい」
俺が頭を下げる先にいるのは、宵崎さん以外に唯一神ノ国語を話せる人。
名前をビナーレスさん、ルルリエ語で“美しく咲く花”という意味らしい(本人談)。
「…まぁ、仕方ないよ、そーゆー話はよく聞くからね。これに懲りたら、怪しい店のご飯は食べちゃダメよ」
「…はい、気ぃつけます…」
そうして、遅刻した理由を説明し終わった後、教室へと向かう。
一人誰もいない廊下を歩くのが、こんなにも寂しいとは。
釘刺は元気だろうか、空見は怪我などしていないだろうか。
秋元学長は絶対にぶっ飛ばす。
そうして、俺が人知れず決意を固めた時だった。
眼前から、とてつもない気迫を感じた。
浮かび上がるのは、自身に向けられた百を超える銃身。
そこから今にも弾丸が飛んできそうな、一触即発とも取れる、殺の雰囲気。
全身が粟立ち、本能と理性が逃げろと警鐘を鳴らす。
「la」
そんな気迫を感じた方向から、歌声が聞こえた。
あの時と同じ声が、俺の耳に届いたのだ。
「My beautiful mother, Why are you crying?」
歌っていることは一つもわからない。
だけどもこれは、どこか悲しい歌なのだろう。
歌っている声が、どこか悲しげだった。
「Is the child so frightening and ugly?」
なにか、とても悲しい声だった。
自分を責めるような、そんな声が。
とても聴いてられる物じゃなかった。
「…」
「…Hello, p-person from kanokuni.」
その人は、背に六つの翼を背負った人だった。




