海の向こう
任務も恙なく終わり、俺は帰路についていた。
森に棲みついた赤い狒狒の様な妖が付近に出没し、糞らしき物を撒き散らしていただけだった。
草食だったのか糞があまり臭くなかったのがせめてもの救いだった。
「…これからの予定は…、そういや葬式云々ってどうなったんだ…?」
一人暗い森の中で頭を捻る鳴渡。
一見無防備に見えるが、確かに鳴渡の耳は聞き取っていた。
こちらに、敵意を剥き出しに向かってくる何かの心音を。
「…残り、十歩くらいか?」
ぱきり、と、小枝の折れる音がした。
耳に入る、何か鋭利な刃物が空を裂き飛ぶ音。
屈んでそれをかわし、そんな危険な物を投げて来た阿保を視界に納め、手を構える。
「…誰だ、お前」
「■ ■■■■■■■ ■■■■■ ■■.」
酷く嗄れた声でそれは呟くと、星の様な形が浮かんだ穴がそれの後方に空く。
それが腕を伸ばすと、幾つもの光弾らしき物が俺に向かって飛ぶ。
「■■■ ■■■■■ ■■? ■ ■■■'■ ■■■■.」
「何言ってんのか、分っかんねぇよ!」
迫り来る光弾をかわし、一発入れてやろうと肉薄し、思い切り蹴る。
だが俺の足は、まるで霞でも蹴ったかのように、それをすり抜ける。
お返しと言わんばかりに、俺の顔面に光弾が当たる。
威力こそ高くはないが、それも恐らく手加減している今だけだろう。
ぺっ、と血を吐き、冷静に相手を見る。
話している言語はおそらく神ノ国語ではない。
めちゃくちゃ僻地の方言とかだったらマジで申し訳ない。
そしてあいつの使った術らしき物、俺は、あれを知らない。
特に術に明るいわけでもないが、あんな術系統を見た事も聞いた事もない。
近しい物も、一切知らないほど。
「■■ ■■■■■■■■ ■■■ ■■■■, ■■■ ■■■■ ■■ ■■■■■■■■■■■■」
言葉を話す男か女か分からない奴は酷く淡々と、何か呪文でも喋ってるんじゃないかと思うくらいだ。
だが、少しだけ分かったことがある。
“恐らく、本体は別にいる”。
俺がこいつを蹴っ飛ばそうとしたとき、こいつの心音は跳ねなかった。
達人は可能だろうが、こいつにはそれを感じない。
つまり、こいつは傀儡の様なもんで、操ってる本体が別にいる。
まぁ断定はできないけども。
相手はよく分かんねえ術もどき使い、こっちは狒狒祓ったばかりで疲弊中。
ならば、今俺が取るべき行動は一つ。
逃げの一手よ!
足に音の力を乗せ、思い切り後ろに飛び退く。
枝に着地し、体を翻し思い切り踏み込み駆ける。
枝が折れる音より速く、俺の体は音を越える。
「…あんなのと真っ向勝負なんかするかよ」
森から出れば最悪誰かに気づいてもらえるだろうと考えながら、只管森の東部を目指す。
とりあえず一方向に向かい動き続ければ森からは出られる。
木々を飛び移り、東へ東へと向かう。
ようやく森から抜け出した時には、西陽が差し掛かっていた。
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黒い、日がほぼ差し込まぬ森の中で、男は一人立ち尽くし呆然としていた。
「… I finally found it.」
神ノ国の言葉ではなくルルリエの言葉を話す男は、呆然としながらも、確かに笑っていた。
男は衣囊から書類の様な物を束で取り出すと、それを確認する様に声に出す。
「His name is nariwatari.hibiki nariwatari.」
束をめくりながら、男は微笑み高笑いを上げる。
かと思えば、肩をついてため息を吐く。
「… I can finally return to my homeland.」
男は身を翻すと、空間に穴を開けそれを潜っていった。
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「だからさ!森の中に変な奴が居たんだよ!」
「ひびき、つかれてるんじゃないか?」
「俺もそう思うな、光弾なんか術で聞いた事もねぇぞ」




