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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
赤く、黒く、白い物語。
208/235

“私たち”の最後。

 それは、とても煌びやかな、黄金の様な光を纏って、私達に振り下ろされた。

するりと、肉が抵抗する間もなく、私たちの体を稲妻が襲った。


絶叫、いや、果たして叫べていたのだろうか。

叫ぶ間もなく、塵と消えたのかもしれない。

叫ぶ暇もなく、存在ごと掻き消されたのかもしれない。


“それ”が私たちの意識を刈り取り、そして命を奪うまで。

果たしてそこに、猶予はあったのだろうか?

狐の様な耳と、人とは思えない爪。

凡そ逃げ回っていた人間(鳴渡)とは思えない、渦中へ飛び込んでくる様。


痛みを感じる間もなく、闇に落ち。

死を感じる間もなく、手放した。


漸く、漸く完成した肉体は、ものの数分で塵芥と化した。


「…でも、これでいい」


私達以外存在しない空間で、私達は笑う。

暗闇で、暁闇で、極光で、極彩で。

煌びやかで淀んでいて、汚濁に塗れながら澄んでいる。


泥の様で、水のよう。

火の様で、氷のよう。

樹木の様で、大河のよう。


「漸く、生まれ直すことが出来る」


曰く、完全な生命ではなかった。

曰く、失敗作。


 報告書に散見された、幾つもの食い違い。

幾つもの実験の跡。

そして、見つかっていないNo.1。


報告書の表題は、“恐るべきものについて。”

紙の枚数にして約五十枚強、それを電子に起こすとなると、恐らく三時間ほどのものになるだろう。


そんな長々と、何を恐れたのか。

絶世を極め、出来ぬこと無しとまで謳われた、栄華を誇った研究所が。


ある科学者はこう述べる。

“完成された命というのは、死なないものだ”と。

この一部分のみを切り取り学会では論争が絶えないが、これには続きがある。

その続きが、“だが死に、復活するものこそ真に完成されていると言える”と。


ルルリエでは、“swanpman(入れ替わったもの)”と名を変えてはいるが、未だに論争が尽きない程だ。


 私達は二度死んだ。

そうして二度、完璧に生き返ってみせた。


待っていろ。いつか、いつか。

お前を迎えに行く。


──────────────────────


 目を覚ますと、俺は天童先輩に抱かれていた。

子供の様に泣きじゃくる先輩と、その奥で肩をすくめて何か話している赤い人と黒い人が居た。


「お前すげぇな!あんなモン隠し持ってたのかよ!」


天童先輩の鼻水と涙に塗れた顔を押し除け、俺は“腕を振り下ろした”場所に近づく。

確かにあの時、意識があった。

前の時より突発的じゃなかったのと、何かに覆い被された様な感覚の後、なんとも言えない高揚感があった。


目の前には、俺がすっぽり全身入る様な半円型の窪みと、焦げたような真っ黒な草があった。


「…これを、俺が」


確かに気持ちよかった。

妖を祓う時とは違う、根本的に違う快感があった。

そして、“それ”の最後も、鮮明に焼きついている。


笑っていた。

防げたであろう爪の攻撃を防がず、その身に受けて笑っていた。


たまらなく気持ち悪かった。

生き物にあるはずの、“死”への忌避がないように感じた。

まるで、死すらも計画の一部のような──「鳴渡〜」


「はい!」

「…ま、“初任務”にしてはよくやったでしょ。先輩からの花丸を贈呈しよ〜う!」


そう言い、天童先輩は俺の頭をわしゃわしゃと撫でくりまわす。

なんとも言えない顔をしていただろう。


「で」


朗らかな雰囲気から一変、十傑仕事形態に移った天童先輩は底冷えするような声で赤い人と黒い人に話しかける。


「あんたら、誰?何?」


あんたらがあの怪物起こしたの?と、詰め寄るような声を雰囲気で赤黒二人を威圧する。

その状態の天童先輩は、昔見た蛇の奴に似ていた。


「…なんと説明したものか、なぁ?」

「私は疲れた。お前がやれ」


黒い人が座り込むと、寝息を立てて寝てしまった。

赤い人が青筋を立て、片方の口角を上げながらため息をつき、武器を地面に刺して話し始めた。


「私は、カレン。カレン・サカザキ。この黒いのはシフ。シフ・ファーレル」

「シフ?神ノ国の人間じゃないな?ルルリエか?」

「知らん」


天童先輩の目がいっそう鋭くなった気がした。

纏う雰囲気はもはや室呂先輩に比肩するだろう。


そうして、天童先輩による尋問が始まった。

だが、どんな質問も暖簾に手押しというのがぴったりで。


その場は結局異常な霊力を感知した国の術士が来て終わったが、どうもしこりが残るような終わりだった。


──────────────────────


 なんやかんやであの事件から七日が経った。

シフさんとカレンさんは未だあそこで研究に勤しんでいるらしい。

あの事件の終わりとしては、まあ淡白なもので。


神ノ国のお偉いさん、それも一番上の人が来てこう言った。

「今回の事件、どうか公にしないでほしい」と。

その姿に天童先輩は正に豆鉄砲食ったように驚いていた。

…俺はあんまりその人のこと知らなかったけど。


そうして、凡そ三日に及んだ妖探索も、あっけなく幕を閉じた。

結局妖は確認できず、依頼人はあの赤か黒か白という事で片づけられた。


だけど。

どうも納得が出来なかった。


黄色い柵状の物で遮られた、施設への道。

立ち入り禁止と仰々しい文字でか書かれたそれと、そこから少し離れた位置にある、俺が作った半円状の窪み。


「…」


あの時感じた、違和感。

生物なら持ち合わせているはずの、“死”への忌避。

死にたくない、まだ生きていたい…そんな願いが感じ取れなかった。


ふと、足元に紙切れが落ちている事に気づいた。

それは断片的な物で、内容は分からず、分かったのは表題と、書かれたであろう日付。


「…“ついに成し遂げた”?」


微かに見える日付には、ルルリエ語が一文字と、数字が書かれていた。


R.8。


意味はわからない。

何を意味するのか、これがなんなのか。

全てが分からないが、“何か嫌な予感がした。”


俺はその紙を燃やし、このことをさっぱり忘れる事にした。

そうでもしないと、何か巨大な恐怖に押しつぶされるのではないかと、怖かった。


──────────────────────


 報告書(かこへのてがみ)No.■■■■ R.8

“ついに成し遂げた。”


ああ、私たちは成し遂げた。

遂に完全な生命として、産まれ直すことができた。

   

   私の運命の人。

なぁ、私の可愛い子。

   私の愛しいお人。


いつか、貴方を迎えに行きます。


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