“私たち”のお話。
赤い閃光が肉体を切り刻む。
黒い稲妻が私たちを切り刻む。
視界も、音の聞こえる方角すらも真逆になった。
癇癪を起こした子供のように、化け物は腕を振るう。
泣き喚き、のたうちまわり、暴れ回る。
体の主導権をほぼ奪われ、何もできないのを、化け物は泣き呻く。
理性など当に消え失せ、ただ一つの目的を達成する為、化け物は生きる。
「──オ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!」
化け物が天高く吼えると、切り刻まれ飛び散った肉体が呼応し、一つの刀となる。
それは偶然か、鳴渡の中にいる神の刀に似ていた。
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彼の記憶を見た。
暴力を振るわれている彼を見た。
不当な扱いを受け、誰一人として信じられない頃の彼を見た。
彼の姿を見た。
常に痣があり、幾つかの場所の骨は折れていた。
幾つもの切り傷と、皮が剥がれた様な跡があった。
彼の根幹を見た。
それは殺戮から始まり、終わることのない怨嗟に埋め尽くされている。
涙を流すという機能を喪ったように、彼はただ笑っていた。
彼の周りを見た。
気に食わないからと彼に暴力を振るう男がいた。
彼を無視し、あまつさえ彼を裏切った女を見た。
幾つもの彼を見た。
死に、不随となり、怪物と成り果て、人格を削ぎ落とされ。
時には殺され、死体でもって愛され。
救う方法を探し、ようやく至った。
私達こそ、彼を救えるのだと。
私達こそ、彼の隣に立つに相応しいのだと。
『──えぇ、これこそ』
『新たな、“私達の誕生”です』
私達こそ、彼を外敵から守れる唯一の存在なのだから。
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それは白い光を纏って、天から注ぐ光を一身に浴び、成った。
それはもはや不定形ではなく、まるで一人の人の様に、手足を持ち、地上に降り立った。
「私たちは、生まれ変わったのです」
身の丈三倍ほどの太郎太刀を背負い、地に足をつける様は酷く様になって。
「これで漸く、貴方に会える」
それは目を閉じると、左右からの斬撃を躱し、お返しにと太郎太刀を振るい辺りに斬撃を飛ばす。
ぐるりと振るわれた太刀は円を描き、黒と赤に致命傷を負わせてみせた。
「逢瀬の前に、邪魔者を消すとしましょうか」
それは人とは思えない笑みを浮かべ、闘いを楽しんでいる。
それは漸く、人になれたのだろうか。
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『いいかい、響くん。君に幾つかの秘訣を教えよう』
俺は一人、ここに来る前の学長からのありがたい教えを思い出していた。
『君はまだ術士としては卵だ。一人でなんでもできるという考えは捨てなさい』
『それに、君の周りには幸か不幸か強者が何人もいる。彼彼女らを存分に頼るといい』
恥なんて言ってる場合じゃない。
次の瞬間には俺が死んでいるかもしれない。
山の主なんて比じゃないくらいの危険なんだ。
「頼んました!天童先輩!」
大声で叫ぶと、遠くの方から任せな!と少し耳鳴りがするくらいの音で返された。
音の力を足に乗せ、一歩踏みしめるごとにそれを爆発させる。
すると音の速度までは行かないが、まあまあ速く移動できる。
「室呂先輩とは連絡取れないし、龍笠の奴は未だ海外だし…」
足りない頭を必死に働かせ、今できる最高を考える。
光明をどうにか掻き寄せ、一つ二つと答えを探す。
あら、楽しそうやねぇ。
頭に反響する、声。
それは波のように揺れ、俺の意識に覆い被さる。
「…大嶽の阿保がやっとるし、ま、ええでしょ?」
金髪、九つの白い尾、赤い瞳、長く伸びた犬歯。
鳴渡が本来扱えない、雷の術式。
バチバチと弾けるそれを、弄ぶように鳴渡は天へと打ち上げる。
「さ、力を貸したげる。響くん」




