黒く、白いお話。
報告書No.89
未曾有の災害、“エリア1”について。
エリア1は、すべての研究室の始祖であり、■■に存在した研究施設です。
少ない人員ながら優秀なエージェントや研究者を産むことから■■の中枢を担う場所でした。
また、その性質から多量のキュカルスの発生、作成場所でした。
確認が完了している限りでも、エリア1は千年を遥かに超えて存在していました。
エリア1は、大凡五百年まえ、観測可能な時間軸その全てから忽然と姿と記録を残し消滅しました。
現在では神ノ国に一部の施設が観測されています。
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ニグラナがあの三首犬を消した後、俺はニグラナに首根っこを掴まれながら移動していた。
人間に叱られ、移動させられる時の猫のような、手足を振るい、逃げ出すことも出来ないから、猫以下かも。
「…」
そして、三首犬云々から既に体感一時間ほど経過しているのに、首根っこ掴んだまま何もしないニグラナ。
相変わらず何考えてるのかわからない仏頂面に、心音を発さないその体。
手足の感覚が無くなってきた頃、それを待っていたかのように、ニグラナは人間で言う胸のあたりに大口を開け、俺をそこに放り込んだ。
手足を動かす度、抵抗を感じる。
生暖かく、自然と眠くなるような。
「…な」
だが最後の理性が、目を閉じてはいけないと警告を発する。
感じたことのない、“優しさ”と言うものを物体にしたらこういうものなのだろか。
春の日差しの、あの眠くなる感じ。
夏一歩直前のような、様々な生物が色めく時期。
「…おまえは、私たちが守る」
とても、ねむい。
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過去を見た。
鳴渡の過去を。
鳴渡が今よりとても幼い頃、親を殺された事。
そのせいで、鳴渡の思う“まともな人間”というものから外れてしまった事。
そして今も、とても辛い訓練で自らを痛めつけている事。
それでしか自らが生きている理由がわからないから。
研究員たちの中には、自らの命よりも研究が大事な奴がいた。
鳴渡は、それなんだ。
自らの命よりも、“蛇”と言う組織を潰し両親の仇を取ることが、何よりも最優先になっている。
守らなくては。
雛鳥を守るのは、親鳥の役目だ。
赤子を導くのは、親の役目だ。
護らなくては。
厄災から、全てから。
鳴渡を危険に晒す、その全てから。
執着して何が悪い。
子を大切に思わずして何が親か。
「…“ここ”は、安全だからな」
今の私は、母たり得ているだろうか。
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ゆめをみた。
金色の野原で、私はただ空を見ていた。
ルベリノも、ニグラナも居なく、ただ私一つだった。
ゆめをみた。
恐ろしい暴力が吹き荒れ、金色の野原は焼け爛れた。
私はそこで、ただ何かを待っているようだった。
手の内には、金色の花弁が握られていた。
夢を見た。
太陽が百度沈み、月が百度昇った頃、野原は海原へと姿を変えた。
私は小舟に乗り、ただ波に揺られていた。
けれども、金色の花弁は確かに手の内にあった。
■を■た。
自己を失い、ただ無から無へと移り住み、人を食らう化け物へと成り下がっていた。
赤い影も、黒い影も、どちらも私の側になかった。
金色の花弁は、色を失い始めていた。
恐ろしい夢を見た。
何もかもが、手のひらから、体からすり抜けていく。
赤い力も、黒い力も。
最後に残った、金色の花弁が宙に舞った時、私は崩壊した。
「…金色の、花弁」
その正体が何であるにしろ、私は、私の何かが、それを失う事をひどく恐れている。
何億と生きたこの体と、この記憶が、初めて失う事を恐れている。
「…まさか、ですよ」
私は馬鹿馬鹿しくなり、宙に寝転がる。
現実から逃げるように、さらに苛烈な夢へと落ちる。
あぁ、どうか、夢から醒めませんように。
これではまるで、人間のようではないか。
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銃を磨きながら、目の前に捕えた三人の様子を見張る。
一人は十傑第三席、稲月鈴。
二人目は神園学園教師、弁財紫煙。
三人目は鳴渡と同じく二年、多々良凛。
「…なぜ、一人増えたんだ」
簀巻きの状態で三人は俺に抗議してくるが、全て聞き流しただ銃を磨く。
「…七日やぞ!?もう七日も帰って来とらんのや!初任務で、それもまぁまぁな近場で七日は有りえんやろ!」
「…稲月の言う通りだ、何かあったからでは遅い、既に何かあったのかも知れない、私は教師としてあいつの面倒を」
「縄解いてください!私は一刻も早く響に会わないといけないんです!」
三者三様ながら、要点は同じだ。
ようは鳴渡が心配なのだろう、まあ少し過剰な気もするが。
「…鳴渡なら心配は要らん。既に一人向かわせている」
俺がそう口に出すと、ようやく三人の間に静寂が訪れる。
磨き終わった銃を置き、三人に向き直ると、三人ともが頬を膨らましていた。
「…天童が向かっている、何かあれば俺に連絡が来るしな」




