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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
赤く、黒く、白い物語。
196/236

とても黒いお話。

報告書No.125 βとNo.589の邂逅について。

著.code3_ケイン


いつもの通りにβの脱走を尻目に書類を整理していると、廊下で耳が吹っ飛ぶほどの爆発音がして、急いで廊下に出た。

出勤中の研究者は当時僕のみで、その時のことを報告書に記す。


午前7:23頃、出勤のタイムカードを打刻し、席について幾つかの書類を纏めた。

具体的にいうならNo.809とNo.596の物。


午前10:46頃、書類もひと段落し、自販機にカラフを買いに部屋から出た。

これは上層部に打診だが、いちいち無菌室を通る必要はあるのだろうか?


午後0:24頃、日課(けんきゅう)の為、幾つかの非常生命を調べていた。

この時、喧しくブザーが鳴り、βが脱走したと考えられる。

結構日常茶飯事だから、その時は無視してた。

実際、No.85よりはマシだから。

エージェントも碌にいなかったから、鎮圧もできないだろうと考えた。


午後2:41頃、No.23の収容室で情報収集中、またもやブザーが喧しくなった。

βは自分では部屋に帰らないから、別の存在が脱走したのだと考えた。

No.23の収集を急遽終わらせ、伝達室に急いだ。


午後3:00、伝達室に着くと、黄色室(イエロー)を指して警報が鳴っていた。

エージェントはいるものの、自分には命令権がなかった。


午後3:30頃、題にも記した通り、βとNo.589がかちあった。

数分ほどは589も尻込みする様にβを避けていたが、業を煮やした様にβに飛びかかり、爪で引き裂いた。

βはそれを何事も無いとばかりに受け止めた。


午後4:00、その時刻きっかりに、爆発は起こった。

No.589は、何も残さず、消え去った。


黒く蠢くそれは、No.589を“喰らった”。


──────────────────────


 何の気の迷いか、俺は目の前の黒い水溜りに話しかけている。

こうでもしていないと、気が狂う程にここは静かすぎたからだ。


「で、挨拶は大事だから…」

「挨拶、大事」


この作業は、何気に楽しい。

話が通じ、すぐに飲み込み学習する何かとの対話は、意外にも苦がない。

俺の住む部屋の五倍くらい広い部屋で、そこの半分を埋め尽くす黒い水溜り。


「…なぁ、水溜り」

「なんだ?鳴渡」


…俺、名前教えた覚えは無いんだけどな。

あの時弄られたのかな?


「お前、名前とかあんの?」

「名前?…べーた。」


どうやらこいつにも、あの本やさーべるの様に割り振られた名前があるらしい。

べーた…ベー坊とか呼ぼうかと考えていると、目の前の水溜りから刺すような雰囲気を感じたので、ひとまずそれはやめた。


「でも…いっこ、ある」

「名前か?」


黒い水溜りは大きく唸ると、鋼鉄製の看板を吐き出す。

そこには、読めない言語で何かが書かれていた。

恐らくルルリエ語でも、神ノ国古語でもない。


「“ニグラナ”。名前だ。」


恐らく看板に書かれている文字を読んだのだろう。

黒い水溜りは一際大きく唸ると、一層を広がり、俺の足元にまで広がる。

靴のつま先に黒い水溜りが触れると、悪寒が体を走る。


理性より先に、本能が動いた。

所謂、考えるより先に体が動いた、というもので。

気づけば、唯一の扉に走っていた。


「…mhfdqtmnか、xtqtrzmyn?」


足に、黒く粘りとしたものが纏わりつく。

それは俺の足を掬う様に動くと、俺を飲み込まんととても遅く近づく。


「やっぱり、nlzdqzは、そうだ」

「…あ?」


黒い水溜りの表層が、沸騰する様に泡立つ。


「…不完全な、生命のjtせに」


黒い水溜りが砂山の様に盛り上がっていく。

       

「…私たちに、■■■■■■■■せに」


盛り上がった部位が弾けると、中から人間を模した様な姿の何かが現れる。

何かを間違えたのか、人間の上半身だけを真似、足に当たる部位は未だなお黒い水溜りのようだ。


「…私は、“ニグラナ”。私は、ニグラナ。私は、β」

「…何言ってんだ、お前」


言い終わる前に、ニグラナと名乗った黒い粘体は俺を腕で掴む。

俺の胴体を片手で持てるほどの巨体は、前に祓った妖を思い出すほどだ。

あいつは爆発する直前の鯨の様だったが、これは違う。

異常によって大きくなっているのではなく、そもそもが大きいのだ。


「…人間の姿は、いいな、よく出来ている」

「………そりゃどうも?」


ニグラナは俺の頭をもう片方の手で鷲掴み、こねくり回す様にする。


「こうすれば喜ぶと、奴らは言っていた」


脳みそを掻き回された様な感覚に陥り、前後も上下も分からなくなるほど、世界が回っている。

昔、親父にされた事を思い出す。

あの時は、俺もまだ赤ん坊だったか。


「…どうした、喜ばないのか?」

「喜べるか!死ぬかと思ったわ!」


腕に一発蹴りを入れるが、相手はほぼ粘体。

蹴りが通じるはずもない。


「…強情だな。お前は」


話の通じなさに、辟易としていると、俺は漸くここにきた目的を思い出した。

…忘れていた訳ではない。断じて。


「…ニグラナ、妖って見てないか?てか妖知ってるか?」

「妖は見てないぞ。お前の記憶をのぞかせてもらった」


何勝手に人の記憶を見てんだと思ったがそれどころではなかった。

ニグラナがあの依頼を出したのではないとすると、まだ別の何かが、知性を持った何かがここにいることになる。


「…」


今から邂逅するであろうそれに、俺は嫌な予感を覚えた。

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