白いお話。
実験結果No.455 file.実験体■への対処法。
実験体■は我々人間の言語をほぼ理解している様子を時折見せる。
また、人語もいくつか発しており、それは赤子の話す喃語の様な今と形のない言葉であり、危険度、収容状態の引き上げが検討される。
実験記録No.250 case2■が外因で起こった崩壊について。
常に宙に浮き目を開かない■だが、過去に地に降り目を開いた事がある。
■の足が触れた箇所は捻じ曲がり、■の視線上の物は塵と化した。
また、危険性の観点からアシラファの研究所に移行が思案されたが、却下された。
XX28年6月28日追記、■■研究院の死亡を以てアシラファの研究所は破棄された。
実験体報告書No.※検閲済み※
内容を確認するにはレベル■以上の■■アラン■が■■となり■■。
※検閲済み※は度重なる修正を経て、削除される運びになりました。
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かつて、まだこの星に何も無かった頃。
そこには、燃えているだけの星があった。
生物の気配は無く、有機物、無機物等の存在も無い。
そんな星で、我らは産まれた。
今より凡そ、149億年程前の事だ。
私以外の二つは、自己を得るのが遅く、多くの事を私一人で行なっていた。
白い力で、星を漂白し、生物を描いた。
白い力で、自らを守る殻を描き、何億年もの眠りについた。
そうして、今日に至る。
あの二つの命も、無事に今日を生きているらしい。
「──とても、とても喜ばしい」
空中に指を這わせ絵を描く。
あの化け物と戦ったのがつい最近の様に思い出せる。
「何故、今になってここを訪れる者がいる?」
私の前で無様に倒れる男を尻目に、私は独白を続ける。
廃棄され、何年も捨て置かれたここに、今更奴らが戻ってくるとも考えづらい。
「──ああ、もう殺してしまおうか」
手で施設の壁に触れてみせる。
鉄が無理やり捻じ曲げられるような音を立て、壁は跡形も無く消えた。
私が扱える力は、浄化。
物体の“罪”を洗い流す力。
原初より、罪というものは多岐に亘り畏れられてきた。
怒り、怠惰、嫉妬、強欲、悪食、傲慢、そして、色の欲。
私は、その全てを洗い流す為に産まれたのだ。
罪を織り重ねた物は、何であろうと罪深い。
人は最たる例だ。
生きているだけで動植物を汚し、あまつさえ人同士でいがみ合う。
「──だけども」
私は、そんな人間が好きだ。
生物として不完全な人間が好きだ。
醜く、汚く、浅ましく、愚かしい。
そんな、人間が、君達が大好きだ。
「今は、殺さないよ」
これに興味が湧いたから。
そんな完璧じゃない理由で。
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「…っ!?」
何かに頬を撫でられた気がし、咄嗟に飛び起きる。
耳を澄ますが、聞こえてくるのは近くを流れる水の音のみだった。
壁を見ると、一部分だけ激しく殴られたように凹んでいた。
…物音で目が覚めなかったのは、耳が遠くなっているという事なのだろうか。
「…てかよく俺螺旋階段で寝れたな」
案外眠る事においては凄いのかもしれない。
でもそんな才能いらない…。
「…?あれ、水飲み干さなかったっけ」
立ち上がると、水筒の中の水が揺れ、音を立てる。
飲み干したと記憶していた水筒の中は、透き通った液体で満たされている。
「──ふぅ」
上を見、息を吐く。
早鐘を打つ心臓を少しでも落ち着かせようと、脳を必死に回す。
俺は、いまだに碌な依頼もこなしていないが、直感的にわかっている事がある。
この先には、神無月先輩よりも、弁財先生よりも、恐ろしい者がある。
「入るか〜…嫌だ〜」
第三層、赤い蛍光灯が照らす場所に。
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■■研究員の日記
恐ろしい物を見た。
あれは、人智の及ぶ物ではない。
人が手を出していいわけがなかったんだ。
あれに、先輩が消された。
あれに、半分の研究対象が消された。
あれが、■■であるものか。
あれが、完璧な生命であるものか。
あんな、破壊の権化が。