互いに似ずに、互いに似る
剣戟の音が響く中、一組の男女がまるで踊るように戦っていた。
何かに焦るように、何かに急かされたように、互いの刀を、力を打ちつけあっていた。
「やるのう!」
片や、先の対校戦にて大将を務めた中標康隆。
片や、その前の対校戦にて大将を務めた神無月雅閃。
所謂学生と呼ばれる様な歳ながらに最強の二文字を擅にする二人が。
多量の汗をかき、互いの刀を打ちつけ合う。
神無月は兎も角、中標の脳内、思考の中では、対校戦終了時に聞いたとある一言が脳内にこびりついていた。
曰く、何か地下へ続く道のようなものが森の中にあった。
曰く、鋼鉄よりも硬い物質で構成されており、容易には破れない。
現に鳴渡の中に居た大嶽ノ命の斬撃ですら、それに傷をつける事能わず。
それ程までに、何かを封印しているようで。
その場にいた全員、四学園の長に至るまで、そこに何があるのか知るはずもなかった。
一先ず人の立ち入りを禁じ、どうにか事なきを得たそれも、“現在”の中標にとっては些事にもならなかった。
あの時の、あの一撃。
中標は、人知れず笑っていた。
あの死に体となっていた彼の中にいる何かに、とてつもないワクワクを感じていたから。
一太刀で地を裂き、天を割ったあの斬撃。
一薙で森の半分の木々を切り倒した神の如き所業。
あれを、“目指す所”だと直感した。
何万回と刀を振り、何千回と獣や妖を掻っ捌いて尚、上があるというのは、楽しいものだ。
「なぁ、おまんもそう思うじゃろぅ!?雅閃ぁっ!」
刀一本で神無月へと突貫する中標はひどく楽しげで、まさに“この瞬間が永遠に続けばいいのに”という台詞がとてもすんなりと当て嵌まるようだ。
それに対し、横目ながらに突貫する中標を見やる神無月は、ひどくつまらなさそうにしていた。
踊るようと称したそれも、よく見れば刀を振るわけでもなく、中標の刀撃を逸らし、受け流しているだけだった。
何を言うわけでもなく、ただため息を吐く訳でもない。
だが、神無月の中には無念の気が、まるでしこりのように残っていた。
こんなにも、こんなにも。
こんなにも呆気なく、彼は終わるのか、と。
思えば、前回彼と会った時も、彼は怪我を負っていた。
それこそ、翠泉の植物や薬が無ければ治らない程度に。
万が一の想定を兼ね、億が一の想定を兼ね、森付近で待機していたのは良かったものの、結局は中途半端に沸き続ける妖を狩るだけにとどまってしまった。
刀を振る手には力が入らず、脳は思考の速度を落とし続ける。
肌に一つの太刀傷がついた時、漸く体のうちが湧き上がる。
「ぅおっ!?」
振るう、振るう、振るう、振るう、振るう。
「…煩え」
邪魔な思考を断ち切るように、刀を振るう。
そうだ、あたしにはこれだけあればいいんだ。
何も考えず、ただ刀を振るう一つの炸薬として。
何かを救おうとせずただ刀を振るう一つの嵐として。
戦いを楽しむ機械として。
ただこの時を伏して待つ。
「…ありがとな、康隆。お陰で吹っ切れることができた」
「…?おう。感謝は受け取っとくが…」
右足を僅かに前に擦り出す。
腰を屈め、愛刀を引き手に構える。
そうして、思い切り振り抜く。
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かつて、といってもまぁ二年前ほどなんじゃが。
“神園の第一席が大妖を一太刀で切り伏せた”と言うのを聞いた。
曰く、自らと同じくらいの大太刀を振るう。
曰く、術を使わず、大太刀のみで戦う。
そんなのが、俺以外にいるものか、と当時は思っとった。
渦巳さんに招待状を貰い、実物を見るまでは。
あれは、人間じゃない。
足りない頭なりに、その考えが過ぎったわ。
一眼見るだけで、“立っている位置”が違う事をまざまざと分からせられた。
顎が震えた。歯が鳴った。冷や汗が止まらんかった。
それから、今までの何倍も何十倍も鍛錬に打ち込むようになった。
刹華には「死ぬ気ですか!?」と怒られたこともあったのぉ。
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俺が立つ、僅か一歩半左に、その跡は残された。
「…外したか」
「当てるん気だったんかワレぇ!?」
無論だ、と平然と言ってのける神無月に、何故か笑いが込み上げる。
爆笑というよりかは、乾いた笑いだったが。
「…悩みが吹き飛んだ。付き合って貰い感謝する」
「…なんか不服じゃが、礼はきっちり貰っとくからのう!」
おう、貰っとけ、と宣う神無月がおかしく、乾いた笑いではなく爆笑してしまう。
「なにが可笑しい」
「…ひーっ、いんや、おまんも思ったより人間なんじゃな!」
その発言に何か引っ掛かることがあったのか、眉間に皺を寄せ、納刀した大太刀に手をかける神無月。
手をかけた瞬間、中標はとても綺麗な土下座をしていた。
それに毒気を抜かれたのか、神無月は大太刀から手を離すと、何事もなかったようにその場を去る。
「…い、生きた心地がせんかった……」
この件とは一切関係ないが、中標は無断で学園を抜け出していた為、刹華に酷く怒られたのはまた別のお話し。