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妖蔓延る世界のお話。  作者: 書き手のタコワサ
妖蔓延る世界のお話。対校戦準備編
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嵐の前の静けさ

 目が覚めると、何処か知らない部屋にいた。

俺の記憶じゃ、療局がこんな感じだったろうか。

なぜか手足は全く動かなくて、漸く首を少し動かし、俺は自らの体を見た。


そこにあったのは、夥しい量の点滴を打たれ、、包帯に巻かれた自分の体。

今時ルルリエの映画でも見ないような手当てだった。


「…!?」


痛っっっってぇ!!

驚いた体の動きに包帯が引っ張られ、筋肉が突っ張り、それが凄まじく痛い。


…てか、なんで俺生きてんだ?

記憶が確かなら、土手っ腹に風穴空いてた気がするんだけど。


何処か拭えない違和感を抱きながら、俺は辺りを探ろうと目を閉じ、耳を澄ませる。

聞こえてくるのは、とても遠い所の喧騒、約二十個の心音。

それと、絡繰の駆動音。


目を閉じて辺りを探っていると、扉が音を立てて開く。


「お、思ったよか元気そうだな」

「よ!ひびき!」


扉の向こうには、釘刺と空見が立っていた。

釘刺は何かが入った籠を持って、空見は右手を挙げて。


「釘刺!空見!一月ぶりくらいか?」


そうだな、と返し、備え付けの椅子に腰掛ける釘刺。

空見も椅子に座ると、籠の中に入った果物を取り出して皮を剥き始める。


「〜♪」

「…釘刺、こういうとこって果物いいんだっけ?」

「ま、特例で許可降りたんよ、そもそも持ち込みが禁止だしな」


鼻歌を歌いながら和やかに林檎の皮を剥く空見と、包帯に巻かれた俺をつつく釘刺。

なぜか、視界が酷く歪んだ。


それが涙だと気づくのに、少し遅れ、釘刺に涙を拭われた。

…俺の体じゃ涙も払えないのか。


「りんご、むけたぞ!」

「お、こりゃあ将来は神ノ国一番の果物剥きかもな!」


そう釘刺が空見を茶化すと、空見はそれを間に開けて更に果物を剥き始める。


「…そういや、なんで俺ここにいんの?」

「響、とうとう記憶まで…」


泣き真似する釘刺に少し、ほんの少しばかりムカつくが、そういやこいつはこんなだったな。


俺と釘刺がふざけ合っていると、刃物と林檎らしき何かが地面に落ちる音がした。


「ひ、ひびき、お、おれのことおぼえてるか!?」

「…大変だー、響が記憶喪失になっちゃったー」


…この野郎、体が治ったら真っ先にぶちのめしてやる。

そんな決意を心に決めながら、空見を慰めていると、聞き慣れない足跡が耳に届いた。


「…見舞いに来たが、要らん心配だったようだな?」


既に開いていた扉の位置には、室呂先輩が仁王立ちしていた。

手には何か小包を持って、相変わらずの表情を一つも変えない真顔で。


「…室呂先輩」

「まずは、よくやった」


威圧的な足音を立てながら、釘刺と空見とは逆側にくると、小包が俺の顔の横に置かれる。

小包を置くと、室呂先輩は少し笑みを浮かべ鼻で笑いながら部屋から立ち去ろうとする。


扉の前で立ち止まると、室呂先輩はこちらに向き直り、俺を睨みながら話し始める。


「…神園学園は敗北した。最後の一騎打ちに敗北してな」

「…そうっすか」


そうだろうな、と心の中で思っていた事を言語化され、漸く腑に落ちた。

後半の記憶が一切無いのはよく分かんないけど。


「…ひびき、おこられてるのか?」

「いんや?多分あれは事後報告的なやつじゃない?」


ふーん、と返す空見と、のほほんとした雰囲気の釘刺。

そしてそれを冷ややかな目で見る室呂先輩。

その間に物理的に挟まっている、俺。


右は暖かく、左は極寒。

中間が取れてない…!


「…それと、最後に」


室呂先輩が咳払いし、どうにか場の雰囲気を戻すと、俺を睨みながら話し始める。


この人、これが普通の顔なんだろうか?


「退院、怪我が治り、充分万全に動けるようになったらここに連絡しろ」


そういい、室呂先輩は数字の書いた紙切れを目の前に置く。

書かれている数字にも、ましてその連絡先にも、全く既視感は無かった。


「…それと、どこから情報が漏れたかは判らんが、お前に一つ依頼が届いている」

「俺に、ですか?」


室呂先輩は首を縦に振る。


「ま、そんなとこだ」


音が無くなった空間に、室呂先輩の履く革靴の足跡がやけにこだまする。


俺の頭の中は、初めて自らに届いた依頼のことで満たされていた。


「…俺は帰るが、釘刺、空見。お前らは?」

「いんや、もうちょい居ますわ」

「おれももうすこしいることにする!」


室呂先輩は何か思い詰めたような表情を一瞬すると、すぐに元に戻って部屋を後にする。


室呂先輩の靴音が聞こえなくなると、漸く釘刺はいつもの雰囲気に戻る。

空見は未だ緊張しているのか、泣きかけているが。


「…室呂先輩、な〜んか雰囲気おっかねえんだよな」

「わかるぞ、ぎし。おれもあのひとにがてだ」


とまあ、釘刺の本当なのか嘘なのか絶妙に分からない話も、それに本音で乗っかってしまう空見も。


これも、俺にとっては“いつもの日常”なんだろうか。


「…ひびき、ないてるのか?」

「え?」


知らずのうちに目から溢れていた水が、包帯に巻かれていた右腕を濡らしていた。


「ど、どうしようぎし、ひびき、ないてるぞ?」

「…そんじゃ、俺らも退散しますかね」


そういう釘刺と、それを止めようと躍起になっている空見。


その光景を見て、とめどなく涙が溢れる。

俺、こんなに涙脆かったっけ。


「空見、帰るぞ〜」


空見をひょいと持ち上げ、釘刺は部屋を後にする。

担がれている間も空見は抵抗していたが、次第にそれも弱まり、ついに観念して諦めたようだ。


「…またな、ひびき」

「…おう」


抑揚のない声ながら、俺を心配していることはわかった。

それが、更に俺の涙腺を刺激する。


「…こういう時は、あれだ。寝よう」


体を寝台に預け、涙で汚さないように上を向く。

十分足らずで俺の意識は睡魔に刈り取られ、真っ暗闇に落ちていった。

今年も『妖蔓延る世界のお話』をご愛顧、ご愛読いただき誠にありがとうございました。

来年度もどうぞよろしくお願いいたします。


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