賢しい者ども
突然だが、私は曲がったことが嫌いだ。
私の持ってる武器はめちゃくちゃ曲がっているが。
曲がっていることがというよりは、真っ直ぐじゃ無いもの、という方が正しいかもしれない。
性根の曲がったもの、これはその中でも群を抜いて嫌いなものだ。
これでも、実は刹華家は政と色々と縁の深い家なのだ。
能や舞、つまるところ、“神楽”を生業にしていた為、まぁつまりお国の偉い人達、とも色々とあったんだ。
今思い出すだけでも腑が煮え繰り返りそうだ。というか煮え繰り返る。
「…お前の事だよぉ!」
「!?な、何のこと!?」
…まずい、今戦闘中だったのを忘れかけてた。
これは後で叱られてしまうかもしれんな。ふふ。
閑話休題。
幼い頃から能に明け暮れ、体に幾つも鞭打たれ。
それでも私は能に一筋だった。
それでも、そんな、親にすら気狂いと呼ばれ、捨てられた私でも。
『キッツイなら、逃げでもええと思うんじゃがなぁ』
口元が緩む。
あの日、あの時、あの場所で、あの空間で。
あの言葉で私は、救われた。
剣を持つ手に力が入る。
目の前のこいつに、七倣真に、負けてなんていられないんだ。
「葦流蛇腹剣操術『三首大蛇』!」
地を這い、三首の大蛇が敵を絞め噛み殺す。
葦流の中で、私が最も得意とする蛇腹剣の技だ。
これを初見で、それも真正面から防げたのは流命の大将くらいだ。
「…『我が肉体は鋼の如く』!」
七倣真がそう唱えると、真正面から三首の大蛇を受け止める。
岩石すらも粉々に砕く三首の蛇を、その顎を受け止める。
煙が晴れ、残ったのは。蛇腹の剣を構える刹華と、脇腹から夥しい量の血を流す七倣だった。
七倣の脇腹には、二つの牙の跡があった。
葦流蛇腹剣操術の一つ、三首大蛇は名前から何まで全てが嘘である。
三首と言いながら、実際の首の数は五つ。
大蛇と謳いながら、その実態は蛇よりは竜に近い。
葦流とは、その全てが嘘である。
そも葦流は、所謂“対戦場”に重きを置いた流派。
一対一の戦場が何処にあろうか。
決闘?“そんなもの、遠くから狙撃して殺せばいい”。
達人同士の死合い?“何か食にでも当たったことにして毒殺でもすればいい”。
葦流に、誉などない。
勝てぬ戦に価値はなく、勝てない兵に価値はない。
ならば。
勝てぬ戦を勝てる戦に、使えぬ兵はせめて特攻用に。
誉で勝てる戦など、誉を失くせばより勝てる。
刹華京理は、自らを殺し続ける。
曲がった事が嫌いな自分が、唯一誇れるモノが、これなのだ。
勝つために。勝つために。
あいつの隣に、相応しくあれるように。
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脇腹からドクドクと流れ出る真っ赤な血を見ても、何処かアタシは冷静だ。
この冷静さが、アタシをアタシたらしめているから。
“禿鷲のような事ばかりしやがって!”
アタシは、室呂程理知的な思考はできない。
二位ほど自由に好き勝手出来るわけでもない。
そして、神無月ほど、強くない。
でも。
アタシは、あの四人の命を預かっている。
だから、負ける訳にも、諦める訳にもいかない。
胸の内に沸るのは、真っ赤な、真っ赤な炎。
あいつらを守り、無事に学園に帰す。
「…『七倣真は傷を負っていない』」
急激な速度で、脇腹の傷が修復される。
アタシの術は、完璧じゃない。
言霊術、アタシも昔は考えたが、『お前は死ぬ』とか言うとホント一気に霊力を持っていかれる。
──それこそ、それを言ってから丸々一年は術が使えなかったからね。
傷を負っていないと言っても、別に疲労は蓄積したままだし、それに更に疲れる。
とりあえずの応急処置…と言うには全く釣り合ってないんだけどね。
向こうも、刹華ちゃんも何やら覚悟が決まったような顔をしてるし、おそらくこれが最後になるから…。
「…待たせた?刹華ちゃん」
「ちゃん付けするな。待ってやってたのは先ほどの非礼を詫びるためだ」
そう言うと、刹華は腰を曲げ頭を下げる。
やりにくいな、と思う七倣であったが、ならばと一つ、思い切り刹華を蹴り飛ばす。
これでチャラね、とでも言うように、七倣は親指を立てる。
その様子に、つい笑みが溢れる刹華。
「──ふふふ、はははは!」
大口を開けて笑う刹華に、ギョッとした顔を見せる七倣。
涙を拭い、刹華は蛇腹剣を構える。
「──行くぞ、七倣」
「イイよ!」
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その戦いの裏で、暗躍する影が一つ。
──ちりり、ぱきぱき
辺りの温度が急激に下がる。
空宮の一言で、水溜りに氷が張る。
──びゅうびゅう、ごうごう
辺りに風が舞い、
──メラメラ、パチパチ
辺りを炎が覆い、
──ゴロゴロ、バチバチ
空に雷が鳴る。
「空宮空形。本気を見せましょう」